軽井沢からの通信ときどき3D

移住して10年目に入りました、ここでの生活と自然を写真と動画で発信しています

山野でみた鳥(8)カケスとスピノーダル分解

2021-07-02 00:00:00 | 野鳥
 今回はカケス。題名にある「スピノーダル分解」とは何のことかと思われるだろうが、これについては羽の色との関係で後段で説明をする。

 軽井沢周辺の林で時おり見かけていたが、雲場池に朝散歩に出かけるようになってからはこのカケスに頻繁に出会うようになった。早朝、まわりが静かな中で、人の気配を感じたためか、大きな鳴き声が響き渡る。そして木々の間を飛びかう姿を見るが、なかなか下の方には降りてこない。

 それでも少しづつ写真撮影はできていたが、散歩を始めて1年ほど経った今年の3月にようやく目の前近くに姿を見せてくれた。雲場池の上方にある別荘の金属フェンスに止まったので、対岸からしばらくの間撮影ができた。

 そして次に何を思ったのか流れを越えてこちら側に飛んできて、近くの樹の枝に止まった。ここでも、しばらく止まっていたので木陰ではあったが撮影をすることができた。

 その後は、遊歩道の樹上にいて下を通る私の気配にも飛び去ることが少なくなり、時々撮影ができるようになっている。

 いつもの原色日本鳥類図鑑(小林桂助著、1973年保育社発行)には、カケスは次のように記されている。
 「形態 ハトよりやや小形の美しい鳥である。嘴峰28~31mm、翼長159~180mm、尾長136~159mm、跗蹠35~39mm。頭上白色にて黒色の縦はんがある。背と下面とはぶどう色、腰と喉とは白く、尾は黒色である。翼は白と黒のまだらにて翼の基部は美しい藍色と黒のまだらとなっている。飛行時には黒い尾と白い腰、白と黒とのまだらの翼は顕著である。
  生態 低山帯の森林中で繁殖するが、亜高山帯の下部に及ぶものもある。冬期は小群をなして山すそに漂行する。ジェーイッ、ジェーイッとなき、飛行は緩慢である。野外において他の鳥の声を巧みに真似することもあるが、飼い馴らした鳥は口笛其他をよく真似する。雑食性の鳥で秋期にはナラやカシの実を食し、こん虫類、両生類、くも類などをも食す。繁殖期に他の小鳥類の巣を漁りその卵やひななどを奪取して食することがまれでない。
  分布 留鳥として本州・四国および九州北部に分布繁殖する。
  亜種 北海道に生息する亜種は ミヤマカケスである。頭上は赤栗色で黒色の縦はんがある。また、佐渡産のものはサドカケス、九州南部および伊豆下田付近のものはヒュウガカケス、対馬産のものはツシマカケス、屋久島産のものはヤクシマカケスとそれぞれ亜種を異にする。」

 カラスの仲間ということで、上の文にあるように他の小鳥類の巣を襲うところなど習性も似ているようである。声も、美しい姿に似合わずだみ声で、同じカラス科のオナガに通じるものがある。眼光鋭く、頭上の黒色縦はんはプロレスラーの額の傷を思い出させるものがある。


雲場池のカケス(2020.4.9 撮影)


雲場池のカケス(2020.3.11 撮影)


雲場池のカケス(2020.4.9 撮影)

雲場池のカケス(2021.3.10 撮影)


雲場池のカケス(2021.3.10 撮影)


雲場池のカケス(2021.3.10 撮影)


雲場池のカケス(2021.3.10 撮影)


雲場池のカケス(2020.3.11 撮影)


雲場池のカケス(2021.3.21 撮影)


雲場池のカケス(2021.3.21 撮影)

雲場池のカケス(2021.3.21 撮影)

 このカケスは普通切手の意匠にも採用されていたことがある(1998.2.23~2014.3.31)。統一デザインでスタートした新シリーズの一つに加えられ、160円切手として発行された。他の同じシリーズの鳥切手にはメジロ(50円)、キジバト(62円)、シジュウカラ(70円)、ヤマセミ(80円)、コチドリ(110円)、モズ(120円)、ウソ(130円)、イカル(140円)などがある。



 ところでこのカケスの翼は原色日本鳥類図鑑に「翼は白と黒のまだらにて翼の基部は美しい藍色と黒のまだらとなっている。飛行時には黒い尾と白い腰、白と黒とのまだらの翼は顕著である。」と記されていたような特徴がある。

 この飛行時を撮影できたものは次の1枚だけで、鮮明ではないが雰囲気は分かると思う。

雲場池のカケス(2021.3.10 撮影)

 カケスの羽にみられる特徴的なこの水色~藍色と黒のまだら(縞)模様が入る部位を確認すると、次のようであり、小翼羽、初列雨覆、大雨覆の一部、次列風切の一部とみられる。
 

