１４－１６世紀のタイ中部から北部諸窯において、盤等の見込み文様に種々の法輪文、日輪文、蓮華文が描かれている。その中で法輪文にスポットをあてて考えをまとめてみた。
福岡市美術館が所有する、本多コレクションの収蔵品目録には、多くの鉄絵宝輪文鉢や碗（目録No,７８,７９,８０,８１,８２,１５２,１５３）が紹介されている。
目録No,７８－８２はｽｺｰﾀｲ窯の鉢であり、１５２,１５３はシーサッチャナーライ窯の碗である。この宝輪文とは何であろうか。仏教由来であろうことは容易に想定される。岩波書店刊の広辞苑によると、宝輪とは九輪に同じとある。そこで九輪とは塔の露盤上にある高い柱の装飾で、請花の上、水煙の下にある九つの輪とも記載されている。
五重塔などの仏塔の最上部にある金属で作られている部分を称して相輪と呼んでいる。それは擦（または刹管）を柱とし、下から露盤、伏鉢、請花、九輪、水煙、竜車、宝珠からなり、俗に相輪全体を九輪とも呼んでいる。つまり、宝輪とは仏塔に関しては、九つの輪状の造形物ということになる。一方、千手観音の左手の持物に宝輪、日輪があると云う。「千手千眼観世音菩薩広大円満無礙大悲心陀羅尼経」という経典では、宝輪とは不退金輪とされているとのことである。では不退金輪とは何であろうか。残念ながら狭い見識では、ここらが限界である。種々の書籍を検索するが、不退金輪なる語句は現れない。
そこで千手観音の持物解説によると、そのイラストには右手のひとつに輪宝（宝輪を輪宝とも呼んでいる）を左手のひとつに日輪を持ち、輪宝は法輪の、日輪は太陽を表す球状の形をしている。つまり経典でいう宝輪とは、現実の千手観音像では輪宝と呼ばれ、法輪のことに他ならない。更に日本では古くから、“宝尽くし文”のひとつとして、「七宝輪違い文」がある。宝尽くし文とは、縁起の良い物を寄せ集めた文様で、中国では吉祥とされる物を八つ集めて「雑八宝（雑宝）」としたり、仏法に由来する「八宝」、呂洞賓など八仙人の持物を「暗八仙」として、瑞祥を表した。八宝は八吉祥とも称し法輪、法螺貝、宝傘、白蓋、蓮華、宝瓶、金魚、盤長を云う。結局は、八宝に法輪が取入れられていることから、宝輪という表現が本多コレクションの蔵品に採用されたかと、勝手に想像している。
法輪は輪宝とも呼ばれ、煩悩を打ち砕く象徴ともされているが、釈迦が菩提樹の下で悟りをひらいた後、サールナート（鹿野苑）で元の５人の修行仲間（五比丘）に初めて仏法（法輪）を説いたことを初転法輪と云い、仏法をあまねくひろめるため、車輪の形で表される。
以下、時代は前後するが、法輪の文様について眺めてみる。写真はインドの仏教遺跡であるサンチー（１世紀）欄楯に刻まれた法輪文である。
次はインド国旗で、中央は法輪文をデザイン化したもので、先のサンチーの法輪文と形状が似ている。尚、法輪をインドではチャクラ（Cakra）と呼び、タイでもそのように呼んでいる。
形而下的法輪は、仏教の南伝と共にタイに入ってきた。写真はダバラバティー様式（７－８世紀）の法輪とスーリヤ座像で、当時の中心地であるナコーンパトムから出土し、バンコク国立博物館が所蔵している。法輪はまさに車輪を写していることがよくわかる。
次はロッブリー時代（１１－１２世紀）、クメールつまりアンコール帝国下のタイで製作されたビシュヌ神像で、失われた腕もあるが、右手に掲げ持つのは法輪である。
多くの腕を持つ神像のオリジナルはインドであるが、この様式は北伝ルートを伝い日本へ、南伝ルートでタイへ伝わり、それぞれの地にて特徴的変化をとげることになった。タイでは四つの腕の神像が多い。
＜続く＞
