謹賀新年

 旧年中は大変お世話になりました。
 皆さま、お健やかに新年をお迎えになられたこととお慶び申し上げます。

 昨年は、私にとり試練の一年でした。5月の連休を挟んで希望の党が崩壊。改革保守勢力結集の試みは挫折してしまいました。そこで、私は、時計の針を旧民進党へ戻すかのごとき動きとは一線を画し、再び独立独歩の道を選択しました。夏には「世界一子育てしやすい国」フィンランドを訪問し、かねてから関心を持っていた「ネウボラ」の視察を行いました。臨時国会では、当選同期の同志(で希望の党の結党メンバーでもある)笠浩史代議士と新会派「未来日本」を立ち上げ、それぞれ衆院の安全保障委員会と文部科学委員会において質疑の機会を確保。私も、久しぶりに、対北朝鮮国連制裁の徹底、韓国最高裁「徴用工」判決、新しい防衛計画の大綱をめぐり、建設的な提案を交えた質疑を行うことができました。(質疑内容にご関心のある方は、こちらからご覧ください。)

「ポスト安倍」時代に備えるために、必要な「覚悟」と「準備」

 さて、明けて平成31年。己亥(つちのとい)は、古来「内なる充実を図り次なるステージの準備をする年回り」と伝えられてきました。私にとって、「内なる充実」とは、政治家を志した原点に立ち返って自己の錬成に励むこと。私の志の原点は、痩せても枯れても外交・安全保障です。米中新冷戦に突入した激動の国際情勢を生き抜く日本の戦略を積極的に発信していきたい。その上で「次なるステージ」に向け何を準備するか。日本政治にとって次のステージとは、「ポスト安倍」時代ということになるでしょう。私としては、来たるべき時に備えて、覚悟を固め、政策を磨き、同志を糾合する努力を重ねていく決意です。

「ポスト安倍」に向け、与野党横断的な政権の受け皿を準備しよう!

 私は、「ポスト安倍」時代に向けて現実的な政権の受け皿を準備するという視点に立てば、「反安倍」を唯一のエネルギー源にするかのような今の左派系を中心とした野党共闘ではなく、自民党の若手改革派とも連携し得る改革保守勢力を与野党横断的につくり上げる必要があると考えます。それには、長期にわたった安倍政権の功罪を正しく総括する必要があります。

アベノミクスの功罪を総括し、世界の課題解決をリードできる日本へ!

 ここで「正しく」と書いたのは、単なる反発や全面否定からは建設的な「ポスト安倍」の政権構想は出てこないと考えるからです。たとえば、アベノミクスも全否定するのではなく、デフレ脱却のための金融緩和は肯定的に捉えつつ、財政政策と成長戦略をアップグレードしていくべきです。すなわち、財政政策の重点投資対象を、旧来型の公共事業のバラマキから「子ども子育て、現役世代」へシフトさせる。成長戦略も、自動運転や遠隔医療などの普及を加速させる次世代通信規格5G時代をにらみ、AI、ロボット、IoT、バイオテクノロジーなど「ソサエティ5.0」づくりで世界をリードできる分野を中心に研究開発への投資を大幅に拡大すべきです。それは、必然的に米中がしのぎを削る最先端技術分野における日本の存在感を高め、世界が直面する課題の解決に日本が力を発揮することを意味します。

対米依存から脱却し、日本独自の総合戦略を打ち立てよう!

 第二に、外交・安全保障分野でも、米中新冷戦の様相が深まる中、いつまでも米国依存では、朝鮮半島情勢も対ロ外交も行き詰まりを打開することは難しいでしょう。そのためには、我が国独自の戦略が必要です。今はスローガンの次元にとどまっている「自由で開かれたインド太平洋構想」を、経済、軍事、先端技術、文化、環境エネルギーなど包括的な国際戦略にまでアップグレードしなければなりません。第三に、戦後70年を超えてなお一文字も改正されていない現行憲法を根本的に見直し、少子高齢・人口減少社会という構造変化を的確に捉え、持続可能な「国のかたち」に転換するため、明治維新以来の抜本的な統治機構改革を断行すべきです。さしあたり、道州制の導入による地方分権の徹底、二院制の見直し、憲法裁判所創設による立憲主義の貫徹などを国会論議の俎上に載せたいと考えます。

30年ぶりの「御代替わり」、新しい時代にふさわしい新しい政治を!

