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Monkey-ATAX

北米に生息する伝説の獣人 ビッグフット を追い求め、いろいろ活動しています。

ケーニッヒスワルト

2006-01-31 22:01:07 | 猿系のいろいろ
北京原人と同類のエレクトゥスであるジャワ原人(別名ピテカントロプス・エレクタス)はマリー・ウジェン・フランソア・トーマス・デュボアにより1891~1892年に当時オランダ領であったインドネシアのジャワ島のトリニールで発見された。この化石はピテカントロプスⅠ、PⅠであるが、PⅡは1937年8月にドイツ生まれのオランダ人フォン・ケーニッヒスワルトにより同じジャワ島のサンギランで発見された。このケーニッヒスワルトこそギガントピテクスの臼歯を1935年に香港の薬問屋で発見した人である。アメリカのUMAビッグフットやヒマラヤのイエティはギガントピテクスの生き残りであるといわれている。残念ながらギガントピテクスの化石はこの臼歯や中国華南の広西(コアンシィ)の洞窟で1955年に発見された下あごなどしかなく、全体象は不明である。
インドネシアには他にもピテカントロプスより進化したソロ人や最近話題になったフロレンシスなど貴重な人類化石が多く発見されている。インドネシアには又人猿オランペテグの伝説もあり、UMAファンにとっても興味深い地である。

The Peking Man is Missing

2006-01-29 10:13:16 | 猿系のいろいろ
北京原人の行方について書かれた本はいろいろあるが、タイトル名の本”邦題:ペキン原人失踪”は作者が失踪当時に北京協和医科大学内の解剖学教室で秘書として働いていたクレア・タシジアンであり、当時の内情や雰囲気をよく伝えていると思われる。
クレア・タシジアンは写真の中央ワイデンライヒの左横にいる白人女性であり、ペキン原人の化石を見た最後の人間の一人である。
本はミステリー調のフィクションであり、化石はアメリカ人によりニューヨークに運ばれるというストーリーであるが、タンジアンはプロの作家ではないのでペキン原人に興味がない人にはあまり勧めない。

TREK X01

2006-01-25 20:35:41 | カラテモンキー
これがTREK X01、X01のシリーズで一番最初に出た型。シートステイやダウンチューブの形状が最近の型とは少し違う。フレーム買いなのでシーズンが変わるたびにロードとシクロの間でパーツのお引越しをしていた。
シクロなのでチューブは厚く、前変速機の着くところの径がφ35mmとマウンテンバイク並み。しかし戦闘力は高かった。パーツの引越しが面倒で夏のロードシーズンもシクロのまま走ったことがあるが、ロードレースのリザルトで見れば、実はこのシーズンが一番良かった。(早い、遅いは別にして)
シクロの会場でこの話をすると、パナソニックバイクのスタッフの人から普通の人ならシクロのほうが乗りやすいので、成績もでやすいのではないかといわれた。ロードを使いこなすのはけっこう難しいのか?

シコロクロス

2006-01-25 06:22:45 | カラテモンキー
冬はシクロクロスのシーズン。前に住んでいた地域ではシクロクロスのシリーズ戦が10回/シーズンほど行われており、近場の大会にはよく参加した。
最初参加車はほとんどマウンテンバイクであったが、コースがだんだん高速化(障害物や階段などの減少、フラットなコースの増加など)してきてシクロクロス車のほうが多いようになってきた。
河川敷や公園のフラットで長い直線のコースでは26インチのマウンテンバイクより700×35Cのクロス車のほうが早い。クロス車のギヤはリヤ12~25、前39・46が標準的だと思う。マウンテンの感覚からいくとかなり重いギヤだが、不思議とマウンテンだとインナー22を使うようなところでもシクロだと25/39でいけてしまう。
タイヤの違いか、自転車の違いか?

