トランプ政権の外交・安全保障政策を占う

 臨時国会閉会直後の12月19日、私は、鷲尾英一郎、青柳陽一郎、大野元裕議員とワシントンを訪れ、ドナルド・トランプ次期大統領の政権移行チーム中枢と意見交換を行ってまいりました。年末で各議員の地元活動が忙しいこともあり、一泊三日の強行軍でしたが、リチャード・アーミテージ元国務副長官はじめ8名の方々(政権移行期のため、外国人との接触を制限されている方々ばかりで残念ながら全員の名前を明かせません)と有意義な議論ができました。

 私たちの最大の問題関心は、トランプ次期政権で米国の外交・安全保障政策(日米同盟を含む)がどのように変化するか、とりわけ、我が国の外交安保政策に大きな影響を及ぼす米新政権の対中、対ロ政策の変化を読み取ることでした。

 従来、ワシントンの政策決定コミュニティの間で米国の戦略課題が「ロシア」「中国」「北朝鮮」「イラン」「ISILテロ」の5つに集約されることは、超党派のコンセンサスとなっていました。これに対し、選挙期間中の発言や当選後のツイートなどから、トランプ氏の問題意識が従来型の発想にとらわれないものであることは理解できますが、それが具体的にどのような戦略や政策に落とし込まれるのか、世界が固唾をのんで見守っています。

 今回のワシントン訪問で得た私たちの印象を一言でいえば、トランプ政権はこれまでの「惰性」では御し難く、彼の「アメリカ・ファースト」(アメリカ第一主義)外交に対しては相当複雑な戦略的「連立方程式」(人権や民主主義という普遍的な価値と、経済的な実利や地域紛争を収束させるといった当面の目的を両天秤にかけるなど)を解く覚悟が求められるというもので、具体的な特徴を以下の3つにまとめることができます。

 第一に、中国の台頭という世界史的な現象をオバマ政権に比べはるかに真剣に受け止めていることが窺えます。トランプ氏がISIL打倒を強調するのも、じつは中東を安定化することにより限られた資源をアジア太平洋正面に集中させようとしているのです。その目標を達成するためには、ロシアともシリアの独裁者アサドとも大胆に手を組む可能性を否定しません。かりにトランプ政権がロシアによるクリミア併合という国際秩序破壊行為をも容認する姿勢に転ずれば、戦後の「リベラルな国際秩序」そのものが根底から揺るがされるリスクもはらみます。トランプ政権登場によって指向される新たな国際秩序は大国間の力の均衡や調整を通じてダイナミックに規定されていく可能性が高く、日本外交としても、既存の国際法やルールの遵守を声高に叫ぶだけでは通用しないという国際関係の冷厳な現実を改めて見つめ直す必要があるかもしれません。

 第二の特徴は、オバマ政権が主導した多国間の自由貿易協定や気候変動への取り組みを根底から覆す可能性です。とくに、石油王のレックス・ティラーソンを国務長官に、地球温暖化規制反対の急先鋒であるスコット・プルイット氏(オクラホマ州司法長官)やリック・ペリー氏(テキサス州知事)をそれぞれ環境保護局長とエネルギー長官に指名したことから、エネルギー安全保障における「アメリカ・ファースト」は明らかです。また、対中強硬派のピーター・ナヴァロ教授(カルフォルニア大学)が新設の国家通商会議議長に就任したことは、マルチの経済枠組みを拒否する一方で、台頭する中国に対し経済と安全保障をリンクさせて迎え撃つ総合戦略を構想しようとしていることがうかがえます。

 第三に、同盟国や友好国との関係でも惰性や妥協を許さない姿勢は鮮明です。それは、西の要であるNATOも、東の要である日米も例外ではありません。日本に対しては、貿易戦争が激化した1980年代のイメージからほとんど変わっておらず、周囲の外交顧問たちも説明に手を焼いているようです。おそらく、米軍駐留経費負担や我が国の防衛努力不足についての厳しい指摘とともに、アジア太平洋地域の平和と安定をめぐる日本が果たすべき安全保障上の役割拡大についてもかなり具体的な要望を突き付けてくるでしょう。

