キッチン・トランスレーターつれづれ日記

つれづれなるままに日々のよしなしごとを綴ります。本、風景や花や料理、愛犬の写真などをご紹介。

いわき復興支援スタディーツアー

2015-05-27 16:18:12 | 天災
              
             
             福島県いわき市の湯本駅。古い歴史のある良い温泉場です。という

             より、スパリゾート・ハワイアンズのある町といった方が、わかりやす

             いかもしれません。以前は常磐炭鉱の本拠地だったところです。その

             歴史を展示する、その名も「石炭・化石館ほるる」からいわき市の主

             催する「いわき復興支援スタディー・ツアー」に神戸に住む大学時代

             の友人夫妻と、私たち夫婦で参加しました。

             

             まだ5月の福島だというのに、暑い一日でした。仮説の浜風商店街は、

             思っていたより小じんまりしていましたが、みなさんとても元気です。

             津波で家もお店も流され、中には身内を亡くした人もいるでしょうに。

             

             

             もう震災から4年が経ちました。商店街の前の広場に咲く花の鮮やか

             さが目に滲みます。「年々歳々花相似たり、年々歳々人同じからず」

             と言いますが、ここでは地震、津波、その上放射能で自然さえも破壊

             されてしまいました。

             

             遠くに東京電力広野火力発電所を望む海岸の光景です。今は穏や

             かに波が打ち寄せています。

             

             

             

             

             

             久之浜漁港の近くで、津波から九死に一生を得たという語り部の方から

             お話を聞きました。その体験だけでも、十分悲惨なものですが、この地

             はさらに放射能の恐怖に襲われました。他の地域は4年のうちに片付

             けられ、新しく整備できているところもありますが、ここは津波に襲われ

             た姿がそのまま残っています。汚染された土を取り除き、護岸工事が進

             んでいますが。復旧は前途多難なようです。津波で全て流されたのに、

             上の小さな神社が奇跡的に残っていたのだそうです。あんなに小さくて

             脆そうなのに。行政は撤去するように言ったそうですが、住民みんなで

             守っているとのこと。

             

             久之浜からさらに北の富岡町、双葉町、浪江町、南相馬へと向かいました。

             以前は家や田圃があったところが一面の草地になっています。道路は一応

             復旧しているものの、浪江町の辺りはまだ帰宅困難地域です。その地域で

             道路脇の放射能値の電光板の異様に高い数値には恐怖を覚えました。正

             常に戻るにはどれほどの時間がかかるでしょうか?罪深い人災だと思わず

             にいられません。政府は原発回帰を打ち出しているようですが!!
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三陸の海は

2014-06-05 08:55:26 | 天災
            

            青森、岩手、宮城と続く美しいリアス式海岸「陸中海岸国立公園」は日本で

            ただ一つの本格的な海岸公園でした。ここはその名所の一つ、風光明媚な

            岩手県の宮古の近くの「熊の鼻」です。

            

            陸中海岸国立公園は、今では「三陸復興国立公園」という名前に変わってい

            ます。今は穏やかな海も、あの津波で所により壊滅的な被害を受けました。

            

            堤防は崩れたままで、

            

            宮古の田老地区にある「たろう観光ホテル」は、今も震災当時のままの姿で

            残されています。遺構をそのまま保存する工事が行われるようです。2011年

            の震災前の元気な姿のホテルのホームページがそのままネット上に残って

            いるのが、不思議な、でも痛々しい感じです。

            

            今では浜にかもめが群れ、

            

            ハマナスが咲いて、平和な風景が広がっていますが。
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南相馬の今 2

2013-07-10 05:31:58 | 天災
          

          放射能の灰に汚染された表土を取り除く作業が延々と続けられ

          ています。取り除いた土は、一体どこへ運ばれるのでしょうね。

          

          それでも人々は日常の生活を取り戻しています。まだ暗い朝4時、相馬

          野馬追いの馬を散歩させている人がいました。今年も今月後半のお祭

          りに向けて準備が進んでいるようです。

              

          道の駅「南相馬」では、ヨサコイ祭りが行われ、多くのグループが元気

          なヨサコイ踊りを披露していました。

                   
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南相馬の今 1

2013-07-09 16:51:01 | 天災
            

            夫が福島県南相馬に数回目の災害復興ボランティア活動に行って

            来ました。夫が行った小高地区は昼間は出入り自由で災害復興も

            進んでいるようです。もう震災から2年半も経ったんですものね。

            でも海辺はまだこの通り。

            

            家の基礎だけが虚しく残ったままのところもあります。

            

            津波で打ち上げられたままの船、

            

            打ち捨てられた廃屋、

            

            そしてこの先の浪江町へはまだ入ることができません。警察が侵入

            する者がいないか、この先で見張っているそうです。

            

            この幻想的な風景は、朝霧にの中に浮かぶ原町の火力発電所。

            震災で被災したのが、今年の3月末から再稼働しているそうです。

            なるべくばい煙を出さないような装置の開発、太陽光発電設備の

            計画に取り組んでいるようです。電気がなくては生きていけない今

            の時代、今なおつらい状況の中でも南相馬市はがんばっています。   
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南相馬

2013-04-18 15:08:08 | 天災
            

           福島県南相馬市は福島第一原発と第二原発のすぐ北の海沿い、ほとんど

           が避難区域です。夫が1週間ボランティアで、がれき処理や草刈りに参加

           して来ました。ちょうど桜の季節。枝垂れ桜が美しく咲いていたとのこと。

            

