軽井沢からの通信ときどき3D

移住して10年目に入りました、ここでの生活と自然を写真と動画で発信しています

構造色

2017-02-03 00:00:00 | 
 蝶の美しさの一つは、その色彩の豊富さにあるが、中でも金属光沢のように輝く色には特に惹かれるものがあるようだ。この美しい金属光沢を示す蝶の代表格は南アメリカなどに棲息しているモルフォ蝶であろう。

 私の部屋にも10年ほど前に、上信越自動車道の小布施サービスエリアのすぐそばにある施設が夏休みの時期に開催していた昆虫展で、子供たちに混じりやや恥ずかしい思いで買い求めたモルフォ蝶の仲間「メネラウスモルフォ」の額入り標本がある。


南米ギアナ高地産のメネラウスモルフォ蝶の標本(2017.1.23 撮影)

 このモルフォ蝶の青く輝く色の正体については過去には色素によるものか、構造によるものかの議論が行われたこともあったようだが、今日では走査型電子顕微鏡によりその鱗粉が持っている非常に複雑な微細構造まで明らかにされ、構造色であることが確認されていて、集束イオンビームで人工的に再現をする試みまでなされている。

 構造色とはもともと無色の物質が、その構造により色を示すようになるもので、光の持つ散乱、屈折、干渉、回折などのさまざまな性質によりこのような現象が生じている。空の虹、プリズム、シャボン玉などが示す色も構造色の仲間であるし、宝石のオパールや身近なところではコンパクト・ディスク(CD)がさまざまな色に反射して見えるのも構造色である。

 生物の仲間でも、モルフォ蝶だけではなく多くの蝶もこの構造色を持っているし、玉虫などの甲虫類、孔雀やハチドリなどの鳥の羽根、貝殻や真珠などの美しい色も構造色によるものである。

 CDを見る角度を変えるとこの色はさまざまに変化するが、このように構造色は光源の位置や見る角度により色が変化したり、色が消えてしまうことがあるという特徴がある。

 ところが、モルフォ蝶の持つ青色の構造色はその点、見る方向にもよるのだが、角度を変えて眺めても色の変化が少なく、これには驚くような仕組みがあるという。それは、モルフォ蝶の鱗粉表面の構造が光の干渉と回折(散乱?)の2つを巧みに利用する構造になっているためとされている。

 自宅にあるメネラウスモルフォ蝶でこれを試してみた。蝶の翅に垂直方向から照明光をあて、垂直から斜め30度の方向から撮影した時の構造色の変化は次のようなものであった。





メネラウスモルフォ蝶の構造色の変化を、翅に垂直から斜め30度方向から見た(2017.1.31 撮影)

 また、角度をさらに大きくして、垂直から斜め60度の方向から撮影した時の構造色の変化は次のようになった。





メネラウスモルフォ蝶の構造色の変化を、翅に垂直から斜め60度方向から見た(2017.1.31 撮影)

 蝶を後から見たときに比べて、前すなわち頭の方向から見たときのほうがやや構造色の変化が少ないようだ。また、左右方向には構造色の見え方に偏りがあるように見える。これは、鱗粉の配列方向とも関係があると思われる。

 このことからすると、メネラウスモルフォ蝶の場合、飛んでくる蝶を前方から見たときに構造色がよく見えるようにできているようだが、いずれにしても、前後方向にはかなりの広い範囲で青く見えることがわかる。

 日本の国蝶である「オオムラサキ」の♂の持つきれいな青紫色もまた構造色であり、この蝶の場合も見る角度で色が青紫から暗い紫色に変化する。オオムラサキの構造色を作り出している鱗粉の詳しい構造を私はまだ知らないのだが、どのようなものになっているのだろうか。知りたいものだ。


名前通り翅の青紫色の構造色が美しい「オオムラサキ」の♂(2015.7.27 撮影)


左右の翅の構造色が僅かな角度の違いで異なって見える(2015.7.27 撮影)

 甲虫の仲間にも美しい構造色を持つものが多いが、中にはとても不思議な性質を示すものが知られている。

 次の写真は、ギフチョウを見るために岐阜市にある名和昆虫博物館を訪問した際に偶然見つけて購入したテイオウニジダイコクコガネのペア標本だが、このペアを3Dテレビ用の円偏光メガネを通して見ると左右で見え方が異なることがわかる。


アルゼンチン産テイオウニジダイコクコガネのペア(2107.1.23 撮影)

 この標本に3Dメガネを乗せると、円偏光板の分だけ暗くはなって見えるが、左目側の円偏光板を通した方は構造色に変化が無く、他方右目側の円偏光板を通した方は構造色が消えて暗くなっている。


テイオウニジダイコクコガネの上に3Dメガネを乗せて撮影すると、右目側が暗くなる(2017.1.23 撮影)

 また、メガネを反転させて左右を入れ替えてもやはり右目用の円偏光板側のオスが暗く見えるので、見え方の差は雌雄の違いによるものではない。


テイオウニジダイコクコガネの上に3Dメガネを反転させて乗せて撮影しても、右目側が暗くなる
(2017.1.23 撮影)

 このことは、東京工業大学の石川謙准教授が詳しく報告されているが、コガネムシの仲間が持つ構造色が捩れ構造に由来することに起因している。

 肉眼では判らないが、この一部のコガネムシの持つ捩れ構造は、左円偏光だけを反射し、右円偏光は吸収している。3Dメガネの左目用には左円偏光板が、右目用には右円偏光板が入っていて、左円偏光板は左円偏光を通過させ、右円偏光板は左円偏光を吸収するので、メガネをかけて左目で見るとテイオウニジダイコクコガネは明るく構造色を示し、右目で見ると暗く見えることになる。こうした性質は、円偏光2色性として知られているものである。

 事前にこの事を知っていたので、私は昆虫館などを訪れる場合には、必ず円偏光板を持参している。名和昆虫博物館に行った時も円偏光板で確認してこのテイオウニジダイコクコガネの標本をお土産に購入した次第。

 一部のコガネムシが進化の過程でなぜこうした捩れ構造を獲得してきたのかについては仮説が提示されているものの、まだ確たることはわからず謎のようだ。

 植物の世界ではどうかというと、ポリア・コンデンサータ(Pollia condensata)という植物の種子がやはり円偏光2色性を示す構造色を持つことがわかったので入手してみた。大きさは直径が3mm程度ととても小さいのだが、拡大して見ると表面は美しい輝きを持っていることがわかる。


ポリア・コンデンサータの種子が持つ構造色(2017.1.23 撮影)

 この構造色自体は目視できるものだが、円偏光2色性の方はコガネムシのように肉眼でもはっきりと観察できるものではなく、顕微鏡下で確認できるような微小領域でおきているものなので、円偏光メガネを通して普通に写真撮影をしてもその差は確認できなかった。

 ここでもまた、何故この植物がこうした構造を獲得していったのかという疑問に突き当たるが、まだ比較的最近になり見出されたことであり、その解答は得られていないようである。

 この種子を発芽させて育ててみたいと思っているが、果たして軽井沢の気候に馴染んでくれるものかどうか気になっている。










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