同じ職場の【斉藤ちゃん】から
「ボジョレーヌーボーについてレポート出さないといけないんです~~~
教えて下さい~~~」って言われて、
ちょっと復習したんです
知ってるようで知らないコトってあるもので。
いいお勉強になりました。
とゆーことで。まとめてみました。
ボジョレーヌーボーとは。
フランスのブルゴーニュ地方の南・ボジョレー地区で
その年の8月~9月に収穫したぶどうを仕込んで造ったワイン。。
その年の11月に出荷。
ぶどうの収穫祭を祝うワインでもあります。
普通の赤ワインなら通常、出荷までに少しの間寝かせます。
それは、リンゴ酸の酸味やタンニンの渋みを和らげるために
熟成させる必要があるためです。
しかしボジョレーヌーボーは、リンゴ酸やタンニンが最初から少ないので、
ぶどうの収穫から1ヶ月ほどの短期間で完成し、出荷することができます。
現地時間で11月の第三木曜日に一般販売が解禁されますが、
時差の関係から、
日本は先進国の中で一番早くボジョレーヌーボーが飲める国となっています。
ボジョレーヌーボーの種類は、おおよそ300種類。。。
ボジョレーヌーボーを造っている生産者が、大小含めて数百。。
<ボジョレーヌーボー>と<ボジョレーヴィラージュヌーボー>の違いは、
地区の違いです。
一般的にボジョレーヌーボーよりもボジョレーヴィラージュヌーボーの方が、
より品質の良いぶどうがとれ、ワインの品質も高いとされてます。
ボジョレーヌーボーは、地元民の日常酒から始まった。
収穫したばかりのガメイ種というぶどうから造られる
フレッシュな新酒ワインは、
もともと地元民の手軽な日常酒として1800年代頃から愛されてきました。
正式に販売され始めたのは?
正式にボジョレーヌーボーとしてフランス政府に認められ、
販売されることになったのは1951年。
それまでは軍隊用ワインとして
綿密なスケジュールのもとに管理されていました。
しかし1951年の春、この方針が廃止となり、
全てのワインの販売日は12月15日と決定され、
それ以前の販売開始は認められませんでした。
これに不満をもったボジョレーの生産者は、
新酒をもっと早くフレッシュな状態で販売開始したいと要求。
そして、その要求がフランス政府に認められ、
正式にボジョレーヌーボーの販売が実現することに。
地元からフランスの首都パリへ。
こうしてボジョレーヌーボーはパリに正式に参入。
若いジャーナリスト達の熱意により
パリでビストロのお気に入りワインとして広まっていきました。
ボジョレーヌーボー、各国へ旅立つ。
その後、パリからフランス語圏のスイス、ベルギーに広まり、
その後イギリスへ浸透しました。
1974年からは特別委員会が設けられ、
試飲によって基準を満たしているかを確かめてから承認するようになり、
しっかりとした品質管理もされてきました。
また、フランスから遠い国でも、
解禁日にはボジョレーヌーボーが届くように輸送網の整備も進み、
1980年代にはアメリカ、カナダ、ドイツ、オランダ、オーストラリアへと
次々に広まっていきました。
ついにボジョレーヌーボーが日本上陸。そしてアジア諸国へ。
1985年。昭和も60年に差しかかった頃、
ついに日本にもボジョレーヌーボーが上陸。
今では、日本は第1の輸出国であり消費国となっていますが、
この頃はまだ今ほど注目はされていませんでした。
そして90年代には、東南アジア(特に韓国、タイ、台湾)にも上陸。
ボジョレーの販売開始日の移り変わり。
1967年までボジョレーヌーボーの販売開始日はまちまちで、
年によって異なっていましたが、
1967年に正式に11月15日が販売解禁日と決められました。
しかしこの日が土日にあたってしまうと、ずれてしまうため、
1985年より【11月の第3木曜、全世界で0時に一斉に解禁】に変更。
現在のような形に落ち着きました。
製造方法。
1. ぶどうを手摘みで収穫
2. ぶどうは潰さず、密閉の発酵タンクに入れる
3. ぶどうの重みでつぶれ、自然に発酵
4. 炭酸ガス発生
5. ボジョレーヌーボーの伝統的な2種類の発酵
[ マセラシオン・カルボニック、マセラシオン・ボジョレー ]
6. 液抜き、ぶどうの皮や種をプレス(圧搾)し、
液抜きしたワインを混ぜ合わせる
7. 補糖
8. もう一度、ワイン酵母を入れて発酵させる
9. 澱引き(おりびき)
10. マロラクティック発酵
11. 清澄
<完成>
