シニアー個人旅行のかわら版

国内・海外旅行の話題を中心に、アップデートな情報とともに、シニアーのための手作り旅行を発信する。

2011年 旅とブログを振り返る

2011-12-29 15:49:32 | Weblog

 東日本大震災、原発事故・・・未曾有の自然災害、大事故が起きました。宮城県と福島県の沿岸部は、仕事や旅で何度も訪れたり通った町や村があり、故郷が失われたような衝撃を受けました。私自身も自分の生き方を振り返り、何かしなければいけないと考えて、47年続けてきた車の運転を止め、公共交通機関利用の旅に切り替えました。
 
 2007年から始めた「シニアー個人旅行のかわら版」ですが、最低でも月2回のペースで投稿することができました。訪問者は年末には開設以来13万人を越えることができそうです。また、閲覧数も一日平均400ページを越えるようになり、27万ページに達しました。本当にありがとうございます。

 1月  
○ スペイン・パラドールの2011版に更新しました。
http://blog.goo.ne.jp/masa4439er/e/74ddea26074aee3acb2a3df03061e698
○ 南房総の「花嫁街道」を歩きました。うっかりカメラを忘れ、文章だけのブログとなりました。
http://blog.goo.ne.jp/masa4439er/e/eeaddbe801d96711cc67f3d86a98aaee

2月 
 ○ 例年正月に訪れていた南会津・湯の花温泉を訪れました。車を運転しての最後の旅となりました。
 http://blog.goo.ne.jp/masa4439er/e/4ba080a28a8aabaf2b8dc595d3f956d7
 ○ 来日した中国舞踏家ヤン・リーピンの「観音菩薩」を東京で観賞しました。
http://blog.goo.ne.jp/masa4439er/e/be39dc540d056050d7defafbebf3bd29

3月
 ○ 津波に襲われた閖上(ゆりあげ)で2年前にお世話になった方々の無事をブログへのコメントで知ることができました。
http://blog.goo.ne.jp/masa4439er/e/dbe4350194180b3912a8dfcd0ee86e18

 ○ 津波と原発事故の両方の被害を受けた大熊町に「沈黙の春」を思い出しました。
http://blog.goo.ne.jp/masa4439er/e/89aebdf44b68f9d61cec4c7032b5e40f

4月
 ○ 登米市に避難した皆さんに、67年前の東京からの疎開児童の姿を重ねました。
http://blog.goo.ne.jp/masa4439er/e/f539a04ea3f556ce9292276700ed51df
 ○ 浪江町に訪れた思い出から、鮭が遡上する請戸川の復活を祈りました。
http://blog.goo.ne.jp/masa4439er/e/f17aca1bbcfebf41fd20b6906643760c

5月
 ○ 故郷・伊豆土肥温泉を訪れましたが、観光客はほとんど目にしませんでした。
http://blog.goo.ne.jp/masa4439er/e/031698700b64df817f28bd50db76593a
 ○ 南フランスドライブ旅行関係のブログを更新しました。
http://blog.goo.ne.jp/masa4439er/e/76ba16bf44ff00ad2e5409f25f53cb9d

6月
 ○ 2泊3日の東北への旅を提案しました。
http://blog.goo.ne.jp/masa4439er/e/f6365f16904b15134003407baa99914b
 ○ NHKテレビの「驚異の歌声 Amazing Voice」にバルセロナへの思いを新たにしました。
http://blog.goo.ne.jp/masa4439er/e/e2d44ccddf25cab802450b06b37c1d02
7月
 ○ 東京・神楽坂を散策しました。
http://blog.goo.ne.jp/masa4439er/e/e824563cd71ec2abf53fefc714348bda
 ○ 北海道旅行とねぶた祭りのブログを更新しました。
http://blog.goo.ne.jp/masa4439er/e/e3772c4326270c51d95f740b0af38639
http://blog.goo.ne.jp/masa4439er/e/f6365f16904b15134003407baa99914b
 
