◇9月7日(土) セントルイス

マンスフィールド

8時00分 朝食後、セントルイスを出発、ミズリー州マンスフィールドへ
11時30分 マンスフィールドに到着しました。
マンスフィールドは、ローラ最後の地で、後半生の50年以上を暮らし、ここで「大草原の小さな家」シリーズの全巻が書かれました。家の中は、ローラが生きていた当時そのままで、どの土地よりもローラを身近に感じることができました。
博物館には、とうさんが使っていたヴァイオリンが大切に保存されていました。そして、ローラとアルマンゾが結婚して初めてのクリスマスに買った(Give us the Day of our Daily Bread)「日々の糧を与えよ」と彫られたガラスの皿の本物もありました。
ローラは、冬の厳しい大草原を離れて、ジフテリアの後遺症の残るアルマンゾのために、気候の良い土地で暮らしたいと思っていました。オウザーク丘陵の話を聞き、また、すばらしく大きな赤いリンゴを見せられて、そこへ移住する決心をしました。
1894年7月、ローラと夫アルマンゾと7歳の娘ローズは、デ・スメットのとうさん、かあきん、姉妹に別れを告げ、長い旅に出ました。 これが、ローラ最後の幌馬車での旅でした。
ローラは、毎日、旅日記(「わが家への道ーローラの旅日記」として出版)をつけていました。
一家が南に向かって6週間後の8月30日、ついに、マンスフィールドに到着しました。

この家で最も美しかったのは客間だ。大きな暖炉と煙突は、アルマンゾが農場の石をつみあげて作ったものだ。天井には太い木の梁が渡り、ゆったりしたソファには、ローラが編んだレースのカバーがかかり、刺しゅうのクッションが置いてある。くつろいだ客間を見るだけで、ここでローラが満ち足りた後半生を過ごした様子が目にうかんできた。

松本先生「アメリカ・カナダ物語紀行」から解説

クラウン・プラザ・セントルイス・エアポートに二泊しました ホテルの周り、バラも咲いて

吹き抜けでガラス張り、明るいロビー 朝食を頂いたレストラン

とってもおいしいブレックファースト プールもあって広々しています

今日も良い天気、さあ出発です ローラ終の棲家「ロッキー・リッジ・ファーム」へ

岩の多い40エイカーの土地を買い、ロッキー・リッジ・ファーム(岩尾根農場)と名づけた

広大な土地の先に、ローラの家が見えてきました ロッキー・リッジ・ファームの看板

左がローラゆかりの品を展示する博物館、右がローラの家 アルマンゾは器用で家具も手作り

2人の開拓時代は終わり、次第に素晴しい家になっていった 見学者はキッチンのポーチから入場

ローラは窓のカーテンをひくのが嫌いでした、外の美しい景色が、隠れてしまうから