マキペディア(発行人・牧野紀之)

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「コメを守る」は誰のため?

2014年05月05日 | ナ行
     朝日新聞編集委員・原真人(はら・まこと)

 安倍政権の成長戦略の評判が芳しくない。無理もない。威勢のいい目標はあっても、実現への道筋が語られていないのだ。

 その最たるものが「所得倍増」を掲げた農業政策だ。達成にはコメの高関税や減反政策をやめて、競争力を高めることが欠かせない。そこが、すっぼり抜け落ちている。

 農業はいま、売り上げが減り(農産物産出額が15年間で3兆円少ない8兆円)、高齢化(農家の平均年齢66歳)や、不良債権の増加(耕作放棄地は埼玉県の面積なみ)が進む衰退産業といってよい。

 その原因が「コメ」であるのは疑いない。産出額が減っているのは主にコメであり、高齢化が著しいのは稲作農家、耕作放棄地の多くは水田。そして、その原因は、コメ生産力を政策的に弱めてきた「減反政策」にある。

 欧米は、食糧の安全保障の面から、穀物の生産力を高め、あまったら輸出に回してきた。日本だけが特異な縮小均衡路線をとったうえに、そのために巨大なコストまでかける愚を続けてきた。

 まず、消費者である私たちは本来安く買えるコメを高値で買わされてきた。安い輸入米が高関税で閉ざされ、減反カルテルで国内産米が高値につり上げられてきたからだ。

 そして納税者としての私たちは、40年間で減反政策に8兆円の税金をつぎこんだ。

 キヤノングローバル戦略研所の山下一仁研究主幹の試算によると、国民はいまも税負担と高いコメを買わされることで年1兆円を負担する。

 「これは経済政策でなくて社会政策。ではどうしてシャッター通りの商店は助けず、農家だけを助けるのか説明できない」と山下氏はいう。

 農協は国内産米を保護する理由として、国土保全や水源養成など水田のいろいろな役割を訴えてきた。だが、減反政策で水田面積の4部が水田として使われていない。減反が水田の役割を弱める矛盾が、目の前で起きている。

 成長戦略に唐突に盛りこまれた「コメの生産費4割削減」は、減反をやめてこそ可能になる目標だ。

 減反廃止でコメ価格が下がり、関連の補助金がなくなれば、零細な農家がコメづくりから撤退し、高効率の主業農家に農地が集まり、生産費も減る。減反政策ではタブーだった面積あたりのコメの収穫高をふやす品種改良にも、きっとはずみがつくはずだ。

 人口の膨らむ世界は食糧争奪の時代だ。日本は環太平洋経済連携協定(TPP)入りと減反廃止で、拡大させる農政に切りかえる好機にある。

 だがTPP交渉で、はなからコメの聖域化を前提とする安倍政権にその発想はない。

 コメを守るとはいったい誰、そして何を守ることなのか。そこから考えたい。

 (朝日新聞、2013年06月16日)

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