 いずれにせよ、今年は、統一地方選挙(4月)と参院選(7月)が重なる12年に一度の「選挙イヤー」です。6月にはG20サミットが大阪で開催されます。巷間伝えられるところによれば、安倍総理はこの機会に北方領土問題解決に道筋をつける決意を固めているとのこと。しかも、消費税率の引き上げの最終判断も5月の大型連休前に行わねばならず、その結果次第では、33年ぶりの「衆参ダブル選挙」を断行する可能性もあります。このような中で、5月1日には、新天皇が即位されることになります。いわゆる「御代替わり」、いよいよ新しい時代の幕開けです。私は、これまでの国会慣習に囚われることなく、新しい時代にふさわしい新しい政治の在り方を示し、それを担う新しい政治勢力の結集に全力を注いでまいります。本年もどうぞよろしくお願いします。


衆議院議員 長島昭久



新年祝賀の儀に参列させていただきました。皇居前にて。



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拙速な外国人材の受け入れに、きっぱりNO!


 我が国にどれだけの外国人材を受け入れるかという「移民政策」は、言うまでもなく国のかたちの根本を左右する重大問題ですから、慎重の上にも慎重を期して議論しなければなりません。もちろん、我が国が人口減少という深刻な課題に直面し、かつ、すでに我が国には約130万人に上る外国人労働者が存在しているという事実から目を背けることはできません。しかも、その4割が技能実習生とアルバイト留学生が占めており、彼らが「国際貢献」や「教育」を名目に安価な労働力として利用されているという歪んだ実態を、これ以上放置しておくわけにはいきません。しかし、だからといって、このような日本社会の将来像に決定的な影響を及ぼす法案が、たった数日間の国会審議で拙速に処理されていいはずがありません。少なくとも数年かけて、憲法改正に匹敵するような侃侃諤諤(かんかんがくがく)の国民的議論を要すると考え、今回の出入国管理法の改正案には明確に反対しました。

外国人材に飛びつく前に、少子化対策や生産性革命に全力を上げよ!

 たとえば、財界から人手不足で地方経済が回らない、との悲鳴が上がっているといいます。しかし、「労働力不足」解消という一時しのぎで将来に禍根を残してはなりません。人手不足と言いながら、たとえばコンビニ業界は、百貨店やスーパーなど小売業が軒並み低迷を続ける中で猛烈な拡大路線を突き進み、出店競争を激化させています。低賃金で面倒な作業を嫌う日本人に代わって、外国人留学生が低賃金の荷重労働でその穴埋めをしているのです。こういう場合、市場原理に従えば、日本人を惹きつけるレベルまで思い切って賃金を上げるか、人材不足を補うために無人レジや無人店舗といった省力化投資を行うしかないはずです。それができない企業は、営業時間や出店そのものを縮小するしかありません。

国会議員は与野党を問わず、技能実習生を過酷な状況に追いやった責任を痛感すべし

 もともとバブル期に広がった「過剰サービス」には持続可能性がなかったのであり、人口減少に伴って縮小を余儀なくされるのは理の必然です。それを、留学生や技能実習生で無理やり補おうとするから、そのひずみが外国人材の命や健康を蝕んでしまったのです。ただし、今回の国会審議を通じて明らかになった技能実習生の悲惨な実態については、与野党を問わず制度をつくった私たち国会議員に大きな責任があり等しく反省すべきで、一部野党が激しい政府攻撃に利用したのは決してフェアな姿勢とは言えません。したがって、今回の制度改正の最大のポイントの一つは、現行の技能実習制度のひずみをどこまで是正できるかでした。しかし、送り出し国における悪質なブローカーの排除や我が国の受け入れ企業や業界における劣悪な労働環境や生活支援の改善について、政府から納得できる具体的な制度設計はついに示されませんでした。

