美津島明編集「直言の宴」

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WTO(世界貿易機関)の歴史的合意の意義について  (イザ!ブログ 2013・12・13 掲載)

2013年12月28日 02時46分10秒 | 経済
WTO(世界貿易機関)の歴史的合意の意義について

十二月七日、WTO(世界貿易機関)が、歴史的合意に達しました。

WTOは、GATT(一九四七年設立)がその前身で、自由貿易促進を主たる目的として創設された常設の国際機関です(一九九五年設立)。新多角的貿易交渉(新ラウンド,ドーハ・ラウンド)は、2001年に開始が決定されました。その後の交渉は、先進国と急速に台頭してきたBRICsなどの新興国との対立によって中断と再開を繰り返しました。その末に、ジュネーブで行われた第4回WTO閣僚会議(2011年12月17日)で「交渉を継続していくことを確認するものの、近い将来の妥結を断念する」(議長総括)とされ事実上停止状態に陥っていました。その経緯を考えれば、今回の合意は、本当に画期的なことです。奇跡的、と言っても過言ではないでしょう。

私はそんな風に考えていたので、関連の報道を心待ちにしていました。ところが、これといった記事がなかなか登場してこなかったのです。今回やっと見つけたかと思ったら、なんと英フィナンシャル・タイムズ紙の記事の翻訳だったというわけ。日本のマスコミはどうなっているんでしょうかね。下に、それを引きましょう。

バリ合意、貿易自由化交渉に新風(社説) 日経新聞
2013/12/9 (2013年12月9日付 英フィナンシャル・タイムズ紙)

10年以上の歳月を経て、世界貿易機関(WTO)の多角的通商交渉(ドーハ・ラウンド)がついに決着をみた。7日、インドネシア・バリ島で開かれていた閣僚会議で成立した部分合意は、2001年に中東カタールのドーハで交渉開始が決まったときの野心的目標とは隔たりがある。だが、その象徴的意味は決して小さくない。1947年の関税貿易一般協定(GATT)の発足以来、世界経済に寄与してきた多国間の貿易協議に、今回の成功が新風を吹き込むものと期待される。

合意の背景にはよく練られた政治的アプローチがある。途上国と先進国が農業補助金などの問題で互いの主張を譲らない中、WTOはより合意しやすい「貿易円滑化」のための一連の政策を示した。国境を越える物資を増やせば、金融危機後に鈍化した世界貿易を勢いづかせることになる。世界で最大1兆ドルの経済効果をもたらすとの試算もあり、最大の受益者は新興国となる見通しだ。

■漸進的合意が必要
今回の打開はWTOが自由貿易の仕掛け役としての威信を取り戻す一助になりそうだ。WTOは18年の歴史において加盟159カ国の合意を一度も達成していない。再び失敗すれば、WTOのもう一方の役割である国際貿易紛争の仲裁における権威はさらに傷つきかねなかった。現行ルールの執行においてこの役割は不可欠なものだ。

9月にWTO事務局長に就任したブラジル人外交官ロベルト・アゼベド氏の国際的評価も高まっている。同氏は今後、より広範な貿易自由化に向けて努力すべきだ。非現実的な「グランド・バーゲン(包括的交渉)」ではなく、今回のバリ合意のような漸進的合意を積み重ねるべきだ。

WTOの障壁となり得るのは欧米や日本などの先進国が協議している地域経済協定だ。これらは途上国との間の交易を妨げる恐れがあるため、本来は世界規模の枠組みが望ましい。だが一方で、プラスの成果を生む公算も大きい。WTO加盟国間に依然、深い亀裂があることを考えると、短期的には「広域経済連携」が世界貿易を復活させる最大の望みといえる。

こうした交渉は参加を希望するどの国にも開かれたものであるべきだ。同時に、先進諸国はWTOの交渉を諦めてはならない。「富裕国クラブ」にこもる姿勢も避けなければならない。バリでの驚きの前進は、多国間主義が依然として世界の繁栄を促進する大きな可能性を持つことを示している。


