小諸 布引便り

信州の大自然に囲まれて、風を感じ、枝を眺めて、徒然に、社会戯評する日帰り温泉の湯治客です。愛犬の介護が終了しました。

出汁つゆは、万能である=切り干し大根煮を作ってみる

2011年10月31日 | 男の手料理・食
子供の頃は、鰹節を削るのが、子供の仕事だった。その後、鰹節のパック、鰹のだし粉、そして、昆布や鰹だしのつゆが、紹介され、一気に、普及した。男の料理には、確かに、便利で、味も調整が容易に出来る。とりわけ、カツ丼、親子丼他、丼物に、大変便利である。おつゆの出汁にも、むろん、使用されるのは言を俟たない。今回は、ネットで、レシピーを再確認して、女房殿に、注意点を尋ねて、「切り干し大根の煮物」に、初挑戦である。宮崎産の切り干し大根が有名である。シラス干しを買ってなかったので、単に、切り干し大根を戻してから、人参ときざみ揚げを入れて、出汁つゆで、味を整えて、終了である。極めて、簡単、且つ、滋養に富む。又、冷えていても、味がしみこみ、タッパに、入れておけば、ご飯のおかずにも、適する「箸休めの優れもの」である。ついでに、焼き豚(煮豚)を、醤油、みりん、酒、八角、ネギ、生姜、にんにく、味噌を少々で、作ってみる。味は、まあまあである。次回用に、煮汁は、保管して、再使用、足すことにした。初めてにしては、いずれも、上出来である。誰に言われようとも、男の料理は、ストレス無しに、自己満足で結構である。




中国の技術実習生の突然の帰国に想う=

2011年10月30日 | 社会戯評
駐在しているときに、飛行機の上から、数多くの丸いイリゲーション・サークルの輪を見たり、地上から、巨大なコンバインが、トウモロコシを収穫するのを、眼前で見て、アメリカの大規模農業のすごさを、現地で、体感したことがある。一方、同じ場所で、車をドライブさせていると、広大な大地に、転々として、数え切れない数のメキシコ移民が、レタスの収穫を、手作業で、日の出前の朝暗いうちから、行なっていた。何とも、皮肉な対照的な光景であった。これが、農業の現実かと考えさせられた。人口の老齢化と減少化に、直面する我が国農業は、以前から、研修生と技術実習生の制度を活用して、労働力を確保しようと躍起になっていたが、中国等の経済の発展により、賃金の値上げや、待遇の改善を要求され、実際に、ストや突然の帰国も、ここに来て、多く見られるようになったと言われている。インドネシアからの看護師・介護士派遣の問題も含め、真剣に、「移民政策」なり、技術実習生頼りのみの農業・漁業水産加工事業を、国家戦略として、早急に、見直し、確立しなければならない。私が、入社した頃は、お給料を貰った上に、知らないことをこんなに、教わって良いのかと、新入社員の頃は、そんな風に、新鮮な思いを抱いたことを今でも、覚えている。英会話も貿易実務も、エレベーターやタクシーの客との乗り方、接待の仕方、電話の掛け方、など、数え上げれば、キリがない。教科書には書いてないことを、随分と教えられた。経済成長で、給与水準が、母国でも上がり、デフレの日本では、メリットがないと考えるのも、やむを得ないかも知れないが、単なる拝金主義者に、成り下がっては、全くもったいない話である。TPPの交渉参加決定を受けて、こうした現実にも、我々は、目を向けなければ、レタスも、おいしく、食べられないのではないだろうか?



ロースト・レッド・ポーク・シーズニング・ミックスを使う=

2011年10月29日 | 男の手料理・食
タイの洪水被害が、心配である。以前、女房殿とバンコクへ、結婚34周年を記念して、(何とも、区切りが悪い理由は、たまたま、航空会社のマイレージが、二人分使用できるキャンペーンが、施行されていた為である。)出掛けたときに、地元スーパーで、この焼き豚のミックスを、購入したが、その後、すっかり、そのことを忘れてしまい、偶然に、ふと、思いついたからである。成程、スチーム・オーブンは、全く、便利である。(台所の奥に、腐らせておく手はない。)ミックス粉を水で、溶いて、豚肉のブロックを、適当に、小さくカットして、200度で20分間、ローストするだけである。我が老犬は、早速、鼻をクンクン嗅ぎ周りながら、おこぼれを頂戴せしめんが為に、いつものように、キチンと、横にお座りしている。ここまでは良いが、包丁で、カットし始めるや否や、いきなり、どこにそんな元気があるのかと思える程の大きな声で、二・三回吠えて、催促する。「ご主人様、ちゃんと、分かっているだろうネ」とばかりに、、、、。既に、前回は、女房殿が、作っていたので、要領は、データ解析済みで、更に、改善策も、しっかり、講じている。男の料理は、そこそこ、85%以上の確率で、成功しなければ、やった意味がない。追加、10分程の加熱をして、中まで、キチンとロースト出来た。味の方は、まあまあ、エスニック風のよろしいお味である。端っこの脂身のある、一寸硬いところは、我が老犬に、毒味して貰うこととした。本人(?)は、してやったりと、満足げである。人間も、犬も、ご満悦で、お互いに、何よりである。エスニック風中華焼き豚の完成である。