国内体制を疎かにして外国人材を無制限に受け入れれば、社会の混乱を助長する

 なによりも問題なことは、政府が「いったいどこまで外国人が増えるのか?」という最も肝心な国民の疑問(不安)に全く答えられなかったことです。財界からの圧力があったのか、政府は最後まで受け入れ総数の上限を明示できませんでした。日本社会における外国人材との共生を本気で考えるなら、受け入れ人材の厳格な「総量規制」は絶対に避けて通ることはできません。私自身は、人口減少、とりわけ生産年齢人口の減少に対しては、女性や高齢者の活躍や生産性革命に加え、AI・ロボット・自動運転技術に徹底的な投資を行って、社会全体のスマート化を図ることが先決であって、労働力不足を安易に外国人で補う一時しのぎの発想では、社会分断に苦しむ欧州の轍を踏むばかりだと危惧します。

外国人材は、経済の歯車としての労働力ではなく、喜怒哀楽を持った生身の人間だ

 しかも、我が国が受け入れる外国人材は、「労働力」などという無機質な経済の歯車ではありません。彼らは、私たち日本人と同じ、喜怒哀楽を持った生身の人間なのです。異国において生活するためには、まず語学。そして、生活支援、さらには健康保険や社会保障が必須です。にもかかわらず、たとえば、肝心の日本語教育施設は都市部に偏っており、日本語を教える場所がない空白地域に住む外国人はすでに50万人を超えています。日本語教師が絶対的に不足し、6割近くはボランティアに頼り、日本語教師の質の向上のための公的な資格制度をこれから検討するという無責任な状況です。

どんな外国人を受け入れるかは、国家主権の根幹にかかわる重大問題だ

 いずれにしても、どこの国からどんな人材を我が国に受け入れるかというのは国家主権の根幹にかかわる問題です。したがって、厳格なルールの下に適切に選別しコントロールしなければなりません。その上で、いったん受け入れたならば、日本人との共生を図るべく外国人やその家族に対し基本的人権の保障はもとより生活や健康保険などにつき手厚い支援を行うことに国が責任を持たねばなりません。これは、国家の品格と国民の尊厳にかかわる我が日本国の矜持なのです。今後とも、この移民問題については、厳しい姿勢で臨んでまいります。

衆議院議員 長島昭久

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「元徴用工」をめぐる韓国最高裁判決に、喝!

 新たな日韓関係の火種となっている旧朝鮮半島出身労働者(元徴用工)をめぐる韓国最高裁判決の問題点につき、改めて考えてみたいと思います。

 なお、この問題については、11月29日の衆院安全保障委員会で河野太郎外務大臣に質問し、最後に私の意見も述べましたので、ご関心のある方は以下からご覧ください。




 さて、韓国の最高裁にあたる大法院は、10月30日と11月29日に、「元徴用工」を雇用していた日本企業(新日鉄と三菱重工)に賠償責任を認定する判決を下しました。これに対し、日本政府は「断じて受け入れられない」と厳しい批判を繰り返していますが、具体的なアクションを取っていません。

 いったい韓国最高裁判決のどこが問題なのでしょうか。半世紀前に「完全かつ最終的に解決された」(1965年の日韓請求権・経済協力協定第2条)はずの問題がなぜ再び蒸し返されるのでしょうか。

 まず、日韓請求権・経済協力協定は、日韓両国も批准する「条約法に関するウィーン条約」第26条、27条により、韓国の立法、行政、司法の三権を等しく拘束します。韓国最高裁判決が国際法を逸脱していると批判される理由はここにあります。そして、同協定により日韓は相互に「外交保護権」を放棄したので、個人の請求権までは失われないものの、相手国の裁判所に訴えても法的に救済されないこととなりました。その代わり、「元徴用工」への慰謝料など個人の救済についての道義的責任は自国、すなわち韓国政府が負うこととされました。このことは、同協定に関わる全ての外交文書を公開し、官民のプロジェクトチームで再検証した結果に基づき、2005年8月に盧武鉉政権が国内外に正式に表明しました。

