オーストリアのオーベンドルフという町の小さな教会で、1818年のクリスマスイヴの朝、パイプオルガンのふいごの皮をネズミがかじり、使えなくなって、助任司祭ヨセフ・モールが作詞し、オルガン奏者のフランツ・グルバーが、ギターの伴奏で歌えるクリスマスの賛美歌を作曲し、イヴの夜12人のこども達と共に歌ったのが最初です
歌はそれっきり忘れられ、細々とチロル民謡として伝わり、二人のことは36年後に分かったそうです。グルーバーは生涯に90曲の作品を作りましたが、知られているのはこの1曲だけでした。助任司祭だったモールは名も知られず、貧しさの中で亡くなり、遺品はつぎだらけの服と祈祷書。しかし、魂を込めた歌は残りました。
大切な礼拝の時にオルガンが壊れたら、「大変なことだ」と動揺してしまいますが、二人は、そこから、素晴らしい讃美歌を生み出しました。
家畜小屋で生まれ、安らかに眠っているイエス様が、最大のピンチの時に、平安を与えて下さったのです。そして、世界中の人々が愛と平安に包まれる名曲が生まれました。
198年経った今も、このクリスマスソングが世界中で歌われています。なぜ、このように広く、歌い継がれているのでしょうか。それは、民衆の愛、この歌への愛ゆえにです。
この讃美歌を歌うと、小さい頃のクリスマスの光景が浮かんでくることも、愛される理由の一つかもしれません。