サイバー攻撃に想う=いつの時代もインテリジェンス・ウォーか!

2011年10月28日 | 社会戯評
サイバー攻撃に想う=いつの時代もインテリジェンス・ウォーか!
Window95が、普及し始めた頃、海外から、綺麗な花火が見られるというファイルが、送られてきて、開封したところ、ウィルスに感染してしまった。素人の私には、当時は、そんな悪意のウィルスの存在自体を、全く、認識していなかったのも事実である。今や、ポッド型のスパイウェアーや、ウィルスなど、全く、油断も隙もあったものではない。ウィルス対策ソフトを入れていても、友人の名を語って、怪しげなファイルを送ってくる手は、後を絶たない。.防衛企業や、16省庁、海外公館、議員への「標的型メール」によるサイバー攻撃の報道は、日露戦争当時の明石元二郎大佐の工作や、ニイタカヤマノボレ1208の電文解読を引き合いに出すまでもなく、昔も、今も、(手嶋龍一君ではないが)インテリジェンス・ウォーの真っ直中であることは、間違いない。むろん、第五番目の(陸・海・空・宇宙・サイバー)の戦場では、こちらが、やられっぱなしの筈はなく、逆に、攻撃も、密かに、行われている筈である。イスラエルなどは、抜かりなく、モサドが、イランの核制御システムに、ウィルスを送り込んで、攪乱させていると謂われている。個人情報の漏洩も困るが、問題は、国益が、密かに、損なわれるような状況が、万が一にも、あってはならない。ハニー・トラップではないが、下半身を絡めた新手のサイバー工作もあるであろうし、冷戦下の米ソ潜水艦同士でのギリギリの水面下での攻防と同じく、今や、知らないところで、サイバー攻撃と防御が、せめぎ合っているに違いない。昔も今も、「情報・インテリジェンス」戦争、真っ直中で、生活している訳である。これが現実であることを、改めて、突きつけられた想いがした。


ステッキを試用する=飽くまで、「杖」ではなくて、

2011年10月27日 | 自然・植物・昆虫
ステッキという言葉の響きからは、何故か、山高帽を被り、口ひげを生やしたジェントルマンが、颯爽と、闊歩するイメージを、抱きがちだが、「杖」という日本語の響きは、「転ばぬ先の杖」という、どういう訳か知らぬが、年寄り臭い、爺臭いイメージがつきまとう。東京から、今回は、亡き父が、愛用していたアルミ製のステッキを、持ってきたので、これを、試用してみることにした。先日、たまたま、教育テレビで、杖のつきかたを観たので、今や、脊柱管狭窄症で、歩行弱者となってしまった私でも、結構、これは、便利であると感じられた。歩く速度も、何かしら、速くなったような気がする。むろん、これまでは、掴まるところがないので、しゃがむ以外に手はなかったが、一応、これも、解決がついた。飽くまでも、自分では、「杖」ではなくて、「ステッキ」のつもりであるが、、、、、、。他人から見れば、きっと、「杖」にしか見えないだろう。