8月
 ○ 長年の夢であった世界遺産・白神山地へ友人と出かけました。高速バス利用の3泊4日の旅でした。
 http://blog.goo.ne.jp/masa4439er/e/c2b7484f82771d9d22fd6e97f8972e86

 ○ 6年前に書いた「牧之の北越雪譜を読んで苗場山に登る」を写真入れて更新しました。
http://blog.goo.ne.jp/masa4439er/e/f280023c655897b3b38976bfa6161b6b
 ○ 家族で安曇野をサイクリングしました。
http://blog.goo.ne.jp/masa4439er/e/c2b696a51b3c02e88f57aeed6baba834

10月  
 ○ 秋晴れの奥日光・小田代が原で幻の湖を訪れる日帰りハイキングでした。
http://blog.goo.ne.jp/masa4439er/e/78da1fee94089423d90261a7f77a94ec
 ○ 「秋の三瓶山」を更新しました。
http://blog.goo.ne.jp/masa4439er/e/f8b9cf77a165a14121676ab6ff7ab4c3

11月
 ○ 那須から福島県境を袋田へと抜ける日帰りドライブを紹介しました。
http://blog.goo.ne.jp/masa4439er/e/9581ea836ee0d51b6dc7868936c2e7bd
 ○ スペインの経済危機についての感想を書きました。
http://blog.goo.ne.jp/masa4439er/e/f29b7e612d5bb1bda6bbe923c199acbb

12月 
 ○ 秩父鉄道主催のハイキングに参加しました
http://blog.goo.ne.jp/masa4439er/e/5950bae22f6e580fa6081d535a9b3bd7
 ○ 雪の季節になりました。2月の南会津へのドライブを例にとり、安全な雪道ドライブの体験を載せました。
http://blog.goo.ne.jp/masa4439er/e/91a5dd13281d63b3e32beb77bfee2b78
 ○ 2011年の旅とブログを振り返りました。
http://blog.goo.ne.jp/masa4439er/e/91f4a7835962e908bad0380f54f8ae8b

閲覧数が多かったページは次の通りです。ページにリンクを付けておきました。クリックしてご覧ください

海外旅行編
2011これでスペイン・パラドールの全てが分かります   
私のスペインドライブ旅行のプラニング
スペイン国鉄renfe(レンフェ)に乗ってフィゲラスへ
世界遺産カタルーニャ音楽堂でコンサートを楽しむ
プロヴァンスの7日間・・・南フランスドライブ旅行(1)      
英国道路地図の読み方とスカイ島観光案内

国内旅行編
あなたなら買いますか、湯沢の中古リゾートマンション
名取市閖上(ゆりあげ)の皆さん、ご無事だったでしょうか?
九州・冬の旅
安全な雪道ドライブのために
南会津への旅―登山、スキー、温泉、蕎麦&ドライブ
伊豆・土肥へ海水浴電車・船で行く旅の今昔レポート
牧之の北越雪譜を読んで、苗場山に登る

来年も「シニアー個人旅行のかわら版」を宜しくお願いいたします。

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安全な雪道ドライブのために・・・豪雪の南会津を走る

2011-12-06 09:07:12 | Weblog


12月、スタッドレスに履き替えました。
雪のほとんど降ることがない首都圏に住んでいますが、年末年始を豪雪地帯である南会津湯の花温泉で過ごすようになってから三十年、我が家の恒例行事となっています。

那須塩原で高速を降りてから湯の花温泉までのドライブを紹介しながら、安全に雪道を運転する私の心構えを紹介いたします。

 
草津温泉・観光協会のサイトから
 海抜1200メートルの高地にある草津温泉の観光協会サイト「雪道ちょっとアドバイス」に車の駆動とタイヤの組み合わせから、雪道に強い順位を紹介しています。

1番目 4WD+スタッドレス (雪国住人は殆どがコレです
2番目 4WD+ノーマルタイヤ+チェーン
3番目 FF+スタッドレス+チェーン
4番目 FF+スタッドレス
5番目 FF+ノーマルタイヤ+チェーン
6番目 FR+スタッドレス+チェーン
7番目 FR+スタッドレス
8番目 FR+ノーマルタイヤ+チェーン