私が注目しているのは、もちろん、今回の合意とTPPなどの特定の二国間以上の貿易交渉との関係です。それについて同記事は、「WTOの障壁となり得るのは欧米や日本などの先進国が協議している地域経済協定だ」と危惧を示しています。なぜなら、TPPなどの地域経済協定は、途上国や新興国からすれば、先進国としての既得権益を確保し独り占めするための「富裕国クラブ」に映り、心理的な意味でも国際間の経済格差を広げる危険性があるからです。その対立感情は、結局WTOに持ち込まれることになり、今回のような合意の成立をますます困難にします。

英フィナンシャル・タイムズの別の記事は、今回の合意の内容とその背景について、次のように言っています。http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/39402

世界の貿易担当相らが7日に基本合意したのは、大きな構想の枠組みで見ると、企業の通関手続きを簡素化する比較的控えめなパッケージだった。バランスを取るために、合意には途上国への譲歩が含まれていた。貧困国が新たなルールに対応できるようにするための支援、政府の食糧安全保障計画を適切にカバーするために、農業に関するWTO規約の修正を優先させるという約束、貧困国が市場アクセスを得るのを助けるための対策を強化する約束などがそれだ。だが、バリで成し遂げられたことの重要性は、その象徴的な意味合いにある。

以上が、合意の内容についての言及です。貧困国や新興国が希望を見出しうるような貿易交渉の重要性が強調されている点に、私は注目したい。私は別にヒューマニストを気取っているつもりはありません。その点は、後に触れましょう。

次に、合意の背景について。記事は、二点を指摘します。まずは、一点目。

バリでの合意は何よりも、多くの新興経済大国が抱く、自分たちが取り残されるという不安から生まれたものだ。米国と欧州連合(EU)は大西洋をまたぐ巨大な貿易協定になるものに向けて交渉を開始した。米国、日本、その他10カ国の環太平洋諸国は、環太平洋経済連携協定(TPP)の最終合意に近づいており、担当閣僚がシンガポールに集い、正念場の交渉に臨んでいる。

新興大国はまだどこも、サービス貿易を統制する時代遅れのルールを刷新しようとする米国、EU主導の取り組みに参加していない。

しかし、最貧国や、ブラジル、インド、インドネシア、ナイジェリア、ロシア、南アフリカのような重要な花形新興国にとっては、WTOが今、影響力を持つ最良の望みを象徴している。地域的なクラブが形成され、貿易関係が強化される中で蚊帳の外に置かれることは、当のクラブに入っていない国々に影響を及ぼす。それに対抗する最善の方策が復活したWTOなのだ。


世界第3位の経済大国・日本は、TPPやEUとの貿易交渉ばかりに目が行きがちで、花形新興国や途上国にとってのWTOの重要性にはあまり考えが及びません。それが証拠に、日本のマスコミは、WTOの合意の世界的な意義についてはほとんど報道しませんが、TPP交渉の年内妥結についてはいやになるほど報道しています。この、日本のマスコミの致命的な視野の狭さこそは、日本人に対する愚民化政策の真犯人なのではないかとさえ私は考えています。世界的な見地からすれば、TPPなどものの数ではないのです。WTOが機能しているかどうかは、日本にとってはいまひとつピンと来ないかもしれませんが、世界の大多数を占める途上国や新興国が、世界経済に対する希望を抱きうるかどうかの大きなポイントになるのです。その視点を持ちうるかどうかは、日本の将来にとって大きな意味があると私は考えます。それについても、後に触れましょう。

その前に、合意の背景の二つ目について。

WTOの潜在的な再生の背後にある第2の理由は、個人の才覚である。バリ会議の真の立役者はアゼベド氏だった。今年、パスカル・ラミー氏の後継者として事務局長に選出された時、アゼベド氏はブラジルのWTO担当大使であり、WTOにどっぷり浸かりすぎているのではないかとの疑念があった。途上国出身の候補者だったため、アゼベド氏の立候補を公式に支持しなかったEUや米国と協調できるかとの疑問の声も出た。