映画「一命」と「切腹」を見較べる=

2011年10月26日 | 映画・テレビ批評
二つの映画とも、「異聞浪人記」を原作に、製作されたものである。多少、ストーリーは、違っているが、「切腹」は、1962年(昭和37年)に、主演、仲代達矢、三國連太郎、石浜朗、岩下志摩、丹波哲郎、仲谷一郎、三島雅夫、松村達雄、稲葉義男、佐藤慶、青木義郎、小林昭二、(この辺までは、顔と名前が、一致する。)他で、モノクロで、製作されている。いずれの俳優も、皆、若かったし、迫真の演技である。今回の「一命」は、主演、市川海老蔵、役所広司、瑛太、満島ひかり、竹中直人、他で、50年前に、対応している。長くなるので、ストリーは、略するが、主人公の藝州広島、改易された福島正則の元家臣の浪人が訴える処の「武士の面目とは、何か」、「今日は人の身でも、明日は、我が身である」、成程、改易によって、浪人の身になり、娘が、労咳という不治の病を患い、娘婿も、有能であるにも関わらず、仕官の道が閉ざされ、一人息子が、高熱で、病気になっても、医者に診てもらえる金が工面できず、困窮の果てに、狂言切腹を思い立たざるを得なかった動機、その娘婿の無念を晴らす為に、行なわざるを得なかった所行。今日的に観れば、会社が、倒産して、再就職もままならず、妻は、不治の病を煩い、子供を医者に診せる金にも困る、、、、、、。福島原発事故や、東日本大震災ではないが、いつ何時、「今日は人の身でも、明日は、我が身である」となるか、分からないご時世である。今回の比較の中で、若い役者としては、「満島ひかり」は、NHK朝ドラの「ひまわり」の奔放な役回りに較べて、なかなか、難しい役処を、こなしていたように、感じられた。とりわけ、演出にもよるのであろうが、夫が、遺骸として届けられたときに、手の血糊を丁寧に、剥がした後、握られていた和菓子(井伊家で、出された菓子)を、死んだ赤ん坊に、食べさせ、自分も食べた後に、切腹を強いられた折れた夫の脇差しの竹光で、自害して果てるが、赤ん坊を真ん中に、川の字に、並んで、果てたシーンは、いつの時代でも「不条理」とは、あるのだなと思わざるを得ない。後の世の赤穂の浪人による討ち入りによる公義への問いかけ、赤松による心中もの・人情もの人形浄瑠璃、或いは、わび・さびの神髄や、俳句の世界すらも、「ある種の時代の不条理」を、その地下水脈で共通しているものかも知れない。武士の魂と言われている髷を、奪われた介錯人、検分役も、結局、我が身として、今度は、切腹を強いられる羽目になった。井伊の赤備えの武者兜は、「武士の面目」の象徴として、暗示されているが、それとともに、割腹後、火縄銃で、討ち取られた前作の最期と、今回の切られて後、最期を迎える場面の描き方の違いは、何か、半世紀の「時代の違い」を、感じさせられる。靖国神社の大村益次郎像の前で、靖国神社国家護持法案に、抗議して、「戦車の靖国神社、入場を阻止するぞ!」という遺書を残して、くり小刀で、割腹自刃した友人の死から、後数年で、もう人生、2回も、余計に、生き延びてしまった。TSUTAYAのレンタルで、やっと、前作を検索して見つけて貰ったが、前作の俳優陣達の演技の迫真さには、改めて、納得させられる。確かに、その後の活躍の端緒が、垣間見られるような気がした。是非、前作も、比較で、見られることを、お勧めしたい。


信州プロレス「無茶フェス2011 in 栄村」震災応援

2011年10月25日 | 社会戯評
信州プロレス「無茶フェス2011 in 栄村」震災応援=
新宿区から、小学校のクラス・メートが、住民票を、栄村に移し、スローライフを愉しむことになった関係から、一昨年の6月、そのクラス会旅行で、栄村の近くにある「湯島天神の湯」に、1泊した関係で、今回の震災には、縁浅からぬ想いを感じていた。グレート無茶が、大仁田厚や女子プロの井上京子のゲスト参戦を伴い、今回の震災で、被災した栄村を、3月に加えて、再度、「自分たちにしか出来ない応援を」ということで、プロレスやコントを披露して、500人超の観客で埋まった会場の中学校は、笑い声と熱気に包まれたという記事を、信濃毎日新聞で読んだ。「無理せず、怪我せず、打ち合わせ通りに、雨天要検討」という、何とも人をおちょくったようなそのコンセプトは、(信州をベースしたこの団体は、お笑い性とエンターテイメント性を、商品差別化の基礎にしている)、実に、それ故にこそ、被災者を応援し、元気つけるのには、ピッタリなものではないだろうか?ストロング・スタイル派を自認する私でも、この団体の活動からは、当分、目を離すことが出来ないし、全国紙では、到底、こんな地方のインディー団体の話題は、取り上げることはないであろうが、、、、。そんな記事を読むのも、地方紙の愉しみの一つである。

