その人の好きな食べ物をきいたら、それを食べるのだろうか?
私と好きが被るのを確かめたいのかしら。
偏食の子供が、好きな人の好きなものなら食べるってのもあるしな。
アクターとドクターは人の病を見ることにおいては同じ。
「年の瀬」を「年乗せ」だと20歳まで思い込んでいた。
まぁまぁでムムムな映画でも、自分が見たということで評価を上げていることはないか?
Blackmail Girl (2015) = 評価: 6.1/10
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ハリウッド映画と邦画の大作を見に行くのは、フレンチのレストランに行くのと安いファミレスに行くのと近いのではないか。
値段は同じだが、見たことを話すという点が近いんじゃないかなと思われる。
美味しいフレンチに行った話はできる人が限られるし、行く相手も限られるしね。
ファミレスは食べるというよりは話に行く場所だから。
なぜその映画を見に行くのかには「騙されたと思って」を許せるかどうかという部分もあるのではないかと。知り合い(認知度が高い要素がある)なら許せますから。
そうなると、選ぶのは自分に関係があるものになる。面白そうとか出来とか関係なく。
自分に関係がないものは面白かろうと自分から関わるのは億劫なものです。
表現には、少し分かりにくく描くことで、戦っているものがある。
海外のインディペンデント映画の映画祭には予算別でのカテゴリーがあるものがある。
約200万円以下の制作費の映画は、「低予算」の下の「極小予算」の下の「予算なし」にカテゴリーされることが多い。
ちなみに、「低予算」のカテゴリーが約500~1000万程度。
そろそろ映画監督として生きていくために、石仮面をかぶるタイミングが来てしまったのかもしれない。
昨年見た『ミセス・ノイズィ』にも『AWAKE』にも、「奥深い」という言葉が出てきた。偶然かもしれないが、現在の情報の浅薄さ、短く端的に言おうとする風潮に向かって、物事はそう簡単には言い尽くせないんだぞ、という意思を感じるではないか。