 そして、それら個人への救済のための原資は、同協定により日本側が提供した総額5億ドルの無償・有償援助をもって充てることとされ、現に1970年代および2007年、2010年に韓国は国内法を制定し、そのような方々への支援を実施しています。にもかかわらず、今回の韓国最高裁の判決は、上述した日韓両国政府による法的、政治的、外交的努力を根底から覆してしまったのです。

 2度にわたる最高裁判決が出てもなお、韓国政府は同判決に対する態度を明らかにしていません。これに対し、我が国政府は強い口調で非難はするものの、韓国政府の出方を見守っているだけです。しかし、事態を放置すれば、次々に類似の訴訟が提起されてしまうでしょう。したがって、ここは、同協定第3条に基づき、日韓両国の代表者に加え第三国の代表者も入れた「仲裁委員会」の速やかな開催を提起すべきです。同協定によれば、日本側の提起を韓国側は拒むことはできず、仲裁委員会の下す裁定には必ず従わねばなりません。これしか早期に決着をつける方法は見当たりません。日本政府の決断を促したいと思います。


衆議院議員 長島昭久

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長島昭久、フィンランドへ行く!

”Mr. Nagashima Goes to Finland”

 私の大好きな映画に『スミス都へ行く』(”Mr. Smith Goes to Washington” 1939年アメリカ)があります。地方から出てきた、ど素人の新人議員が首都ワシントンの悪と闘い正義を貫くというごく単純なストーリーですが、スミス氏がワシントンで初めて見るもの・聞くものに驚き感動する様子は、今回の私のフィンランド視察と重なるものがありました。




「ネウボラ」はフィンランド国民共通の“3つの理念”に支えられている

  今回の視察の第一の目的は、「ネウボラ」の現場を実際に見聞することでした。

★ネウボラ:妊娠期から小学校へ上がるまでの子どもとその親を含む家族全体の健康と生活を守るため、かかりつけの保健師(助産師)が責任をもって切れ目のない支援につなげる制度。

 もちろん、予想通り、ネウボラという制度、それを支える人材、その人材をサポートする地域の仕組み、どれをとっても今すぐ日本が学ばねばならないものばかりでした。ところが、それ以上に勉強になったのは、ネウボラを生み出したフィンランド建国(独立)の理念です。すなわち、1917年にロシアから独立を果たしたフィンランドが、貧しい中から国の将来を担う貴重な人材を大切に育てるためにつくり上げた「国民的合意」の素晴らしさです。今回の視察における最大の収穫は、ネウボラ制度の根底に次のようなフィンランド国民の確固たる理念が横たわっていることが確認できたことです。


その1:母親は、育児の負担を分かち合う他者の助けを常に必要としている

 第一に、「母親は、育児の負担を分かち合う他者の助けを“常に”必要としている」という紛れもない真実の社会的共有です。日本では、子育てはとかく各家庭の「自己責任」で片付けられてきました。ですから、少子化が叫ばれ始めて20年経った今日でも、待機児童は解消されず、仕事と育児の両立は難しく、ひとり親家庭の貧困は先進国中最悪の状態なのです。こんなにも「子育て」にとって劣悪な環境が放置されてきたことに対し、私自身を含め、政治家は恥じ入るべきです。

 これに対し、「世界一子育てしやすい国」フィンランドでは、子どもを産む母体である母親が必要と感じているあらゆる支援を惜しむことなく社会全体で用意し、ほぼ無償で提供しているのです。その中核がネウボラなのです。ネウボラおばさん(保健師および助産師)が、親子の健康から家族関係、生活環境の隅々まで目を光らせ、早期に問題点を発見し、多機関連携に基づく適時適切な福祉的、医療的支援へとつなげていくというものです。