以上でした
「ボジョレーヌーボーについてレポート出さないといけないんです~~~
教えて下さい~~~」って言われて、
ちょっと復習したんです
知ってるようで知らないコトってあるもので。
いいお勉強になりました。
とゆーことで。まとめてみました。
ボジョレーヌーボーとは。
フランスのブルゴーニュ地方の南・ボジョレー地区で
その年の8月~9月に収穫したぶどうを仕込んで造ったワイン。。
その年の11月に出荷。
ぶどうの収穫祭を祝うワインでもあります。
普通の赤ワインなら通常、出荷までに少しの間寝かせます。
それは、リンゴ酸の酸味やタンニンの渋みを和らげるために
熟成させる必要があるためです。
しかしボジョレーヌーボーは、リンゴ酸やタンニンが最初から少ないので、
ぶどうの収穫から1ヶ月ほどの短期間で完成し、出荷することができます。
現地時間で11月の第三木曜日に一般販売が解禁されますが、
時差の関係から、
日本は先進国の中で一番早くボジョレーヌーボーが飲める国となっています。
ボジョレーヌーボーの種類は、おおよそ300種類。。。
ボジョレーヌーボーを造っている生産者が、大小含めて数百。。
<ボジョレーヌーボー>と<ボジョレーヴィラージュヌーボー>の違いは、
地区の違いです。
一般的にボジョレーヌーボーよりもボジョレーヴィラージュヌーボーの方が、
より品質の良いぶどうがとれ、ワインの品質も高いとされてます。
ボジョレーヌーボーは、地元民の日常酒から始まった。
収穫したばかりのガメイ種というぶどうから造られる
フレッシュな新酒ワインは、
もともと地元民の手軽な日常酒として1800年代頃から愛されてきました。
正式に販売され始めたのは?
正式にボジョレーヌーボーとしてフランス政府に認められ、
販売されることになったのは1951年。
それまでは軍隊用ワインとして
綿密なスケジュールのもとに管理されていました。
しかし1951年の春、この方針が廃止となり、
全てのワインの販売日は12月15日と決定され、
それ以前の販売開始は認められませんでした。
これに不満をもったボジョレーの生産者は、
新酒をもっと早くフレッシュな状態で販売開始したいと要求。
そして、その要求がフランス政府に認められ、
正式にボジョレーヌーボーの販売が実現することに。
地元からフランスの首都パリへ。
こうしてボジョレーヌーボーはパリに正式に参入。
若いジャーナリスト達の熱意により
パリでビストロのお気に入りワインとして広まっていきました。
ボジョレーヌーボー、各国へ旅立つ。
その後、パリからフランス語圏のスイス、ベルギーに広まり、
その後イギリスへ浸透しました。
1974年からは特別委員会が設けられ、
試飲によって基準を満たしているかを確かめてから承認するようになり、
しっかりとした品質管理もされてきました。
また、フランスから遠い国でも、
解禁日にはボジョレーヌーボーが届くように輸送網の整備も進み、
1980年代にはアメリカ、カナダ、ドイツ、オランダ、オーストラリアへと
次々に広まっていきました。
ついにボジョレーヌーボーが日本上陸。そしてアジア諸国へ。
1985年。昭和も60年に差しかかった頃、
ついに日本にもボジョレーヌーボーが上陸。
今では、日本は第1の輸出国であり消費国となっていますが、
この頃はまだ今ほど注目はされていませんでした。
そして90年代には、東南アジア(特に韓国、タイ、台湾)にも上陸。
ボジョレーの販売開始日の移り変わり。
1967年までボジョレーヌーボーの販売開始日はまちまちで、
年によって異なっていましたが、
1967年に正式に11月15日が販売解禁日と決められました。
しかしこの日が土日にあたってしまうと、ずれてしまうため、
1985年より【11月の第3木曜、全世界で0時に一斉に解禁】に変更。
現在のような形に落ち着きました。
製造方法。
1. ぶどうを手摘みで収穫
2. ぶどうは潰さず、密閉の発酵タンクに入れる
3. ぶどうの重みでつぶれ、自然に発酵
4. 炭酸ガス発生
5. ボジョレーヌーボーの伝統的な2種類の発酵
[ マセラシオン・カルボニック、マセラシオン・ボジョレー ]
6. 液抜き、ぶどうの皮や種をプレス(圧搾)し、
液抜きしたワインを混ぜ合わせる
7. 補糖
8. もう一度、ワイン酵母を入れて発酵させる
9. 澱引き(おりびき)
10. マロラクティック発酵
11. 清澄
<完成>
以上でした