 以上のことからはっきり言えることは、いよいよ日本が真の意味で「自立」する時を迎えたということです。それは、「自分の国は自分で守る」などという精神論に止まる話ではなく、自国の長期的な国益と地域の平和と安定、国際秩序の在り方を日本が主体的に考え抜いて、それに基づき安全保障でも経済でも環境エネルギー分野でも、米国のみならず中国やロシアの動きや意思決定にも影響を与えるような戦略的外交力を確立せねばなりません。また、日米同盟関係でも、米国からの要望を待っているような受け身ではなく、我が国の包括的な戦略に基づいて、自らの役割や責任を積極的に果たす意志を明らかにし、その実現のために米国のパワーを活用するくらいの主体性を示す必要があると考えます。





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トランプ政権を迎え撃つ我が国の覚悟

 「不動産王」転じて「暴言王」と称されたドナルド・トランプ氏が激戦の米大統領選を制すると予測できた人は世界中でもほんの一人握りではなかったでしょうか。すでに、保護主義が加速するのではないか、欧州に暗い影を落としている排外的な政治勢力がますます台頭するのではないか、第二次大戦後にアメリカを中心に構築されたリベラルな国際秩序が崩壊するのではないか、などなど有識者を中心に世界中で懸念が広がっています。我が国でも、ヒラリー・クリントン女史の勝利を前提に組み立てられてきた安倍外交が、肝心のTPPと日露関係で大きく変調を来しています。

 とりわけ、日米同盟の行方が気懸りです。2009年に起こった日本の政権交代でも日米関係が安定するのに約1年かかりましたが、今度は全く新しいタイプのアメリカ大統領の登場(8年ぶりの共和党政権という以上に、政治家でもなく軍務経験も持たない史上初の大統領の誕生)ですから、日米同盟の基本構造に大きなインパクトを与えることになるのは明らかです。現に、選挙キャンペーン中には、米軍の駐留経費負担や日本の核武装、防衛費などをめぐって歴代米政権とは全く異質の見解が示されました。

 しかも、巷間伝えられるところによれば、選挙後に会談したヘンリー・キッシンジャー博士はトランプ氏に対し「中国とのグランド・バーゲン」を働きかけたといいます。その意味するところはハッキリしませんが、ニクソン政権で同盟国の頭越しに電撃的な米中和解を実現させたキッシンジャー博士の発言だけに、これまでのアジア太平洋地域における国際秩序の根幹を揺るがすような「変化」が起こる可能性を覚悟せねばならないでしょう。最近のインタビュー記事で「同盟関係を考え直す必要がある」と明言しているキッシンジャー博士だけになおさらです。

 政権の中枢であり対外関係を取り仕切る国務、国防両長官がいまだに決まっていない段階でトランプ政権の外交・安全保障政策を予測することは困難です。しかし、キッシンジャー博士の言葉があろうがなかろうが、日米同盟が真に試されるのは対中戦略をめぐってであることは自明ですから、我が国のNSC、外務、防衛当局は一刻も早くトランプ次期政権のカウンターパートと的確なコミュニケーションを図る必要があるでしょう。その意味で、私が10月上旬に4時間にわたり懇談したマイケル・フリン次期大統領補佐官(国家安全保障担当)の役割は重要です。彼は、ロシアのプーチン大統領と直接のパイプを持ち、米国防総省の情報トップを務めた将軍ですから、同盟の重要性もアジア太平洋地域の地政戦略にも知悉しており、我が国の外交・安保チームが日本の国益に基づく戦略方針をインプットするには最適の人材だと思います。私も国会が閉会したら、さっそくフリン将軍やその他の次期政権中枢と意見交換するため、ワシントンへ足を運んでこようと思っています。

 その際大事なことは、日本は、これを機に、独立自尊の精神に立脚して、日米同盟の基本構造、アジア太平洋地域の平和と安定と繁栄の秩序づくりにおける自国の責任と役割について、今一度ゼロベースで考え直す必要があるということです。いつまでもアメリカに依存した姿勢で乗り切れるほど今後の国際環境は甘くないと腹をくくり、トランプ新政権と対等の立場で同盟戦略を再構築していくのです。その際には、日米間で不均衡となっている同盟の基本構造、すなわち日米安保条約の第5条と第6条の見直しも視野に入れた息の長い協議を覚悟すべきでしょう。既成概念にとらわれないトランプ大統領の登場により、対米依存で膨らむ米国の有事リスク(第5条)を過剰ともいえる日本の平時コスト(第6条)で補完してきたこれまでの同盟構造を変革する好機が到来したともいえるのではないでしょうか。


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