美津島明編集「直言の宴」

政治・経済・思想・文化全般をカヴァーした言論を展開します。

ISD条項の恐ろしさ NHK・BS放送より (イザ!ブログ 2012・4・23 掲載分)

2013年11月12日 13時43分18秒 | 経済
TPP(Trans-Pacific Partnership 環太平洋経済連携協定)への参加問題をめぐってこれまで様々な議論が交わされてきました。

そのなかで、ISD条項(Investor –State Dispute Settlement投資家対国家間の紛争解決)は、昨年の11月11日に開かれた参議院予算委員会で自民党の佐藤ゆかり議員がTPPの危険性を訴える質問に対して、交渉参加推進側の野田総理が「その言葉は知らなかった」と述べて、関係者を唖然とさせたことをきっかけに、一般国民の間で知られるようになった言葉です。


ISD条項の恐ろしさについては、反TPP言論の急先鋒、中野剛志さんによって、以前から伝えられてきました。まずは、彼の言葉に耳を傾けてみましょう。彼が、ISD条項問題の深刻さについて、管見の限りですが、もっとも説得力のある議論をしてきたからです。さまざまな情報ソースを複合させて彼の言葉を編集し直しましたので出典はいちいち挙げません。(インターネットで検索してみたところ、中野さんの言論をコピペしているだけなのに、堂々と自分の意見としてブログに投稿しているのが散見されました。これ、Wikipediaじゃないんだから、ちょっとまずいんじゃないかなあ。というか、ネタばれすると恥ずかしいよね。自分自身気をつけたいものだと思いました)

ISD条項は、米国とカナダとメキシコの自由貿易協定であるNAFTA(北米自由貿易協定)において導入された。その結果、国家主権が犯される事態がつぎつぎと引き起こされている。

たとえばカナダでは、ある神経性物質の燃料への使用を禁止していた。同様の規制は、ヨーロッパや米国のほとんどの州にある。ところが、米国のある燃料企業が、この規制で不利益を被ったとして、ISD条項に基づいてカナダ政府を訴えた。そして審査の結果、カナダ政府は敗訴し、巨額の賠償金を支払った上、この規制を撤廃せざるを得なくなった。

また、ある米国の廃棄物処理業者が、カナダで処理をした廃棄物(PCB)を米国国内に輸送してリサイクルする計画を立てたところ、カナダ政府は環境上の理由から米国への廃棄物の輸出を一定期間禁止した。これに対し、米国の廃棄物処理業者はISD条項に従ってカナダ政府を提訴し、カナダ政府は823万ドルの賠償を支払わなければならなくなった。

メキシコでは、地方自治体がある米国企業による有害物質の埋め立て計画の危険性を考慮して、その許可を取り消した。すると、この米国企業はメキシコ政府を訴え、1670万ドルの賠償金を獲得することに成功したのである。

要するに、ISD条項とは、各国が自国民の安全、健康、福祉、環境を、自分たちの国の基準で決められなくする「治外法権」規定なのである。
 
このISD条項に基づく紛争の件数は、1990年代以降激増し、その累積件数は200を越えている。このため、ヨーク大学のスティーブン・ギルやロンドン大学のガス・ヴァン・ハーテンなど多くの識者が、このISD条項は、グローバル企業が各国の主権そして民主主義を侵害することを認めるものだ、と問題視している。

アルゼンチンの例も紹介したい。1999年、米国企業アジェリが、アルゼンチンの地方都市で30年間、水道事業を委託された。しかし、アジェリは住民に水を供給しなかったり、管理する水道水から毒性バクテリアが検出されたりしたため、地方政府は2001年にアジェリとの契約を解除した。この地方政府の対応は当然のものと言えるが、アジェリはISDを利用してアルゼンチン政府に損害賠償を請求。その結果、2006年にアルゼンチン政府がアジェリに1億6500万ドル(日本円にして136億9500万円)を支払うという酷過ぎる目にあったのである。

