2月くらい、浅草キッドを見たあたりから?から、自分の今までについて、よく思い返すことが増えた。
で、思い返して、当時の感情をクリーニングしたりとかしていたんだけど、昨日あたりから、この「昔を思い返すこと」自体がもう不要な行為だな、と気づき、昔のことを思い返すのをやめるようにし始めた。
イメージとしては、過去のことを一つのデータサーバーか何かに格納して、そのサーバーとの接続を切るとか、水面下に沈めるとか。もしくは鉄道の線路の分岐点で、「昔を思い返す」という行為自体を切り離したとか。そういうかんじ。
過去を思い返し、それをクリーニングするのは確かに重要だけど、もう私の場合はそれをしなくていいし、それをしても結局「許し難い過去」を認識したら、またクリーニングするしかない。
許し難い過去というのは、今ですら受け入れられない。過去にそういう事実はあるし、あった。だけど、私はそれを肯定はしない。
許し難い過去というのは、自分があの環境に産み落とされたこと。
もちろん、それよりも過酷な環境・時代に生まれた人間は五万といるだろう。でも、私は自分があの環境に生まれたことについては、今持ってなお受け入れ難いし、認め難い。許せといわれても、それをおいそれと受け入れられない。
ハイヤーセルフだか、高次存在の自分は、何らかの目的でそれを決めたのかもしれないし、それは必然であったのかもしれない。しかし、「高次存在の自分」というあやふやで不確定で、肉体をもってない人間を経験していない存在のいうことを、ホイホイと受け入れることはできない。したくない。傷ついたのは、肉体をもつ役割をおこなった、この私自身なのだから。
で、この過去を許す、水に流せるようになるのかどうかは知らないし目指してないし、一生許せないかもしれないが、ともかく今、過去のことを振り返った時点で感情が煽られるだけなので、過去の記憶を一つのサーバーにつめて、その接続を切った。そして、そのサーバーに「接続しようとする」脳のクセや習慣をやめるように、いま上書きしている最中。
そうしてみると、やっぱりこれまで無意識に、過去の記憶に接続して、低い感情になっていたことが多くあったなということがわかった。
過去を振り返るということが多すぎて、それが当たり前になりすぎてたから。ちっちゃな金魚鉢にいれられていた金魚みたい。自分の今にあっていないのに、狭苦しいところにいれられてて、でもそれに気づけない。そういうかんじ。
あと、自分の思考のラインを、ひとつ高次存在であるメインガイドに明け渡してみた。さらっと書いてるけど、ようは乗っ取りとか憑依を許可したようなもの。でも、グダグダと低速で重い感情に支配されているくらいなら、これまで接してきたメインガイドに明け渡したほうがはるかに効率的だし、人生を生きる人間としても楽そうなのでそうした。
見た目には見えないけど、いまかなり思考というか脳というか、そのあたりの回線を非物質的に人為的にガリガリ作り替えている状態。