http://swfnagano.com/news/2011/10/in-4.php


(TPPとアセアン+3)を考える=経済覇権が見え隠れする、、、、

2011年10月24日 | 社会戯評
何年か前に、ベトナムとのFTAの締結発効で、海老の輸入関税がゼロになったが、必ずしも、その分、値段が安くなり、消費が増えることもなかった。結局、既に、FTAが、実施されていたタイや、当時、未締結だったインドとの産地競争力差の問題であった。(FTAは、現状、農業分野で、余り摩擦を生じないような国と主として、締結されているが、、、)その昔、オレンジ・グレープ・フルーツや、牛肉、林檎、スコッチ・ウィスキーなどの輸入自由化で、国内生産者は、壊滅的な打撃を蒙るだろうと、言われたが、どっこい、サバイバル競争に、生き残った。農業や漁業などは、どう見ても、JA全農が、主張するように、果たして、やる気のある生産者が、安い海外からの輸入物に、本当に壊滅的に、やられるとは、どうしても、思えない。CSA(Community Supported Agriculture:地域に支えられた農業:謂わば、地産地消にルーツが、あるのではないか?)等で、トレーサビリティーなどは必要のない、安心・安全、うまい、を売りにして、品種改良を重ねる国内生産者の作るものが、負けるとも思えない。これは、漁業も然り、同じである。無論、担い手の老齢化や、大規模化の困難性や、反当たり収穫量や、生産性を一挙に、上げることの難しさは、依然として、残るものの、、、、、。輸出が、単純に、増えるとも思えないのは、為替と関税の問題を、クリアしない限り、難しいであろう、むしろ、これまでの経緯から、既に、十分、大手メーカーは、(中小ですら)海外移転し、三国間輸出により、2国間FTAを活用している。もっとも、医療・労働・環境、他の分野などは、十分、議論されなければならないが、「アセアン+3」の中国・韓国・日本のアジア経済圏は,少なくとも、「中国の経済覇権」が、見え隠れするし、法的遵守性が、疑われるが、、、。逆説的に言えば、TPPは、環太平洋経済圏での「アメリカの経済覇権」が、見え隠れしないではない。いずれにせよ、我が国は、歴史上、貿易立国・海洋国家でなければ、生きて行けない訳だから、ソフト・パワーを駆使して、両者の均衡の中で、EUも含めて、多角的に、対応する外交力と交渉力で、乗り切らなければならない。もっとも、APECの会議も、ギリシャのデフォルトも、残された時間は、少ないが、、、、、、。


エクスパンションで、仕切りをDIYする=

2011年10月23日 | DIY
=エクスパンションで、仕切りをDIYする=
ホーム・センターの楽しみ方の一つに、「自分で、出来るものはないだろうか?」と、探し廻ることがある。ベランダの仕切りに、伸び縮みする木製のラティスに似たものがあったので、よく、目を懲らして、どのように出来ているのかをじっくり、観察してみる。成程、それ程、難しいものではなさそうである。そこで、ラティスの底部を購入して、電動ドリルで、穴を開けて、至極簡単に、完成した。若干、拡げる幅によって、底部が、安定しないが、これは、毎度のことで、自己流設計ミスで、些細な誤差は、良しとして、完成とした。取りあえず、実効性よりも、今回は、見た目重視で,,,たまには、それも、よいではないか!





彫刻刀で、表札を作ってみる=

2011年10月22日 | DIY
版画を観賞していると、何故、こんなに、力強いタッチが、表現できたり、或いは、繊細な筆使いのような表情が、出せるのかと、その技術の高さに感心してしまう。成人した時に、両親が、木製の表札を記念に、作ってくれ、それを、結婚した時に、掲げていたが、家の建て替えの際に、外人にも分かるようにと、英文に替えたので、小諸の家へ、持ってきた。もっとも、ポスト横の表札には、マッチしないので、新しく、表札を、彫刻刀で、手作りしてみることにした。彫刻刀による作業は、小学校か、中学校以来である。なかなか、複雑な漢字を彫るのは、難しいものである。又、筆使いの感じを出すための止めや、ハネにも、結構、気を遣う。もちろん、指を切らないように注意することは、基本中の基本であるが、、、、。何とか、形に、出来るまで、コツコツと、時間をかけて、少しづつ、製作する。果たして、その出来映えは、どんなモノだろうか?グルー・ガンで、ドングリと松ぼっくりを使って、100円ショップで購入した木枠の周囲を、デコレーションして、ニスを塗って、完成である。ポストの方は、既に、20余年も前に、手造りしたものを、ペンキを塗り替えながら、今日に至っている。これで、完成である。


