植物園「 槐松亭 」

バラと蘭とその他もろもろの植物に囲まれ、メダカと野鳥と甲斐犬すみれと暮らす

二刀流、大谷は良くて増田は駄目なの?

2020年08月07日 | スポーツ
「オータニーさん」、なにかとMLBで注目され、日本でも当然マスメディアには大きく扱われています。現在の状況は、昨年トミー・ジョン手術を受けてリハビリに勤め、ようやく投げられる状態まで復活したのです。残念ながら初登板では一死も取れずに降板、2試合目でも1イニングは押さえたものの2イニング目で痛みが出て病院行きとなりました。結果は、今期の登板が絶望の様です。

 トミー・ジョン手術は、50年近く前にジョーブ博士が考案し、自分の体の一部(腱)を損傷したひじに移植する靱帯再建手術で、すでに世界では1000例近いと聞きます。日本人でも野球選手に限らず100人弱の手術例があり、大多数が復帰できている信頼性の高い手術なのです。

 大谷選手に限らず、豪速球を投げるピッチャーは、当然ながら肩やひじに大きな負担がかかります。高校野球レベルでも酷使された有望な投手が、プロ野球で活躍する夢を砕かれ消えてしまうケースは多いのです。誤った指導法や練習・過剰な試合数と投球数などにその原因があり、だからこそ中高生の野球指導者には大きな責任があり、専門的な知識を備え最大限の配慮をすべきなのですね。
 
 大谷選手も高校生ですでに故障を起こしています。ましてや、投手と打者の両刀使いというのは、練習も含めて常人の倍近い負担があるのは当然と言えます。話題性やスター性のために両方やらせているということだけでなく、もし、投打ともに本来の力を発揮すれば、チームとしてもこの上ない戦力になります。しかし、現実は過酷であります。これだけ体全体を目いっぱい使うプレースタイルなので、故障しない方が不思議です。
 ワタシは、日ハム時代から、彼の才能には目を瞠り、だからこそ片方に専念すべき(その時は投手)だと思っていました。ピッチャーとしては、MLBでもトップレベルのポテンシャルがあると評価されていました。日本歴代最速の速球を投げるのですから。

 しかし、現在の状態で現実的には、来年も投手としては難しいのではと感じています。二刀流は魅力ですが、選手として安定して活躍するためには、故障の影響が少なくて済む打者一本に絞った方がいいと思います。

 そこで、わが巨人の増田大輝内野手であります。昨夜の阪神戦でボロカスに打ち込まれた救援陣の救援に8回マウンドに上がりました。彼はすでに27歳、172㎝68Kgの小兵で、とび職から独立リーグに入り5年前巨人の育成選手として入団した苦労人です。
 原監督の元で「走」のスペシャリストになり、鈴木尚広の後継者として、昨年来非常に重要な戦力になっています。他球団にとっても、試合終盤で競った展開で、代走増田がコールされるとかなり嫌な気持ちになるでしょう。地味ながら、警戒の中を難なく盗塁し、恐るべき脚力・走塁技術で、何度も原巨人の勝利に貢献しています。

 通常、プロ野球で、こうした専門外の野手が投手として出てくることはありません。オールスターでイチローが投げたくらいで、公式戦ではほとんど記憶がありません。あるとしたら、延長とかアクシデントで投手が払底した時に緊急登板ということぐらいです。
 昨夜は4人の投手がブルペンに残っていました。滅多打ちされていたのが2016年育成7位から這い上がってきた堀岡、8回に登板しワンアウトとっただけで7点献上していたのです。彼の将来のためにも視聴者のためにもこれ以上投げさせるのは酷であります。
 原監督は、その時0-11という負け試合の展開で、連戦を続けて疲弊が心配のブルペン陣を休ませたのです。こんな時に投げさせる方の投手の気持ちを考えて、代走の出番がない内野手増田を送り出したのです。誰もが想像しなかった究極の戦術であります。選手の能力と気持ちを掌握し、勝負に徹する名監督だろうと思いましたね。

 解説者や、OB(堀内さん・・笑)などからは、どんな試合でも諦めないというのが野球の精神で、けしからん、伝統を破った、相手のチームに失礼だ、などと批判する方がいたようです。試合の後半で一方的になったとき、守備固めと称してベテラン・主力をベンチに下げるのはどこでもある話。ペナントレースで、優勝圏外に落ちたチームが、秋になると来年の為に若手を起用するのも毎年目にします。

 グランドで倒れて亡くなった巨人の木村拓也は、公式戦で怪我をして退場した最後のキャッチャーに代わって1イニング捕手を務めました。その時の姿は、野球ファンに感動すら呼び起こしました。

 高校生以来のマウンド、普段、投球練習もするはずも無く、ウオームアップもそこそこでのぶっつけの救援。3人の打者に、140キロ足らずの球を投げ、四球一つ出しただけで抑えました。原監督にも増田投手にも、称賛の声をかけるしかない素晴らしいシーンでした。

増田も、今年からキムタクが付けていた背番号「0」になりました。これも何かの縁でしょう。

 
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