その2:「3歳までは子どもを家庭で育てられる」という選択肢を用意

 フィンランド国民の間で広く共有されている第二の理念は、「子どもは、なるべく3歳までは家庭で育てる」というものです。欧米の文化では共働きは当たり前で、親が家庭で子どもを育てる習慣は希薄ではないかと思われがちですが、少なくともフィンランドでは、多種多様な子育て政策によって、3歳までは無理なく家庭で子育てができるような現実的な「選択肢」が用意されているのです。たとえば、両親で合計263日間の出産休業制度、母親手当、子どもが3歳になるまでの在宅育児手当、育児休業制度、所得制限なしの児童手当(0-16歳全員が対象で、子どもが増えるごとに加算)、3歳未満と小学1-2年次に親の労働時間を短縮できる部分的ケア手当、などなど。もちろん、保育サービス(幼保一体)も待機児童ゼロ。


その3:子育て支援は、「良き納税者」を育てるため

 このような一見「財源度外視」とも思える手厚い子育て支援を可能にしているのは、「良き納税者を育てよう」とのフィンランド社会の根底を流れる立国の哲学なのです。すなわち、ネウボラの制度目的である「早期発見・早期支援」の背景にある考え方は、子ども達の成育上の課題を早期に発見し、早期に治療・対処すれば、将来(特別な福祉や医療などを通じて)税金を使う側ではなく、健全な納税者をより多く育てることができる、というリアリズムに基づく「立国の理念」があるのです。

 フィンランドでは、ロシアからの独立直後、非常に貧しい時代に国家の独立と安定的な発展のために、男女を問わず猛烈に働かねばなりませんでした。そのため、家庭に残された子どもたちへの支援施策が不可欠となったのです。したがって、次世代の良き国民、良き納税者に育て上げることが立国の本旨であるとの国民的合意が形成されていったというのです。以来約100年、高齢者を含むすべての世代で「子ども投資立国」の理念は浸透し、現にその投資のおかげで今日があるとの実感が社会で広く共有されることとなったのです。


フィンランドに「子育て政策か、高齢者福祉か?」の対立軸はない

 したがって、日本でよくある「子育て政策か、高齢者福祉か?」という対立軸は生まれません。フィンランドの子育て支援は、子ども達が可哀想だからという慈悲心の表れでもなく、「未来への投資」などという抽象論でもない。現実的な国家戦略に基づいて、子育て支援に徹底的な政策と予算を注ぎ込んできたのです。

 この点は、じつは明石市の泉房穂市長の「子育て支援は貧困対策でも弱者救済策でもない。まさしく地方創生戦略なのだ」という哲学と相通ずるものがあるのではないでしょうか。つまり、そのような世代を超えた国民的合意の上にフィンランドのネウボラ制度があるのです。この点をしっかりと踏まえた上で、私は、これから同志の皆さんと共に、日本版ネウボラを中核とした包括的な子育て支援政策の実現に全力を傾けてまいります。


衆議院議員 長島昭久拝





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「未来日本」政治塾、日本版ネウボラのまち明石へ!


 去る8月23日、「未来日本」政治塾で共に研鑽に励む地方議員の皆さん20名と、台風の迫る兵庫県明石市へ視察に行って来ました。結論を先取りして述べるとすれば、日本の将来を憂えている方、とくに政治を志す方は、挙って明石市を訪れていただきたい。これが、明石市視察を終えた私の率直な感想です。

 明石市を「子どもを核とするまちづくり」によって抜本的につくり変えたのが、泉房穂市長(55歳)です。弁護士出身で、同じ民主党で私と衆議院当選同期、同世代。泉市長は、国政を一期で勇退の後、平成22年に明石市市長に当選され、現在2期目です。「全ての子どもを、まちのみんなで、本気で応援」する。なぜなら「子どもは『まちの未来』」だから、と言い切る泉市長のヴィジョンはじつに明快です。