だが、9月に就任して以来、アゼベド氏はWTOに活力と規律を持ち込んだ。バリでの交渉期限が迫り来る中、数週間にわたって深夜協議が行われ、異議申し立ては60秒を超えてはならないという厳格なアゼベド・ルールの下で会議が運営された。しかし、アゼベド氏は、本当の作業は今も排他的な密室会議で行われているというWTO内で長年抱かれてきた疑念を断ち切ろうと努めた。「我々は世界貿易機関に『世界』という言葉を取り戻した」。アゼベド氏は閉幕式でこう述べた。



WTO事務局長・アゼベド氏

英フィナンシャル・タイムズは、今回の歴史的合意におけるWTO事務局長アゼベド氏の功績を以上のように讃えています。さらには、今後のWTOの行方は「アゼベド氏のスタミナにかかっている」と英国人らしいユーモアを交えて彼の手腕に期待を寄せています。

ここ二年間ほど、私は日本の地デジ放送の報道番組をほとんど観ていません。なぜか報道番組に紛れ込んできた電波系バカタレントの知ったかぶりの声を聞くと瞬殺でチャンネルをほかに回します。知性のかけらもなくて色気で売ろうとする女性キャスター(とその隣りに申し訳程度にいる草食系の若い男)の脳みそ空っぽの報道ぶりにも、嫌悪の念しか抱きません。日本の報道番組でわりと観るのは、BSフジの「プライム・ニュース」くらいでしょうか。後は、もっぱらイギリスBBCワールド・ニュースかアメリカのCNNです。別に気取っているわけではありません。それらは、日本の報道番組のような致命的な視野の狭さをまぬがれているのです。日本のしみったれた報道番組にほとほと飽き飽きしている身としては、そこに惹かれてしまうことになるのですね。ちなみに私は、いわゆる欧米バンザイというタイプの人間ではありません。

もっと具体的に言えば、BBCやCNNは、新興国や途上国の紛争や政争や経済的な困窮などに、とても敏感なのです。なぜでしょうか。彼らは、国際間の格差問題が、世界にとっても自国にとっても、優先順位の筆頭に来る問題であることをよく分かっているのです。

話を経済問題に限りましょう。新興国や途上国が経済的に豊かになることは、それらの国々にとってのみならず、いわゆる「富裕国」にとっても、とてもいいことです。なぜなら、それは、世界全体の総需要(もしくは購買力)が高まることを意味するからです。それは、世界経済に新たな市場が生まれることですね。その実現の成否が、長期的には、「富裕国」の死命を制することを、覇権国の経験を持つアメリカやイギリスの人々は、よく分かっているのです。そのことが、彼らをして、おのずからなる国際的視野の獲得を可能ならしめている。彼らの代表的な報道機関が、WTOのアゼベド氏をFRBのバーナンキ議長と同等の高い扱い方をするのには、そういう深い理由があるのです。

だからこそ、新興国や途上国が将来に希望を見出しうるような、今回のWTO合意は、世界的大ニュースとして、日本においても扱われる必要があるのです。それが、当然のことなのではないでしょうか。「アジア新興国の成長を取り込む」などといった一見威勢の良い、しかるに実は下品なことをいつまでもうそぶいている場合ではないでしょう。

その見地からすれば、TPPの成否にかまけるいまの日本には、近視眼的な国益は見えていても、広い視野と長期的な展望から割り出された国益はほとんど見えていないことが分かります。その意味で実は、いわゆる人道的見地から正しいとされることは、長期的には、国益にかなうことが多いのです。TPPに過剰にこだわり続ける日本には、大国の風貌は感じられません。それは、経済大国としてみっともないことだと私は思います。日本は、WTOの歴史的達成を心の底から我がこととして(我がことなのだから)喜び、その今後に向けての可能性を現実のものにするよう全力で支援する姿勢を示してほしいものです。

日本が今後、大国としての風貌を具えるには、たとえば、南アフリカ共和国の元大統領マンデラ氏の葬儀に、一国の首相を当然のように送り出す国益センスが必要です。価値観外交って、そういうことではないのですか?BBCは連日、マンデラ元大統領の死を悼む南ア国民の様子を映し出しています。日本の報道番組は、どうですか?

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