 四輪駆動車を購入した時のことです。ノーマルタイヤでしたので雪道になってから、前輪にチェーンを巻きました。スキー場への登りは実に快調、四輪駆動の優秀さに満足していました。ところがです・・・帰路、下り坂のカーブで大きくスピン・・・本当に怖い思いをしました。
 帰宅して、メーカーに問い合わせたところ「四輪、全部にチェーンを巻かなければ、安全とはいえません」とのことでした。2輪にチェーンを巻くだけでも手間がかかります。4輪に巻くのはとても・・・というわけでスタッドレスに替えたのです。

 後日、白石スキー場でのことです。雪上訓練に来ている自衛隊に出会いましたが、隊員運搬車両はすべて、4輪にチェーンが巻いてありました。

こんな事故がありました

 毎年出かける福島県南会津町、5年前の12月22日午前7時半ごろのことです。国道352号線新田原(しんでんばら)で乗用車と30名が乗る舘岩小学校・中学校のスクールバス正面衝突事故を起こし、全員が町内外の病院に運ばれました。幸い、軽傷だったということですが、事故原因はどこにあったのでしょうか。大晦日に同じ場所を通りますので、人ごとではありません。

 6年前の11月22日にもほぼ同じ場所で正面衝突事故があり、重傷者がでています。この時は早い降雪があり、県外の夏タイヤのワンボックスカーがスリップしたのが原因でしたが、今回は事情が異なります。
 雪のない、ほぼ直線道路で、スタッドレスを装着した、地元の運転手の乗用車が中央線をはみ出したことが原因です。路面凍結でスリップしたようですが、恐らく通勤時間帯、通いなれた道ということでスピードを出していたのではないでしょうか。

西那須野塩原I.C.から南会津町・湯の花温泉まで
平成29年1月現在の最新状況も書き加えました

 

 東北自動車道「西那須野塩原I.C.で降り、国道400号を塩原温泉へ進みます。道の駅を越えてから昔の街道に登っていきます。箒川の渓谷沿いの400号は改修工事を重ね、1.5キロのトンネルが開通、山肌に沿って曲がりくねり、狭いトンネルを抜けて行く負担が軽くなりました。ただ、トンネル出口は急カーブ・・・快適なトンネル内のドライブでスピードにのったまま突入すれば箒川に転落ということになりかねません。現在、第二トンネルの工事も開始されました。

 温泉街に入る直前の信号を左折すれば山側のバイパスへ、直進すれば旅館やみやげ物店が軒を連ね、観光客や温泉客が行き来する塩原温泉街を通り抜ける旧来の道です。二つの道路は温泉街を超えた地点で合流・・・尾頭峠に進みます。
 尾頭トンネルを越えて、鬼怒川から会津方面に向かう121号線に合流、田島方面に北上し山王トンネルを越え、野岩鉄道(やがん)のガードの早坂信号を左折、352号線で中山トンネルを通り南会津町に向かうという70キロ、約90分のドライブです。

 夏場なら快適な山間ドライブを楽しめますが、冬期にはドライブ事情が一変、アイスバーンの坂あり、除雪のために狭くなった道路の幅員、曲がりくねる山道あり・・・神経を使う雪道ドライブとなります。
 
この中で特に注意しなければならない三つの峠と、地吹雪になりやすい熨斗戸(のしと)付近の情報を記します。

尾頭峠(海抜820m)



塩原温泉街を抜けると峠に向かいます。上り坂になり、徐々に積雪が見られるようになりますが、道路は十分な幅員があり、ヘアピンカーブも大きなカーブを描いていますので、安心してドライブできます。海抜800mの尾頭トンネルを抜けると途端、「トンネルと抜けると雪国だった」という積雪のある風景に変わります。

 ここからの下りは、幅員が狭く、カーブの連続、急坂、そして凍結する路面での下りのドライブが15分ほど続きます。エンジンブレーキを使い、スピードを落としての細心のドライブが要求されます。