高付加価値商品とは何なのか?=広告を読む

2011年10月21日 | 社会戯評
新聞の記事を読んでも、これまでは、同封されている広告のビラは、あまり、良く見ずにいたが、昨今は、結構、スーパーのビラなどを、くまなく、よく読むようになった。ふと、ゴボウの土を洗浄済みの、しかも、更に、ササ切りカットまでもしてある商品に目が止まった。先日、スーパーの売り場では、細ネギの微塵切りカットを、プラスチック・ボックスに入れて、販売されているのを見かけた。又、鳥の唐揚げが、どう見ても、鶏肉の価格よりも、安いのではないかと思われる程の値段がつけられて、総菜コーナーで、販売されていた。無論、味もそこそこ、油で、揚げる必要もなく、便利であるが、果たして、エネルギー・コストや、人件費、物流費が、妥当に、含まれているのかと要らぬ心配までしてしまう。しかも、ブラジル産の鶏肉ではなくて、国産であると、、、、、。「利便性」が、付加価値なのだろうか?機能性、デザイン性、使い易さ、簡便さ、利便性、色々な要素が考えられるが、価値=バリューだとすれば、消費者それぞれ、年齢別、世代別、家族構成別、等、その価値観は、異なるものではなかろうか?ただ、ズボラなだけで、時間がないとか、忙しいとか、それなら、毎日、レトルトと、宅配の食事の方が、ずっと、カロリー計算もきちんとされていて、便利ではないのか?しかし、そうは、ゆかないのが人間である。今の高付加価値商品は、本当に、自分にとって、「価値」が、付加されているのであろうか?過剰なのか、それとも、不足気味なのか?はたまた、質的に全然違うものなのか?そんな付加価値で、満足出来るのであろうか?全く、悩ましくなる。


木の実を拾らふ=播種に挑戦してみるとしようか?

2011年10月20日 | 自然・植物・昆虫
都会の散歩では、せいぜい、公園にでも出向かないと、なかなか、木の実を拾うことが出来ない。(せいぜい、ハナミズキの落葉と赤い実くらいか)、あっても、銀杏の樹のぎんなんの実か、舗道に、散らかるプラタナスの葉や、低く、箒状に、剪定されたケヤキの落ち葉くらいである。ここでは、朝の老犬との散歩道には、四季、折々の風景が、生態系も垣間見られながら、愉しむことが出来る。これも又、スロー・ライフの至極のたのしみの一つである。紅葉とともに、木々の実が、落ちていて、それが、何なのかを、拾いながら、確認するのも、又、一興である。ベランダに、はらはらと舞い落ちる赤松の実、色々の形のコナラのドングリの実、あるものは、スリムで、背が高く、あるものは、ずんぐりむっくりで、まるで、人間の体型のようである。思わず、これは、誰、それは、誰それと、想像を逞しくして、笑ってしまう。又、ケヤキの葉だろうか、実をつけて、落ちている。こぶしの樹の大きな赤い実、モミジの種、竹とんぼのように、ひらひらと、舞い落ちる。先日、ゴルフ場に行ったときには、様々な形の実をつけて、黄色や、赤く色づいた木々を愉しみながら、合間合間に、(夫婦二人のツー・サムだから、急ぐ必要は全くない。もっとも、その割には、スコアの方は、相変わらずだが、、、、)それらの実を、拾いながら、持ち帰った。今年は、これまでとは違って、播種に挑戦してみようかと、考え始めた。外は、そろそろ、朝晩の散歩には、手袋と防寒着が必要とされる季節に、移ろい始めたようだ。秋植え球根も植えなければならない。


「吊し干し柿」作りに挑戦する=

2011年10月19日 | 自然・植物・昆虫
去年、女房殿が、渋柿を剥いて、糸で連ねて、網に入れて、寒風に晒すこと、1ヶ月程で、どんどん、水分が抜けて小さくなり、色も深みを増してゆき、干し柿が出来き、それを食したところ、とても、甘く、柔らかだったので、今年は、少し大きな柿で、出来ないかと、欲張りをして、渋柿を剥いて、枝を少しつけたまま、紐で縛り、秋植え球根を入れていた白いネットを、有効活用して、軒先に吊してみた。勿論、「市田柿」のような味は、到底、期待は出来ないが、干し芋ではないが、せっかく、出来た渋柿も、自然の恵みとして、手作りで、一度、機会があったら、作ってみたかったというのが本音である。(うまいかどうかは別にして)10日から2週間程度で、粉がふくようであるが、果たして、どんなものであろうか?何せ、趣味の素人だから、、、、。お正月に、この天日干しの吊し柿を食べる時に、種が多く出る程、一年に多くの福を蓄えることが出来ると謂われているそうである。そんなことを、今の時代で、期待して、食する人は、少ないかも知れないが、昔の先人の心情を理解しながら、見様見真似で、作ってみることにした。果たして、うまく出来るかどうかは、お楽しみである。又、新しい愉しみが出来そうである。