ちなみに、こういった類の訴訟では米国は一度も負けたことがないというのだから、驚きである。

また、このISD条項は、今年発効した米韓自由貿易協定(FTA)にもしっかり盛り込まれている。しかも、訴えられる義務を負うのは韓国だけという不平等極まりないものなのである。

それを知った韓国国民や野党は当然ながら、「国家主権が脅かされる」と危惧し、野党議員が国会に催涙剤をまいたり、デモ隊が国会に突入したり、警官隊と抗争に発展したりした。


このように、アメリカとISD条項を含む自由貿易協定を結んだ場合の、他国の悲惨な事例をいくつもたたみかけるように見せつけられると、TPPに参加する気が失せてしまうのは確かなことです。

しかし、それは所詮、頭での理解に過ぎなかった、と言えなくもありません。

一昨日、NHK・BS1で「ドキュメンタリーWAVE 企業が国を訴える サンサルバドル 自由貿易協定を巡る攻防」を観ました。そうして、ISD条項の恐ろしさを心底納得しました。ヴィジュアル系メディアの力を思い知った次第です。(小林よしのりの『反TPP論』についても同様の感想を持ちました。ヴィジュアル系メディアは強力です)

その内容に触れましょう。

カナダの多国籍企業でアメリカに本店を置くパシフィック・リム社は、2002年に中南米のエルサルバドル(首都サンサルバドル)・カバーニャス県で金鉱の探査を開始し、有望であると判明したとき、当時の国民共和連合(ARENA)政権は同社に採掘許可を申請するよう勧めました。これが、ファースト・ステップです。

同国は、2004年に、コスタリカ、グァテマラ、ニカラグア、ホンジュラスとともに、アメリカとCAFTA(Central American Free Trade Agreement)と呼ばれる自由貿易協定を結びました。アメリカにとっては、北米自由貿易協定(NAFTA:North America Free TradeAgreement )に次ぐ多国間の貿易協定でした。そこには、くだんのISD条項が折りこまれていました。これが、セカンド・ステップです。

2009年3月15日、大統領選挙で野党FMLN(解放戦線)のマウリシオ・フネスが勝利し、20年間続けてきた新自由主義路線の与党ARENAから政権奪取をしました。これが、サード・ステップです。

実は、それまでに、パシフィック・リム社による試し堀によって、麓の村の水が出なくなるという事態が起こっていました。大規模な環境破壊が惹起していたのですね。それで、地元住民側に立つ解放戦線は、それを差し止めました。これが、フォース・ステップです。

すると、パシフィック・リム社はISD条項を使って、世界銀行の国際投資紛争解決センター(ICSID)にエルサルバドル政府に対して7700万ドル賠償請求を求める訴訟を起こしました。エルサルバドル政府の民主的な意思決定を無神経にもまたいで、それと敵対する挙に出たのです。ISD条項が、国民主権・国家主権を踏みにじる危険なものであることがよく分かります。別名「毒素条項」とはよく言ったものです。

エルサルバドルは、パナマ、コスタリカに続いて中米地域で三番目に経済規模の大きい国家であり、一人当たりのGDPは4900USドルに達するものの、アメリカの20分の1に過ぎず、ラテン・アメリカ全体でも上位十番以内に入る貧しい国です。約240万人が貧困層なのです。それは、全人口の約40%強を占めています。だから、7700万ドルという賠償請求額は、はっきり言って弱い者イジメ・貧乏人イジメの感が強いと言えましょう。少なくとも、事情を知るエルサルバドル国民はそう思っている、と番組は伝えます。

アメリカの心ある人々が事態を重く見て、立ち上がりました。以下はこの問題に関連して米国のInstitute for Policy Studies(ポリシー・スタディーズ研究所)が呼びかけた署名(公開状)です。これは、番組とは別に関西の喜多幡さんという方からの情報です。

私たちは、計画されているシアン化合物の浸出を伴う金採掘プロジェクトを阻止するために民主主義的手続きを通じて活動しているエルサルバドルのコミュニティーに連帯してこれを書いています。このプロジェクトが地域の環境やこの国の重要な河川と水源を毒で汚染する危険は、根拠のある恐れです。