自分のシクロ車はTREKのアルミフレームにロードで使っていた74デュラエースを組み、ブレーキはXTカンチ、タイヤはミシュランやパナのシクロ用という仕様であった。
今の住まいにきてからシクロクロスには出ていないが(遠いので)、カラテモンキーのハンドルをドロップに、ブレーキをAVIDのロード用ワイヤー式ディスクキャリパーにして、いつか出てみたい。

アドベンチャー イン 富士見 2

2006-01-22 08:20:01 | カラテモンキー
05富士見は42kmと王滝100kmよりも距離は短い。早い人ならゴールまで3時間を切れるが最初の上りは距離が長く、傾斜もきついので上りきるまで2時間近くかかる。
この上りが終われば、あとはダウンヒルまで比較的フラットなコース(しかもほとんど舗装路)なので、ポイントは最初の長い上りでいかにタイムをつめられるか?だろう。
上りの路面は良い。最後のダウンヒルCコースが無ければシクロクロス車のほうが早いかもしれない。
カラテモンキーは700Cのタイヤが使えるのでシクロ用の35Cが使える。またはパナレーサーなどから出ている45Cのダート用もよいかもしれない。26インチでこの太さだとダートでは使いにくいと思うが、700Cだと接地面積が大きいのでけっこう使える。

なぜ29のタイヤでなく、700Cを考えるのか?
29×2.1のタイヤはその走破性や快適性はたしかにすばらしい。しかし05年の富士見、王滝では上りのペースを上げることができなかった。タイヤの重さ(質量+走行抵抗)が一つの原因ではないかと思っている。
29インチはダートでは26インチより戦闘力は高いと確信している。しかし使いこなすには乗り手のパワーが必要だ。05年の自分のフィジカル面でのポイントは軽量化であった。04年王滝のBMIは19.5であったが、05年の王滝では17.5まで落とした。減量は普通にすると脂肪と筋肉は同じ量低下する。筋力低下と29インチとは相性が良くなかったのではないか?

タイヤを細くすることは29インチの強みをそぐことになる。しかし29インチの特性を理解するためにも細いタイヤを一度実戦で試してみたい。



アドベンチャー イン 富士見

2006-01-21 18:43:09 | カラテモンキー
アドベンチャー イン 富士見の申し込みがはじまった。去年の第1回大会にもカラテモンキーで参加した。このときは04年王滝のシングル・フルリジットとは違い、27段速にフロントサス付きだった。変速機は当時でたばっかりのLXのダブルコントロールレバー、サスはこれもでたばっかりのロックショックREBA29インチ用。ブレーキもデオーレVからLX油圧ディスクにアップグレードした。

ダブルコントロールレバーは変速機のシフターとブレーキレバーを一つにしたものである。前に店でみた初期型は、操作性がいまひとつの印象であった。しかし最近のものは良くなったと聞いていたので試しにつけてみたがロー側へのシフトは実に軽く、長時間(王滝100k)でも何の問題もない。またバーエンドを握った状態でもシフトができるかと思ったが、これは指が届かずできなかった。

REBA29インチは現在手に入れることのできる数少ない29インチ用サスペンションの一つである。よく26インチのサスが使用できるか?と聞かれるが、2.1のタイヤはまず使えないと思う。今のREBAでもそんなにクリアランスがあるようにはみえない。REBAはMC(モーションコントロール)というサスの動きを、路面状況に合わせて、任意のレベルに抑える機構を持っている。路面の良い時は大きなショックにだけ反応させ、それ以外は小さな動きだけに留めることにより、ペダリングロスを抑えることができる。しかしパンク防止でタイヤの空気圧を高めにすると、タイヤが跳ねやすく、本番では上りでもMCは切った。

油圧ディスクについてはレバーの軽い引き、強力な制動力とVとの差は天地ほどもある。多少の重量増などスチール使いにはまったく関係ない。ただカラテモンキーの場合はリヤエンドがトラックなので、ホイールを外すときはブレーキキャリパーをずらさなくてはならない。パンク修理に少し時間がかかる。

