ダムの訪問記

全国のダムと溜池の訪問記です。
主としてダムや溜池の由来や建設の経緯、目的について記述しています。

二風谷ダム

2021-08-20 17:00:21 | 北海道
2021年7月20日 二風谷ダム 
 
二風谷ダムは北海道沙流郡平取町二風谷の一級河川沙流川本流にある国土交通省が管理する多目的ダムで型式は重力式コンクリートダムです。
沙流川は日高地方有数の大河川ですが、過去より洪水被害が絶えませんでした。
一方苫小牧市、安平町、厚真町にまたがる湧払平野では1972年(昭和47年)に国家的大規模開発プロジェクトである『苫小牧東部開発計画』が着手され、同地域への工業用水源確保が求められていました。
これを受け建設省(現国土交通省)は沙流川の治水及び苫東工業地帯への利水供給等を主目的とした『沙流川総合開発事業』を採択、沙流川本流および支流の額平川への2基のダム建設事業が着手されます。
このうち二風谷ダムについてはダム建設地点がアイヌ民族の聖地とされる場所だったこともあり事業差し止めをめぐる行政裁判等反対運動が長引きましたが、1997年(平成9年)に竣工、翌1998年(平成10年)より運用が開始されました。
さらに2022年(令和4年)に平取ダムの運用が始まったことで両ダム連携した柔軟な運用が可能となりました。
二風谷ダムは国土交通省北海道開発局が直轄管理する特定多目的ダムで、平取ダムとの相互作用による沙流川の洪水調節、安定した河川流量の維持と不特定利水への補給、沙流川流域2350ヘクタールの農地への灌漑用水の供給、平取ダムとの相互運用による平取町・門別町への上水道用水の供給、苫小牧東部工業地帯への工業用水の供給、ほくでんエコエナジー(株)二風谷発電所での最大3000キロワットのダム式発電を目的としています。
 
苫小牧東部工業地帯への利水供給を主目的として建設された二風谷ダムですが、バブル崩壊後の景気低迷などにより利水需要は計画を大きく下回り水余り状態となりました。
一方2003年(平成15年)台風10号(日高豪雨)などの集中豪雨による山体崩壊や洪水に影響で当初想定を超える土砂堆積が進み、運用開始当初550万立米だった堆砂容量を利水容量の振り替えにより1430万立米に拡大させる異例の事態となりました。
他方、堆砂進行後のダム運用や魚道を通じた魚類の遡上については相応の効果が認められ、これらは平取ダム建設の際にフィードバックされています。
 
二風谷ダムは西欧のダムを彷彿とさせる独特のデザインが採用されマニアには人気のダムです。
またアイヌ民族の聖地をめぐる反対運動もあったことなどから、アイヌの歴史を紹介する沙流川歴史館やアイヌの城郭跡を保存した『チャシ公園』などが整備され、こうした点を評価され日本ダム協会による『日本100ダム』に選定されています。
 
右岸高台から
デザインのみならずゲート配置も独特。
向こう側(左岸)から
左岸クレストゲート5門、オリフィスゲート7門、右岸クレストゲート1門、魚道ゲート1門、利水ゲート1門の順に並んでいます。

 
天端は徒歩のみ開放されています。
こちらは左岸クレストゲート。

 
これはクレストゲートの減勢工、右手はオリフィスの減勢工になります。 

 
オリフィスゲート
カラフルなアパートのようです。

 
ダム湖の二風谷湖
総貯水容量3150万立米ですが、写真で見てもわかるように堆砂が進み2016年(平成28年)現在で堆砂量は1239万立米にも及びます。
苫小牧東部工業地帯向け利水需要が計画を大きく下回っていることもあり、利水容量からの振り替えにより堆砂容量は当初の550万立米から1430万立米に変更されました。

 
魚道ゲート
ダム湖の水位変動にあわせて自動で上下に動くスイングシュート式で、ダム湖側の入り口が魚が通りやすい適当な高さになるようになっています。


 
手前の赤いゲートが右岸クレストゲート。

ほくでんエコエナジー(株)二風谷発電所
利水放流を利用して最大3000キロワットのダム式発電を行います。

 
竣工記念碑。

 
上流面
左から左岸クレストゲート、オリフィスゲート、右岸クレストゲート、魚道ゲート、利水ゲート。 
 
赤いゲートが右岸クレストゲート、右隣が魚道ゲート、さらに右手が利水ゲートで発電所の取水ゲートを兼ねています。

0149 平取ダム
北海道沙流郡平取町二風谷
沙流川水系沙流川
FNAWIP
32メートル
550メートル
31500千㎥/17200千㎥
国土交通省北海道開発局
2021年


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