キッチン・トランスレーターつれづれ日記

つれづれなるままに日々のよしなしごとを綴ります。本、風景や花や料理、愛犬の写真などをご紹介。

甘樫丘

2018-09-02 15:13:11 | 歴史
             

             その麓に蘇我蝦夷、入鹿親子が大邸宅を構えていたという奈良県高市郡

             明日香村の甘樫丘は、標高148メートルの緩やかな丘です。畝傍山、耳

             成山、香具山の大和三山をはじめ、大津皇子の眠る二上山などを遥か

             に見晴らすことができます。上の写真は畝傍山越しに二上山が青く霞

             んでいます。香具山は残念ながら木々に隠れて良く見えませんでした。

             
             

             

             大和三山はいずれも標高200メートルにも満たない小山ですが、万葉集

             の中大兄皇子の「香具山は畝傍ををしと耳成とあらそふらしき神代より

             かくあるらし、、、」という歌は、弟の大海人皇子と額田王をめぐる争

             い歌ったものだとか。中大兄皇子は自分をこの耳成山になぞらえたので

             しょうか?それとも香具山に?

             

             丘の上に至る道は気持ちよく整備されていて、万葉の時代の植生の説明
      
             などもあります。

             

                 

             

             でも、私がここを訪れたかった一番の目的はこの碑を見ることで下した。

             「釆女の 袖吹きかへす 明日香風、都をとおみ、いたづらに吹く」

             非常に有名な志貴皇子の歌です。都が藤原京へと移り、寂しくなった明
            
             日香を歌ったものだそうです。字は万葉学者の犬養孝先生です。もう何

             十年も前、今は亡き犬養先生と大勢の学生たちと一緒にここを訪れ、先

             生が独特の節回しでこの歌を歌われるのを聞きました。それ以来長い時

             が過ぎ、色々なことが変りましたが、丘の上から見る景色はあの時のま

             まです。私も釆女のように風に吹かれて、しばし佇みました。

             

             丘を下りると、飛鳥川が静かに流れていました。

               明日香川瀬々の玉藻のうち靡き心は妹に寄りにけるかも 
                                (万葉集 十三巻 三二六七)
コメント
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