           震災から2年たっても、まだまだ復興はままならないようです。南相馬

           というと、震災直後から物資が足りないことなど、ユーチューブで世界

           に訴えた桜井市長が有名です。

            

           北は北海道から南は九州まで、入れ替わり立ち代りお手伝いの人々が

           訪れていますが、前途はまだまだ険しいようです。

            

           この辺りは14世紀以来陸奥相馬氏の領地だったところです。なんといって

           も有名なのは伝統行事の相馬野馬追。20キロ警戒区域からの家畜の移動

           は禁止だけれど、馬追の馬だけは避難させたそうです。それは良かった。

           でも、それ以外の動物はそのまま残されたんですね。胸が痛みます。

            

           ここは相馬市の居城だった小高城跡の小高神社。お祭りの最後の日に

           野馬懸というのが行われるそうです。2011年は無理だったけれど、2012

           年には以前と変わらず、勇壮に行われたそうです。地元の人々の熱意

           でしょうね。相馬氏の御先祖も胸をなでおろしたことでしょう。
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南相馬

2012-05-08 15:34:05 | 天災
           

           去年の三月十一日から、もう一年と一ヶ月が経とうとしていますが、かつて

           人々の営みのあった場所の一部はまだこのように、何もない状態のまま、

           

           電柱もななめになったまま、

           

           あるいは廃棄物が積み上げられ、

           

           仮に建てられたような木の慰霊碑の向こうには、今は静かな海がひろがり、

           

           向こうの青い空の下の海から、高い高い波が押し寄せてき手、その上、目に

           見えない放射能の恐怖に襲われるなんて、悪い夢をみているとしか思えません。

           

           夫がゴールデンウィーク中瓦礫撤去のボランティアに参加した南相馬の春、

           今年も桜がきれいに咲いています。               
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野分

2011-09-22 10:19:09 | 天災
              

         「野分のまたの日こそ、いみじうあはれにをかしけれ。立蔀・透垣

         などのみだれたるに、前栽どもいと心くるしげなり。、、、」


       「枕草子」の「野分のまたの日こそ」の最初の部分です。前日の台風で垣根

       は乱れ、木は倒れ、庭の草花はなぎ倒されて大変な荒れようなのに、「野

       分の吹いたあくる日は実にしみじみと興味深い」なんて言ってる。でも、

       今朝のうちの裏庭のこの光景を見たら、清少納言さんも「いと見苦し」とお

       っしゃったでしょうね。台風が来るのが分かっているのに、二階の簾をか

       けたままにしておいたら、ばらばらにちぎれて、お隣の庭にまで飛び散り

       ました。今年はどんどん台風が襲ってきます。我が家のあたりは、昨日ちょ

       っと停電くらいで、たいしたことはなかったのですが、大きな被害が出て

       いるところは大変です。

                

       「野分」こと台風は、神代の昔から毎年毎年秋になるとやってくる厄介者で

       す。大変な被害が出る一方で、昔の人はその荒れる様や、後の乱れた様

       子に風流を感じたようです。俳句の秋の季語にもなっていますね。芭蕉に

       も蕪村にもたくさんの「野分」の句があります。そのうちの一句、

              うつくしや野分の後のとうがらし      与謝蕪村

       雨風に洗われた真っ赤なとうがらしがきれいだったのでしょうね。それにし

       ても、とうがらしとは、意表を突きますね、蕪村さん。
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花火

2011-08-12 10:26:27 | 天災
             

           昨日岩手県大槌町で鎮魂の花火が海に向かって打ち上げられた様子

           をテレビで見ました。美しい、でも一瞬で消える花火を土地の方たちはど

           んな思いで見上げられたでしょう。上は一昨年千葉の館山で、海辺に

           座り、何の憂いもなく心いくまで楽しんだ花火です。あの時にはこの海に

           恐ろしい巨大津波が押し寄せることなんて夢想だにしていませんでした。

             

             

          これも、一昨年訪れた三陸の海の風景です。芭蕉が言葉で表せ

          ない絶景と感動した、松島のあたり。今はどんな風景でしょうか。
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小さなかわいい優れものたち

2011-03-20 08:49:28 | 天災
            

       被災地はまだまだ厳しい状況が続いています。何か出来ればと思うのですが、

       今のところ、ささやかな義援金ぐらいしかお手伝いできない現状です。

       ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・       
       
       地震の当日、真夜中近くまで停電したときに、普通のろうそくと一緒に役に

       立ってくれた二つの可愛いアロマキャンドルです。炎は小さいものの、心の

       なごむ光でした。

                  

       それからこの円錐形の優れもの。懐中電灯にもなるラジオです。何かの景

       品でもらったものでしょうか。15センチにも満たない小さな体から白いきれい

       な光を出してくれます。ラジオの感度も良好。思わぬものが役に立ちます。

       
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美しかった海岸が

2011-03-13 09:16:29 | 天災
            

          この美しい静かな海辺が! 一昨年春、車で東北旅行をしたときの写真です。

            

           あまりに美しく、いつまでも見ていたいと思ったリアス式海岸でした。

            

             人の命も営みも、一瞬のうちに失われてしまいました。

             あの時の鯉のぼり。涙が出てきます。
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