「あなたがたの上に聖霊が降ると、あなたがたは力を受ける」。
使徒言行録1:8
入園・進級して2ヶ月目を迎えます。みんな、すっかり園生活にも慣れてお気に入りの場所や遊びを楽しんでいます。
この時期に大切にしたいことは自主性や主体性ではないでしょうか。
私達人間には心があり、意志や思いがあります。
小さい赤ちゃんかお年寄りまで、私達は霊的な存在です。
見えない部分ですが、人間にとって最も大切なところです。創世記2:7節によると、神様は粘土をこねるように土から人をつくり、そこに息(霊)を吹き込み、最初の人間が誕生しました。
子ども達の中にも神の霊が注がれています。その心を大切に受けとめ、一人一人が持っている意志と誠実に向き合うことが、大切です。
「過干渉」は子どもがやりたいと望まないことをやらせすぎてしまうことです。
過干渉は、子どもの自立の芽を摘みます。聖霊としてイエス・キリストが一人ひとりの心の中に宿ると、人は本来の力を得て、その人らしく生きていきます。当保育園は、「させる」「強制する」ということよりも、「本人の自主性」を尊重することが大切だと考えています。
子ども自身の心が動いて行動する、ということは最も大切にしたいことです。
手をかけて、時間をかけて、子どもが自ら伸びていくのを待ちたいと思います。
そのために、いろいろと環境を整えていきたいと思います。
使徒言行録1:8
入園・進級して2ヶ月目を迎えます。みんな、すっかり園生活にも慣れてお気に入りの場所や遊びを楽しんでいます。
この時期に大切にしたいことは自主性や主体性ではないでしょうか。
私達人間には心があり、意志や思いがあります。
小さい赤ちゃんかお年寄りまで、私達は霊的な存在です。
見えない部分ですが、人間にとって最も大切なところです。創世記2:7節によると、神様は粘土をこねるように土から人をつくり、そこに息(霊)を吹き込み、最初の人間が誕生しました。
子ども達の中にも神の霊が注がれています。その心を大切に受けとめ、一人一人が持っている意志と誠実に向き合うことが、大切です。
「過干渉」は子どもがやりたいと望まないことをやらせすぎてしまうことです。
過干渉は、子どもの自立の芽を摘みます。聖霊としてイエス・キリストが一人ひとりの心の中に宿ると、人は本来の力を得て、その人らしく生きていきます。当保育園は、「させる」「強制する」ということよりも、「本人の自主性」を尊重することが大切だと考えています。
子ども自身の心が動いて行動する、ということは最も大切にしたいことです。
手をかけて、時間をかけて、子どもが自ら伸びていくのを待ちたいと思います。
そのために、いろいろと環境を整えていきたいと思います。