行政窓口、図書館、子どもに関わる様々な施設が入る「パピオス明石」館内を泉房穂市長(右端)にご案内いただく。



「子育て家庭」全体を包摂する子どもの未来保障

 さて、私たち「未来日本」政治塾では、当初、児童虐待の防止(つまり、どのようにして子どもたちを虐待から守るか)を切り口に議論を重ねてきました。その結果、児童相談所の機能強化など虐待への事後的な対処は問題の「川下」対策に過ぎず、より根源的には、家庭において虐待を起こさせないための「川上」対策、しかも包括的な子ども子育て施策こそが、いま求められているとの共通認識にたどり着きました。

 その「川上」政策を考える上において、明石市の取り組みは、待機児童対策を中心とする従来型の子育て支援策にとどまらず、「子どもを核とするまちづくり」を通じて人口問題対策から地域経済の活性化へとつなげ、しかも、持続可能な自治体経営のお手本というべきもので、訪問前に私たちが抱いていた期待や想像をはるかに超える目を見張るような成果を見せつけてくれたのです。

 以下、子どもへの投資が、どのようなリターンを生み出したかを列記しましょう。数字は嘘をつきません。とくとご覧あれ!


子どもへの投資がもたらす大きな収穫

■明石市の子どもへの投資■
①中学生までの医療費(所得制限なしの無料化)
②第2子以降の保育料(所得制限なしの無料化)
③市営施設の子どもの利用料(所得制限なしの無料化)
④保育所受け入れ枠を2年で2000人拡大
→新たに働く保育士に最大30万円の一時金支給、家賃や給料も補助、認可外保育所の利用者に月額2万円、待機児童を在宅で育てる世帯に月額1万円を助成
⑤小学校1年生で1クラス30人以下にする
⑥中学校給食の全校実施
⑦小中学校へのエアコン全校設置
⑧中核市として初の児童相談所設置(来年度から)
⑨28小学校区すべてに「子ども食堂」設置(計37か所)
⑩乳幼児健診で100%の子どもの健康確認.....など。

 投資額、すなわち子ども関連予算は、泉市長就任時の126億円(平成22年)から219億円(平成30年度)へ、じつに74%も増額されました。ここで、注目すべきは、明石市(人口29.3万人)の財政規模です。
 平成30年の一般会計予算は1,094億円で、人口30万人前後の同レベルの他の自治体に比べて、とくに裕福なわけではありません。たとえば、30.4万人の福岡県久留米市の予算規模は1,307億円、28.7万人の青森県青森市では1,227億円に上ります。(「未来日本」政治塾前田晃平事務局長調べ)


子ども達のための大胆な財政の構造改革

 そして、視察に参加した地方議員の目をくぎ付けにしたのが、以下のような子ども関連予算を捻出した財源確保のための努力です。泉市長は、当初、高齢者予算を子どもに回すことを考え、敬老会行脚を繰り返したが総スカンだったと述懐されてました。高齢者も将来不安で余裕がないことを知り、行政の無駄の削減から着手しなければ市民の理解は得られないと悟ったといいます。そこから始まった市長の血のにじむような努力には心底敬服させられます。

■市財政の構造改革■
①市役所の組織再編などで職員数を1割、200人削減
②職員給与も一律4%削減
③公共事業費削減の目玉は、下水道整備計画に基づく予算総額を600億円から150億円に削減
④その他、公営住宅の改修費や各種補助金も次々に凍結

 したがって、当初は、議会も商工会議所も商店街組合も猛反発。議会では自民党から共産党まで全会派一致で「市長に反省を求める決議」を可決されるなど、凄まじい抵抗にあったということで、泉市長自身、最初の5年間は本当に辛かったと真情を吐露されたのが、私たちの魂を揺さぶりました。
 「それにもかかわらず!」泉市長の果敢な挑戦は粘り強く継続され、ついに、ここ3年で目に見える成果、つまり投資に対するリターンを生み出すようになったのです。


