ある意味凶悪なアーティファクトを持つことになったネギ。
クラスメイトのアーティファクトをネギが使えると、
特にのどかなどの非戦闘員の存在意義が薄れはしないか、
という指摘を随所で見かけたが、
結論から言うと、その心配はあまり無い。
なにしろ「戦闘員」たちが、心理戦では弱すぎるから。
朝倉、千雨(、夕映)に加え、のどかも以前考察したように
知的戦力としての力を十分に備えている。
読心術のみが注目されやすいが、思いのほかの冷静さ(と無謀さも)もある。
尤も他の三人に比べて戦略的志向が弱くはあるが、
その分か対人志向は強かったりする。
フェイトたちの心を読むという作戦も、道義的な面から見ても
のどか以外に発案できる作戦ではない。
そしてタイプ的に「自分でやりたがる」という側面もある。
その実行役がネギなどになっても、「戦えない知性派」の誰かが
少なくともサポートに廻る必要がある。
楓のアーティファクトなどによって、そういった自由度は増えている。
フェイト相手ではその戦力的にも不安はあるが、
戦闘員に対抗できる相手になら活躍の場はむしろ増えることもあるのだ。
クラスメイトのアーティファクトをネギが使えると、
特にのどかなどの非戦闘員の存在意義が薄れはしないか、
という指摘を随所で見かけたが、
結論から言うと、その心配はあまり無い。
なにしろ「戦闘員」たちが、心理戦では弱すぎるから。
朝倉、千雨(、夕映)に加え、のどかも以前考察したように
知的戦力としての力を十分に備えている。
読心術のみが注目されやすいが、思いのほかの冷静さ(と無謀さも)もある。
尤も他の三人に比べて戦略的志向が弱くはあるが、
その分か対人志向は強かったりする。
フェイトたちの心を読むという作戦も、道義的な面から見ても
のどか以外に発案できる作戦ではない。
そしてタイプ的に「自分でやりたがる」という側面もある。
その実行役がネギなどになっても、「戦えない知性派」の誰かが
少なくともサポートに廻る必要がある。
楓のアーティファクトなどによって、そういった自由度は増えている。
フェイト相手ではその戦力的にも不安はあるが、
戦闘員に対抗できる相手になら活躍の場はむしろ増えることもあるのだ。