パシフィックリム社は、エルサルバドルの環境許認可手続きに従うのではなく、ドミニカ共和国・中央アメリカ自由貿易協定(DR-CAFTA、米国と中米5カ国とドミニカ共和国が加盟)の下で攻撃をかけてきました。同社はエルサルバドル政府に対して賠償を要求しており、賠償額は数億ドルに上ります。同社はDR-CAFTAの下の裁定を求めるために定められた手続きを悪用し、その子会社をケイマン諸島から米国ネバダ州に移転しました。この係争は世界銀行の国際投資紛争解決センター(ICSID)によって裁定されます。

パシフィックリム社はICSIDと自由貿易協定のISD(投資家国家間紛争)ルールを利用してエルサルバドル国内における採掘と持続可能性な環境をめぐる民主主義的な論争の結果を覆そうとしています。これらの問題はICSIDの仲裁法廷で決定されるべきではありません。パシフィックリム社によるエルサルバドルの内政への干渉の中で、採掘に反対する活動家4人が、このプロジェクトの予定地の中で殺害されています。

私たちは、国内の統治手続きと国家の主権が尊重されるべきであり、この提訴は却下されるべきであるという地元コミュニティーとエルサルバドル政府の要求を支持します。私たちは民主主義の側に立ちます。

彼らは、パシフィックリム社による、国際投資紛争解決センターの職員とつながりを持つ有力議員へのロビー活動に対抗して、同センターの前で職員に対する署名活動を展開しています。直接職員に訴えるところが、アメリカ人らしくて、ここは彼らの美質であると感じます。

番組は、パシフィック・リム社の社長のインタヴューを伝えます。社長は、冷然と言い放ちます。「我社の活動による環境破壊は、作り話に過ぎない」と。

農民の生活向上と自立を目指す自主的な組織ADESのスタッフの一人であるモラーレスという聡明そうな女性は、水の来なくなった麓の村に行き、ごく少量の水とコストで作ることのできる肥料の技術指導をします。そうして、こう言います。「鉱山開発は、農業で生きていかなければならないこの国の命取りになる」と。

3月11日に、エルサルバドルの総選挙がありました。解放戦線は、資金力に勝る共和連合に第一党の座を譲りました。解放戦線は、地元の住民や環境団体の反対運動を背景に、将来に渡り環境破壊をもたらす企業活動を禁止する「鉱山開発基本法」を掲げて、地道に投票者ひとりひとりに対して辻説法をする選挙戦線を繰り広げましたが、いま一歩及びませんでした。それは、同法律の成立が危機に瀕することを意味します。そういう困難な状況を報じて番組は終わりました。

なんとも暗い気持ちになりました。おおげさではなく、心の底に冷たいものが残りました。地球の裏側の貧乏な国の他人事とはどうしても思えませんでした。これほどの危険をはらんでいるISD条項が紛れ込む可能性の高いTPP参加に対して「仕方がない」と消極的に容認する人の気が、私は知れません。ISD条項が紛れ込んでいたら、その時点で辞退すればいいじゃないか、という意見がありますが、外交的にそれは著しく非常識な振る舞いで、国益を毀損しますので、その選択肢は非現実的です。

韓国では、先日韓国与党セヌリ党が勝利しました。それは、韓国が今後米韓FTA路線に従って次々に国家体制を改造することを意味します。日本からすれば、TPPに加盟した場合、日本でどういう事態が生じるかを理解するうえで、またとない有益な情報がもたらされることになるでしょう。その日本にとって有益な情報は、韓国に幸運ではなく悲劇をもたらすものと思われます。

おそらく、TPP大賛成の大手マスコミは、例のごとく、あの手この手で歪んだ韓国情報をわれわれ国民に垂れ流すはずですから、われわれは、ツイッター、ブログ、そうして良心的な書籍などできっちりと武装する必要があります。本当に、困った事態ですけれど。

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