猛禽類の狩りの後に遭遇す=ノスリだろうか?

2011年10月18日 | 自然・植物・昆虫
車を発進させると、カーブのところで、カラスが、一羽、道路の上に、立っていて、その先に、薄茶色した大きな鳥が、鋭い視線をこちらに、向けて威嚇している。何やら、足許の鋭い爪に、鳥のような物を、しっかりと、掴んでいるようである。さっと、舞い上がると、地上から、30cm程の高さを、低空飛行で、翼(60-70cmくらいか)を拡げて、静かに、悠然として、車を恐れることなしに、ゆったりと、左前を、滑空していく。たまたま、飛翔していく先が、車の行き先だったので、それに従うように、追いかけると、体長10cm位の茶色色をした野鳥が、目をつぶり、首を下に垂らした、ぐったりした様子で、両脚の爪に、しっかりと、掴まれている。どんな野鳥かは、峻別出来ないが、明らかに、既に、事切れている様子が、見て取れる。結局、ノスリと思しきその鳥は、そのまま、滑空しながら、森の中へ、消えていった。昔、やはり、車で、山中を走っていたら、右後ろから、突然、車の前を横切るように、大きな鳥が、鼠を捕食しようと、上空から、舞い降りてきた瞬間を見たことがある。残念ながら、その時は、鼠を捕らえることができず、そのまま、再び、上空へ、舞い上がっていったが、、、、、。又、NZに滞在していたときには、明け方、ドライブしていたら、車に、はねられた小動物を、道路の真ん中で、堂々と、大きな鳥が、食べていて、ライトで、照らすと、瞬間、その目と目があった経験をしたことがある。その目つきの鋭さは、猛禽類独特の物で、今でも、その光景は、記憶に、新しい。今回は、フィールド・ガイド(日本の野鳥)で、調べると、どうやら、トンビやサシバではなくて、(目の上に、白い筋はなかったので、)どうやら、ノスリのようである。きっと、身近な自然の中では、知らない処で、知らない内に、毎日、狩りが、当たり前のように、行われているのであろうかと、改めて、気付かされる。


湯道・百体観音・「八十番、十一面観音像・峠の地蔵菩薩像」=湯ノ丸の「紅葉」を愛でる

2011年10月17日 | 自然・植物・昆虫
文久の時代に、10年余の歳月をかけて、百体もの道祖神が、旅の安全を願って、置かれたと、日本の中央分水嶺のほぼ、真中に、建つ八十番・十一面観音像は、峠の上から、遠くにある苦しみや災いを一度に,見逃さぬように、十一面を以て、見下ろしていると謂われている。鹿沢温泉に抜けるこの道は、当時、「湯道」と謂われた由、今では、車で、難なく、紅葉の景色を眺めながら、上り詰めることが出来る。今回は、湯ノ丸から、ランプの宿で、有名な高峰温泉、高峰高原を経て、唐松の黄金色に変わる紅葉を、愛でながら、又、落葉樹の赤や、黄色、茶色、そして、巨木に絡まる見事に、真っ赤に色づいた蔦の葉を見ながら、その自然のキャンバスのグラデーションを愉しみながら、降りてきた。成程、色のバリエーションだけでなく、山並みに写る雲の影と、太陽を浴びて美しい色合いを帯びた木々のコントラストとハーモニーとが、誠に、見事である。黄金色一色や、赤一色も、それは、それで、又、素晴らしいが、やはり、様々な色が、そのグラデーションを、気温や、天気の条件次第で、同時に共存する方が、何とはなく、情緒があるように感じられるのは、日本人特有の美的情緒の特有だろうか?昔の人も、きっと、峠を登りながら、愉しんだであろう同じ景色を、愉しむことが出来ることは、全く、贅沢なことではないだろうか?沖縄に住む人には、大変、申し訳ないことですが、、、、、。