回転練習

2006-01-17 21:33:43 | カラテモンキー
この季節、自転車のりは回転練習をメインとする。
回転練習とは自転車のクランクをいかに効率的に、かつ高速に回転させるかを身に着けるもの。BR1~2ではロード練習で前インナーのみとか(それでも40km/hをかるく超える)する。
自分の場合は固定ギヤでのロード練習を去年からしていたが、最近の寒さや朝の暗さから固定ローラー台での回転練習を試してみた。
この練習方法は前にトライアスロンの強豪チームテイケイで行われていたもので、初動負荷を使ったペダリングをマスターするのに有効らしい。
無負荷の固定ローラー台に固定ギヤロードをセットしてクランクの回転を120~130rpmで30分ほどしてみた。初回ではさすがに130rpmキープが限界だったが、これを少しでもあげていきたい。
練習時は心拍数が低くあまりつらくなかったが、翌日ふとももの裏下側の筋肉がかなり痛くなった。足への負担は高そうだ。

北京原人はどこへいった3

2006-01-14 08:46:12 | 猿系のいろいろ
北京原人捜索についての興味深い話としては有名なエンパイアステートレディという謎の女性についてのものがある。

シカゴの資産家クリストファー・ジェイナスは1976年に北京原人の化石発見につながる情報の提供者に15万ドルの懸賞をだした。
この呼びかけに対して「元海兵隊員」夫人と称する女性から連絡が入り、ジェイナスは北京原人らしい骨の入った写真をエンパイアステートビル最上階の展望台で見せられた。
このドキュメンタリーをテレビでみたことがある。写真も放映されたがいろいろな化石にまざり、それらしいものが下側にあった。
北京原人化石の行方の説の一つに輸送中の海兵隊員が盗んだというのもあり、ありえない話ではない。
結局この女性はその後はあらわれず、真偽はわからない。
しかしこの話はミステリー小説のようで、とても興味深い。


北京原人はどこへいった2

2006-01-14 08:22:49 | 猿系のいろいろ
無くなった北京原人の化石骨については今まで多くの捜索がされてきた。しかしいまだに行方はわからない。当時戦時下の不安定な時期であったことが大きな原因であるが、最近の本を読むとワイデンライヒなどの発掘、研究を直接していた人たちと、他の人たちとの間の化石骨に対する思いにはかなり差があったようだ。
ワイデンライヒの上司のヘンリー・ホートン北京協和医学院長や医学院から秦皇島(アメリカ行きの船が出る予定であった港)まで輸送したアメリカ海兵隊のウィリアム・フォーリー軍医中尉も化石骨を守ることにあまり積極的でなかった印象がある。輸送途中のチェックはほとんど無く、いつどこで無くなったのかさえわかっていない。ホートン院長は医学院運営の本業があったし、フォーリー中尉は日米開戦直後であり仕方なかったともいえる。
化石骨をうばったともされる日本軍も化石骨が無くなったことに気づいたのは1942年の8月下旬とされる。医学院を1941年12月に占拠したが化石骨はそこにあるものと思い込み翌年8月まで確認しておらず、あまり積極的とは思えない。
戦後GHQの民間資産管理局CPCのパトリック・タンシィ代将も日本での捜索は1回指令書をだしただけで、その後の対応はほとんど無かったようである。



29インチの高速走行性

2006-01-14 06:10:48 | カラテモンキー
Karate monkeyは29インチタイヤのマウンテンバイクなので巡航速度が高いはずだが、ロードレーサーと比べると10km/hくらいの差がある。タイヤが太く、走行抵抗が大きいためと考えていたが、先日とあるショップのツーリングでマウンテンバイクに700Cのホイールとロード用の細いタイヤをはめても、やはりロードのような高速度では走れないとの経験談を人から聞いた。
フレームのディメンションや構造的な違いがあるのだろうか?
マウンテンはロードと同じポジションではだめなのだろうか?
マウンテンバイクによる今年のメインイベントは王滝100kmなので、走りのポイントは高速巡航である。
去年の王滝では下りでの安定性は良かったが、ペダルを踏むところではスピードをのせることがうまくできなかった。
下りを多少犠牲にしても巡航速度を上げるセットアップを本番までに仕上げよう。
しかし現時点ではなにをどうすれば良いのかよくわからない。
まずはポジションを少しふってみて、様子を見てみよう。
ポイントは巡航速度なので、平均速度の比較などで定量的に評価できるはず。