「子どもを核とするまちづくり」で活性化する地域経済

 子どもへの投資に対するリターンは、つぎの「5つのV字回復」に顕著に表れています。

交流人口:明石駅前の歩行者通行量は、平成27年10月の19,650人から今や4割増の28,140人(平成29年2月)
定住人口:市長就任時、明石市は毎年平均1000人の人口減が「所与の事実」となっていたものが、平成25年から5年連続で人口増加に転じ、今や297,712人(平成30年8月)と目標の30万人達成は目前。しかも、人口増の中核は、みごとに「子育て中間層」(20代、30代と、その子どもの0-4歳児)の拡大によるもの、
出生数:平成27年から回復に転じ、3年連続で増加。
市税収入:主要税収入、納税者ともに増加をもたらし、昨年までの5年間に約20億円の税収増を実現。
地域経済活性化:たとえば、住宅需要の拡大により、住宅着工件数は過去4年間で約42%増加。商店街のにぎわいも、この2年で来街者は約43%増加し、新規出店も2年後の目標をすでに200%も達成したといいます。

出生数

平成27より3年連続で出生数が増加。【参考:明石市の資料を元に作成】



明石市を豊かにする「子育て中間層」の流入

 このように、明石市では、泉市長を先頭に「子どもを核とするまちづくり」を徹底的に推進した結果、「20-30代の中間層の夫婦が子連れで転入し、2人目、3人目を出産する」というパターンが確立し、それにつれて出生数も回復し、市税収入も、納税者数や住宅需要などの増加により、5年前と比べて約30億円増加する見込みとなったのです。そこには、自治体経営をめぐる冷徹な「戦略性」も見て取れます。それは、前述のとおり、泉市長は、「全ての子どもを、まちのみんなで、本気で応援する」という政策目標を掲げ、全ての子ども施策に所得制限を設けないという方針を貫きました。それは、単なる貧困や弱者対策ではなく、「子育て中間層」に施策の照準を合わせたからなのです。すなわち、従来型の子育て政策が対象とする低所得者層だけでなく、中間層の子育て世帯に恩恵が及ぶようにすることにより、納税者として市の財政を支える中間層を惹きつけ、明石市への転入を促すことを企図したのです。

子育て世代が増加

平成25年1月〜平成29年12月:転入者から転出者を引いた数【参考:明石市の資料を元に作成】



子どもへの投資は、未来への投資

 皆さん、いかがでしょうか。子どもへの投資は、未来への投資です。それも、妊娠期から高校を卒業するまで、一人の子どもも、一つの子育て家庭も、決して置き去りにしないという信念に基づいて、予算も人材も集中させました。その上で、明石市は、民間団体や企業などとの緊密な協力の下で、あらゆる想像力を働かせて「子育て支援ネットワーク」の網の目をきめ細かくしていくことにより、まち全体に≪子ども投資(予算と人材を集中)→サービス向上→人口増→税収増→さらなるサービス向上・・・≫という持続可能な好循環を見事に実現させたのです。


「子どもの成育医療等基本法」で日本版ネウボラを実現しよう!

 それでは、国政ではどのような取り組みが必要でしょうか。先月政府が取りまとめた児童虐待緊急対策(主に「川下」の対策)の実行ももちろん大事ですが、繰り返し述べているように、子どもを虐待から守るためには、その親や保護者、子育て家庭全体をきめ細かくサポートすること(つまり「川上」の対策)が不可欠です。

 その意味で、私が最も力を入れているのが、議員立法で「子どもの成育医療等基本法」案の成立を目指す超党派の議員連盟における活動です。これは、現行の「母子保健法」を発展拡大させて、フィンランドにあるような「ネウボラ制度」(母子だけでなく子育て家庭全体を支援)を我が国にも確立しようというものです。今回視察した地方における明石市の取り組みと、国における子どもの養育と医療をめぐる環境を総合的に整備する取り組みが合体した時、はじめて虐待やいじめ自殺などの要因を社会から一掃し、真の意味で「子どもを産み育てることが楽しいと実感できる」日本が実現すると確信します。

 次回は、9月11日から15日に訪れる予定のフィンランド視察報告をお送りします。乞うご期待。

衆議院議員 長島昭久



*今回、共に明石市を視察した「未来日本」政治塾の前田事務局長のブログはこちら
*ネウボラについて

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