Re: The history of "M&Y"

Team "M&Y" and "花鳥風月"
the soliloquy of the father
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うらしまたろう の教訓

2024-08-07 | ブログ

うらしまたろうネタで、ネットを徘徊したときに拾った情報です。
浦島太郎の物語での教訓は何だろう、というのがありました。

いろいろな説(意見)がありますが・・・大体以下の3つでした。

1. 情け、思いやりの心を持ち、善い行いをすること
亀を助けたら、竜宮城に連れて行ってくれて、歓待してもらえた
まさに「情けは人の為ならず」ですね。

2. 目先の快楽におぼれてはいけない
竜宮城で歓待を受けた太郎ですが・・・働きもせず、あまりの楽しさに、母親のことを思い出すのに3年もかかりました。 あわてて帰ったのですが、すでに300年が経っていた、という状況でした。

3. 約束を守ることの大切さ
「決して開けてはいけません」と渡された玉手箱を開けると、おじいさんになってしまいます。 という、浦島太郎のクライマックスですね。(笑) 
約束を守らないから、不幸な結果になっちゃった!

まあ、こんな感じですが・・・
この浦島太郎の物語、子供の時に「良いことをすると自分にも良いことが起こる」とワクワクして聞いていたのですが・・・太郎が竜宮城から帰るころから雲行きが怪しくなります。 そして最後には(若かった太郎が)おじいさんになってしまうというバッドエンドになります。
普通の童話はハッピーエンドなのに・・・と思っていました。

で、ググっていると浦島太郎の元の「御伽草子版浦島太郎」があるそうで・・・
(以下ネットから拾った情報をコピペします。)
浦島太郎は丹後の漁師であった。 ある日、釣り糸に亀がかかったが、「亀は万年と言うのにここで殺してしまうのはかわいそうだ」と逃がしてやる。 数日後、一人の女人が舟で浜に漕ぎ寄せて自分はやんごとなき方の使いとして浦島太郎を迎えに来た。 姫が亀を逃がしてくれて礼をしたい旨を伝え、太郎はその女人と舟に乗り大きな宮殿に迎えられる。 ここで姫と3年暮らし太郎は残してきた両親が心配になり帰りたいと申し出た。 姫は自分は実は太郎に助けられた亀であったことを明かし玉手箱を手渡す。 太郎は元住んでいた浜にたどり着くが村は消え果ていた。 ある一軒家で浦島何某の事を尋ねると近くにあった古い塚がその太郎と両親の墓だと教えられる。 絶望した太郎は玉手箱をあけ、三筋の煙が立ち昇り太郎は鶴になり飛び去った。 こうして、鶴になった太郎は蓬莱山に行き、仙界の一員となった。 その後、浦島太郎は丹後の明神として、亀と一緒に夫婦神として祭られている。
と、太郎は神になって、亀になった女性(もともと神?)と夫婦神として祭られる、おめでたい話だったようです。
(普通の童話と)比べてみると、いろいろと異なりますが・・・
太郎が助けた亀が、実は乙姫様だった、というのに大変納得です。
で、教訓の話で言うと教訓1と教訓2は、そのままなのに、教訓3だけが全く違います。
玉手箱を「開けてはダメ」とは言っていないし、玉手箱を開けたことで幸せになってます。 
だから、まったく逆ですね。

どうも、明治時代に教科書に掲載する時に、現代版の浦島太郎に編纂され、その時に玉手箱の部分が大きく変更されたようです。
その変更が、よくなかったのですかねぇ・・・

前にも書きましたが、
何で、玉手箱は「開けてはダメ」なのか
何で、「開けてはダメ」と言われた玉手箱を、持って帰ったのか(普通なら、そんなのはいらないと断りますよね)
何で、「開けてはダメ」と言われた玉手箱を太郎は空けたのか

特に、最後の「なぜ開けたのか」が、良く分かりません。
童謡では「心細さに蓋とれば」とあるので、時間が経ちすぎて知っている人が誰もいない場所で、心細くなって・・・それでも玉手箱を開けることの因果関係が不明です。(しつこい!)

最近の「チコちゃん」で「ダメと言われると、ついやってしまうのは、人間が自由な生き物だから」というのがあったので、やっぱり「xxをしちゃダメ」と言われると、ついつい「xxをしてしまう」ものらしいです。
我が家の子供たちには「勉強なんかしちゃダメ」と、もっと言っておけばよかった!

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