美津島明編集「直言の宴」

政治・経済・思想・文化全般をカヴァーした言論を展開します。

MMTの変わり種・モスラーの『経済政策をめぐる7つの嘘っぱち』を訳してみました(その30)

2019年10月08日 17時51分22秒 | 経済

ウェイン・ゴドリー

*今回、ウェイン・ゴドリーやアバ・ラーナーの名が登場します。彼らは、MMTの礎を築いた人たちです。

ウェイン・ゴドリー教授は、ケンブリッジ大学経済学部の学部長を退き、いまは80歳です。数10年間にわたる英国経済の予測・予言の的中率が最も高い人物として名高い方です。彼は、その予測・予言をすべて《部門分析》によって成し遂げました。その《部門分析》は、「政府の財政赤字はそれと関連する民間部門の金融資産の貯蓄に等しいという事実」がその核心です。

*ウェイン・ゴドリーが、いかに傑出した経済学者なのかは、以下のURLをクリックしてごらんいただければ、お分かりになるのではないかと思われます。と、エラそうに言っておりますが、私自身、名前もその業績も今回はじめて知りました。
https://shin-geki.com/2019/08/13/mmtの源流にして基礎、ゴドリーのsfcモデルとは%ef%bc%9f/

そのなかから、核心部分と思われるところを引いておきましょう。引いたなかの「SFCモデル」(ストック・フロー・一貫モデル)を上記の《部門分析》と読みかえても大過はないものと思われます(言葉遣いがおかしいところは、適宜直してあります)。


SFCモデルはとてもシンプルなモデルです。

「ある経済部門(政府部門/民間部門/海外部門)の黒字(赤字)は、その他の部門の赤字(黒字)である」というものです。例えば政府が黒字(赤字)である場合は、民間部門と海外部門の合計が赤字(黒字)になります。

経済部門間のフロー(貸し借り)が経済部門のストック(金融資産/金融負債)を積み上げるため、「ストック・フロー一貫モデル」と呼ばれています。これは簿記会計を知っている人であれば、誰もが頷くかと思われます。

このシンプルなモデルは、シンプルであるが故に想像以上に強力なモデル、すなわち予言ができるモデルです。

クリントン政権時代にアメリカ政府は政府黒字を達成しました。多くの専門家や当局者は喜びの声を上げましたが、ゴドリーやレイ、モズラーらは政府黒字に警告を発しました政府黒字が発生しているということは(海外部門を無視すれば)過剰な民間赤字が発生していることになります。過剰な民間赤字は借り過ぎということですからバブルの発生を意味します

この警告はITバブルの崩壊という形で具現化しました。ゴドリーらの予言が的中したのです。これはMMTの最初の業績でもあります。意外なことに、MMTは経済黒字への警告から出発しているのです。


以下、本文に戻ります。

しかしながら、彼の予想・予言の的中や会計学的事実の鉄壁のサポートや彼の業績の重要性をもってしてもなお(彼の業績の重要性は、今日においても色あせておりません)、彼は、自分の仕事の正当性や妥当性について、正統派経済学者たちをいまだに説得し納得させなければなりません。

で、いまや私たちは次のことを知っています。すなわち、
〇連邦政府の財政赤字は、正統派経済学者たちがそう信じているのとは逆に、なんら“恐るべきこと”ではありません。むろん、財政赤字は問題含みではあります。行き過ぎた財政支出は、インフレを招くからです。しかし、それで連邦政府が財政破綻し“すっからかん”になるわけではありません。
〇連邦政府の財政赤字は、次世代の子どもたちに重荷を背負わせたりしません。
〇連邦政府の財政赤字は、基金を誰かからほかの誰かに移したりしません。
〇連邦政府の財政赤字は、私たち民間部門の貯蓄を増やします。


では、経済政策において、財政赤字の役割とは何なのでしょうか。それはとてもシンプルです。財政支出が私たち民間部門の生産や雇用を持続できなくなるときはいつでも、そうして、私たちが、経済と呼ばれるあの大きなデパートで売られているものをすべて買えるほどの十分な購買力を持っていないとき、政府は、私たち自身の生産物が、減税か財政支出の増加によって売られうるという確信を得るよう行動することができます。

税金の役割は、私たちの購買力や全体としての経済を規制することです。もしも、生産や雇用を維持するのに必要な課税の“正しい”水準が、たまたま財政支出よりはるかに少なかったら、その結果生じる財政赤字は、支払能力や持続可能性の観点から、憂慮すべき点などまったくないと言っていいでしょう。

*上記の「持続可能性」の次に「or doing bad by our children」という英文があるのですが、どうにも納まりが悪いので、訳出は割愛しました。

もし人々が、働いてお金を稼ぎたいと思っているけど、それを使いたくはないと思っているなら、それでよし!政府は、私たちが支出し私たちの生産物を買うことを決心するまで減税し続けるか、もしくは公共事業などの財政出動をするか、いずれかを、あるいは両方ともになしえます。その選択は、政治的なものです。適正な規模の財政赤字とは、私たちに望ましい生産や雇用をもたらすものです。また、財政赤字がいかに多額であろうと、もしくはいかに少額であろうと、それとは関係なく、私たちが望む政府の大きさも、同様に、私たちに望ましい生産や雇用をもたらすものです。

実生活において重要な物は生産と雇用であって、財政赤字の大きさは、単なる会計上の総計に過ぎません。1940年代、アバ・ラーナーという名の経済学者は、これを“機能的財政”と呼びました。そうして、そういうタイトルの本を書きました(それは今日においてなお有意義なものです)。

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