一般的な鳥の羽の名称
カケスの羽に藍色と黒の縞模様が入る部位

 静止状態では、一部が隠れてしまって、正確な部位を確認することが困難であるが、飛翔時の羽を確認するとおおむねこのようになっているものと思われる。

 さて、翼基部に見られる藍色部はオオルリの青に通じるものがあり、構造色であることが知られている。カケスの羽に見られる白や、水色~藍色と黒のまだら部分については、興味深い研究が行われているので、紹介しておきたい(Spatially modulated structural colour in bird feathers, Scientific Reports, Andrew J. Parnellら、21.December 2015)。

 このレポートは30種ほどいるとされるカケスの亜種のうち、ヨーロッパに生息する亜種についてのものであるが、形態は日本産とほとんど同じであり、ここでの議論は日本の亜種についても共通のものと考えられる。概要には次のように記されている。

 「ユーラシア・ジェイ(ガルルス・グランダリウス)の羽は、白から水色、濃い青色、黒などの反射色の周期的な変化を示す。こうした色を決めているのは羽枝(うし;Barb)の対応する部分で、スピノーダル相分離(分解)が起き、その分離相の大きさが連続的に変化していること、および空間分布が制御されていることを見出した。
 青色部の構造は、紫外域から青色域にわたる広い範囲の波長域の反射を示しており、これに対応するナノ構造は、150nm程度の長さを持ち、スピノーダル分解に特徴的な形態を示す。
 白色領域は、より大きい200 nmほどのナノ構造を有していて、粗大化したスピノーダル分解相からなり、広い波長域の白色反射をもたらす。
 我々の分析によると、鳥の羽の1本の羽枝の網目状のナノ構造は連続的に大きさが変化していて、これはケラチンが動いて相分離が起きる時間が制御されていることによっている。・・・」

 ここで登場した、「スピノーダル分解」について簡単に見ておく必要があると思う。元々は物理・化学の世界の用語であり、2種以上の物質の混合物が、高温では均一に混じりあっていても、温度が低下するにつれて2つの層に分離していくことがあるが、その様子を表す用語である。

 こうした相分離現象は、通常は次の図のように、均一に混じりあっているA+Bの状態からAの濃度の高い相やBの濃度の高い相が小さな集合体(核)を形成し、これが消長を繰り返しながら次第に成長するという過程を経て分離が完了する。これは核形成-成長プロセスと呼ばれる。
核形成-成長プロセスによる相分離進行の概念図

 スピノーダル分解は、これに遅れて見出された現象で、核を作ることなく、混合状態からAの濃い領域とBの濃い領域が同時に系全体で生じ、これがさらに進んで、スポンジの網目構造に似た分離相を形成するというものである。

スピノーダルプロセスによる相分離進行の概念図

 こうしたことから、網目状構造がある場合にはその形成過程でスピノーダル分解が起きていたものと判断されているのである。

 金属合金やガラスの混合物でこうした現象が1960年頃に見出されていたが、実は私の大学院時代の修士論文のテーマがこの「スピノーダル分解」で、鉄合金に関するものであった。

 当時、同じ研究室の多くの仲間は製鉄関係の企業に就職したが、私は硼珪酸ガラスでもこのスピノーダル分解が観察されていたことが縁となり、就職先に金属関係の会社ではなく、ガラス会社を選んだという経緯があった。

 それからおよそ50年を経て、ふたたびこうしてカケスの羽の構造の中に、スピノーダル分解の結果としてもたらされた美しいケラチンの網目状の構造色を知るようになるとは、感慨深いものがある。

 カケスの羽に話を戻すと、水色や藍色から黒へと変化するまだら模様が起きているのは、羽枝(Barb)部であるとされている。

 羽枝を一般的な鳥の羽の写真で示すと次のようである。この羽(正羽;Feather)はカケスのものではなく、猛禽類のものと思われるものを、散歩の途中で妻が拾ったものである。



一般的な鳥の羽の構造と名称

 羽枝からさらに両側に細かい突起である小羽枝(Barbules)が出ているが、この小羽枝は羽色には関係せず、左右で形状が異なっていて、一方には鉤(かぎ;Hooklets)があり、他方と交差することでマジックテープのように絡み合って、羽枝をつなぎ合わせている。

 この羽枝の表層部分(厚さ10ミクロン程度)を構成するケラチン/空気層が微細な構造を持ち、カケスの場合にはその大きさにより反射色が白から水色~藍色そして黒まで変化することが前記の研究で明らかにされた。



カケスの翼基部に見られる斑模様が羽枝に現れる様子を示す概念図

 多数のたがいに隣接する羽枝内部の微細構造が、その大きさを互いに連携するように制御し、結果としてカケスの翼基部の美しい縞模様を形成しているのを見ると見事としか言いようがなく、ここにもまた自然の驚異を見た思いがするのである。







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