内閣法制局に告ぐ

安倍政権が決断した内閣法制局長官の交代が注目されている。長年、法制局による憲法解釈に疑問を持ち、政権に在った時も野党時代も一貫して法制局解釈を批判してきた私としては、この度国際法の権威でもある小松一郎前駐仏大使が新しい法制局長官に任命されたことを歓迎したい。集団的自衛権が盛んに取り上げられているが、そういう個別の問題は固より、私としては我が国の安全保障法制全体が改めて見直される可能性に注目したい。

結論からいえば、内閣法制局が維持してきた憲法9条解釈は既に破綻している。感情論で述べているのではない。論理的に破綻しているのである。集団的自衛権、駆けつけ警護、武力行使との一体化、等々述べたいことは山ほどあるが、ここでは議論を論理破綻の一点に絞りたい。

平成20年10月10日に私が内閣に提出した質問主意書(国籍不明の潜水艦および不審船に関する質問主意書)は、憲法解釈破綻の事実を明らかにしようと意図的に作ったものだ。公海上で日本人が何者かの襲撃を受けたときに海上保安官は日本人を救えるかという場面設定の質問である。

公海上を航行する船舶は一般に、その国籍国(旗国)以外の公権力に服することはない。これを国際法で旗国主義という。だからこそ日本の警察機関が外国籍の船舶に、その外国の了承を得ないで公権力を行使することは基本的にできない。それでは国籍が無い船舶の場合はどうか。旗国主義は適用されないのだから、例えば日本の警察機関が無国籍船に公権力を行使しても国際法上の問題は生じない。

以上を念頭に質問主意書のポイントを説明する。公海上を航行する日本関係船舶に対し無国籍船から襲撃が加えられたとし、また付近に海上保安庁の巡視船が居合わせたとする。無国籍船と日本関係船舶と巡視船が三角形をなす位置関係にある構造だ。この構造下で海上保安官は、襲撃から日本人を守るために無国籍船に向け武器を使用することができるか。

船舶に国籍がなく旗国主義が適用されないのだから、日本の警察機関は公権力を行使できる。従って国際法上問題ないことは織り込み済みだ。私の質問に対し内閣が憲法9条との関係をどのように整理するかがポイントだった。内閣は、海上保安官が武器を使用しても憲法9条違反の武力行使にはならない旨の答弁書を閣議決定した。

海上保安官は海の警察官である。日本の警察機関が日本人の生命を守るため、国際法を遵守しながら警察権を行使することが憲法9条違反であるはずがない。常識的に考えてもそのように考えるのが自然だろう。常識にかなった答弁だ。

しかし常識にかなった答弁を得ることが私の最終目的ではない。この答弁は内閣法制局の従来の憲法解釈と矛盾するのだ。

国会で繰り返し表明されている武力行使に関する内閣法制局の憲法解釈に従えば、自衛官を含む日本の公務員が領域外で武器を使用する場合、次の(1)~(3)のいずれかに該当しなければ憲法違反となる。
(1)武器使用の相手が国でも国に準ずる組織でもないことが明らかである場合
(2)自己又は自己の管理の下にある者の防護のための武器使用であること。
(3)自衛隊の武器を防護するための武器使用であること。

それでは質問主意書で取り上げた海上保安官による武器使用はどうか。武器使用の目的は海上保安官自身の防護でも、保護下に置いた者の防護でも、武器の防護でもない。よって(2)や(3)には当たらない。

従って海上保安官の武器使用が(1)に該当するか否かがポイントとなる。船舶に国籍がないとの前提条件があるため(1)に該当すると思われたかもしれないが、それは誤解だ。船舶に国籍がなくても乗組員には国籍があると考えるのが通常だし、ある国の機関が無国籍船を使って他国への侵入などを試みることもあり得る。現に北朝鮮はそれを行って来た。(1)を満たすためには乗組員が「国でも国に準ずる組織でもないことが明らか」でなければならず、船舶の外観からそう断定することは不可能だ。

「海上保安庁では、もちろん、国籍不明の不審船が日本船舶を襲撃した場合、これにつきましては、この合理的な範囲において武器の使用はできます。そして、その際はどうするかというのは、襲撃されたという外形的事象に基づきまして判断をして行うということでございます。」

4月16日に衆議院予算委員会で本件を取り上げ、「相手方がどういう人か、国または国に準ずる者か何かということを一々調べ上げてから武器の使用に移るか」と質問したところ、北村海上保安庁長官はこのように明確に答弁している。

平成20年に私が提出した質問に対する答弁書では合憲とされている武器の使用は、(1)~(3)のいずれにも該当せず、従って従来の内閣法制局の憲法解釈に従えば憲法9条違反の武力行使である。内閣法制局の憲法解釈は既に破綻しているのだ。

驚くべきは、この矛盾を6月21日の衆議院外務委員会で指摘したのに対し内閣法制局(林第二部長)が披露した次の答弁だ。

「このような武器使用は、我が国の統治権の及ぶ者に対して、我が国の公権力である警察権の行使として行うものであり、相手方が我が国の統治権の及ばない他国または国に準ずる組織であることが明らかな場合に、これに対してこのような武器使用を行うことは、警察権の範囲を超え、また、自己保存を超える武器使用である場合には、憲法第九条の禁ずる武力行使に当たるおそれがあるものと考えているところでございます。」

うっかり聞き逃してしまいそうだが、この答弁に従えば、相手が国又は国に準ずる組織であることが明らかでない場合(相手が誰だか分からない場合)には、我が国の警察権を行使して武器使用することは憲法9条違反でないということになる。常識的に聞こえるが、この答弁は「武器使用の相手が国又は国に準ずる組織でないことが明らか」であることを予め要求する従来の憲法解釈とは両立しない。今回の内閣法制局第二部長の答弁は、憲法解釈の変更そのものではないか。

既に矛盾が露呈し論理破綻に陥っている内閣法制局の憲法解釈が明らかになった瞬間だ。これが巷間言われているところの「法の番人」による精緻な検討の結果ということであろうか。

なお、以上のような矛盾を指摘すると、従来から我が国の警察権行使の一環としての武器使用は憲法9条違反でないとの立場をとってきたのであり、ソマリア沖の海賊対策はその好例であると反論する声が出てくるかもしれないので、念のため先に反論しておく。

ソマリア沖の海賊対策の一環として自衛隊が仮に海賊に対し武器を使用した場合に、これが憲法第9条に違反しない実質的な根拠は、「我が国の警察活動」という海賊対策の法的性格にあるわけではない。ソマリア沖への自衛隊派遣を提唱した自分自身も危うく騙されそうになったが、海賊に対する武器使用が憲法9条違反でない実質的根拠は、「国に準ずる組織が海賊行為を行うことはない」という想定にある。海賊は即ち国でも国に準ずる組織でもないのだから、先に紹介した憲法解釈の(1)に当てはまることになり、定義上、武器使用が憲法9条違反になることはあり得ないということになる。

小松内閣法制局長官の任命をめぐり、種々の意見が飛び交っている。賛否両論あるだろうが、少なくとも従来の内閣法制局の答弁の積み重ねを神聖視する意見だけには与することができない。


衆議院議員 長島昭久

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