「二人のロッテ」や「エーミールと探偵たち」などを書いたエーリッヒ・ケスト
ナー、作品は読んだことがなくても、名前を知っている人は多いでしょう。
2つの世界大戦を生き抜いたドイツの作家です。「わたしが子どもだったころ」
は彼の15歳までの自伝です。いきいきとユーモラスにそして真摯に、自分の
こと親のこと、先生や友達や親戚のことを、時代背景の中で巧みに描いて
います。「ためになる」という言葉は文学作品にとって褒め言葉ではないか
もしれませんが、ケストナーに限っては例外です。文学的価値が高く、ユー
モラスかつ風刺に富み、かつ「ためになる」
一番印象に残るのは、ケストナーとお母さんとの関係です。お母さんは
一人息子のエーリッヒのためだけに生きていました。彼の学資のため
に働き、彼の旅行のために稼ぎ、彼の一挙手一投足に注意をはらい、、、。
それはケストナーには大変なプレッシャーだったと思いますが、彼は
母の思いに応えようと、頑張りぬきます。マザコンだとか、子離れでき
ないとか言った域を超えた壮絶さで、感動的でもあります。だれにでも
真似のできることではありませんが、これも親子のあり方の一つだと
思います。
ケストナーの子供向けのお話は、どれも面白くてグイグイ引きこまれますが、
彼の良い所は、子供向けだからといって、醜いこと、酷いこと、悲しいことな
どを隠さずどんどん書いているところです。それが現実なのですから。この
「二人のロッテ」でも、両親が(どうやら)父親の浮気のために離婚して、双
子の姉妹が離れ離れに暮らしているのですが、二人は幼い知恵を絞って
両親のよりを戻させようとします。そこにはさらに父親の新しい愛人らしき
女性まで現れて、すったもんだします。
まあ普通、子供向けのお話でこんなテーマはないですよね。それをユーモ
ラスにサラリと、でもほんのちょっと毒を持って、子どもにも大人にも興味
を引くように書いているところが、ケストナーの優れた筆力です。ハッピー
エンドになるだろうとは思いながらも、途中の思わぬ展開に何度もハラハ
ラします。
彼は二次大戦中もドイツにとどまり続けた数少ない作家です。あまりの
人気の高さに、ナチスも彼には手を出せなかったようです。もっとも彼の
大人向けの本は焚書にあったそうです。ケストナーは自分の本が燃や
されるのを見ていたとか。「人生は、単にバラ色ではなく、単に黒色でも
なく、色とりどりである。善人も悪人もいる。善人も時として悪くなり、悪
人もおうおう善くなる。わたしたちは笑ったり泣いたりする。、、、わたし
たちは幸福だったり、不幸だったりする。、、、わたしは二度と笑うことは
ありえないと思うほど、泣いた。そしてまた、泣いたことなんかついぞな
かったかのように笑うことができた。「もう大丈夫よ。」と母はいった。
そのとおり、またよくなったのだった。だいたいまたよくなった。」
高橋健二訳「わたしが子どもだったころ」より