 坂を降りきると直線の道路になり、左からの121号に合流、ここからは5キロほどのドライブは林間の道路で、側溝に落輪しないように、またアイスバーンに車輪を取られないようスピードはあくまで控えめにします。やがて林間を抜けると山王峠までは改修された緩やかな坂道の運転しやすい道路に変わります。

山王峠(海抜850m)



 かつては、会津へ向かう旅人の最大の難所だったこの峠も山王トンネルの開通とそれに続く道路の改修工事の結果、冬期でも比較的安心して通行できるようになりました。
 山王トンネルを抜けると、幅員が十分な、ほぼ直線の下りになります。10分ほど下ると左手に道の駅があり、ここが唯一のトイレ休憩の場所です。

 道の駅から更に下ると野岩鉄道のガードがあり、早坂の信号で352号線と出会います。山王トンネルから下ってきた車がここで必ず止まるため、アイスバーンになりやすく、毎年事故が多発する箇所でしたが、。道路表面から地下水が常時噴き出すように改修されてから比較的安全にはなりました。

 右折すると田島へ、左折して高杖スキー場、湯の花温泉に向かいます。直線道路を5分ほど走ると、左手に会津高原尾瀬口駅が見えます。滝の原温泉を抜けた辺りから登りになります。

中山峠(海抜1100m)

 尾頭トンネル、山王トンネルはトンネルを抜けてからの下り坂のドライブに注意が必要ですが、中山トンネルはその逆で、トンネルまでの上り坂は深い谷沿いの山の斜面を切り開いた道で、狭い幅員、曲がりくねった道路、落石危険地帯です

 五年前でしたか、ここが雪崩で通行止めになり、高畑スキー場から田島回りで帰ったことがありました。毎年通るたびに工事が行われていますが、目立った変化は見られません。



 最大の難所は、金竜橋です。深い渓谷を渡る金竜橋は、橋への取り付け口が両方とも急カーブ・・・初夏の新緑、秋の紅葉の頃は最も景色の良いところですが、冬場はスリップして欄干を突き破ったら・・・と渡るたびに対向車がいないことを祈っていましたが、ようやく新しい橋が完成しました。



 中山トンネルは改修工事も終了、安全に通行できるようになりました。トンネルを抜けると道路がぐっと良くなります。中山峠が東西の分水嶺となり、ここから流れ出る川は、全て日本海に注ぎます。緩やかな下り坂を下っていけば八総(やそう)の集落まで10分くらいのドライブです。ここで右折すれば、たかつえスキー場です。

熨斗戸付近の地吹雪



 八総から平坦なまっすぐな道が数キロ続きますが、ここは風雪をさえぎる樹木がない畑の中の直線道路で、地吹雪が発生しやすい地形です。一度、猛烈な地吹雪に会い、ホワイトアウト現象を体験、前後左右の感覚だけでなく、天地の識別もできない状況に陥りました。車を停めれば、追突される恐れがあります。歩くようなスピードでの運転です。幸い、ハザードランプを点滅して走るトラックの後ろにつくことができ、このときほどトラックの後ろについて走ることを感謝したことはありません。

除雪する住民の方々へ配慮しながらの運転を

 夕方のドライブは注意が必要です。特に雪が降り続く中の雪道の運転は、一種のホワイトアウト現象で、カーブでは直進するのか曲がるのか一瞬判断がつかない現象が起きます。側溝を示すポールを丹念に探しながらの運転が必要です。
また、集落に入ると、夕方近くは住民の方が戸口から道路までの除雪に精を出す時間帯・・・集落を抜けるときには、直線の道路であっても、人の動きに細心の注意を払ってあくまでもスピードを控え目に運転しましょう。

 
私の雪道安全ドライブ術

 ドライブ歴35年ですが、雪道は毎年数回しか走らない初心者です。その私が心がけている雪道ドライブ術です。
○ 40キロ以上は絶対に出しません。一度、桧枝岐のスキー場から戻る際、トンネル出口のカーブでスピンしかかったことがあります。40キロを越えていました。
○ 後ろに付かれたら、安全を確認して路肩に止まり、道を譲ります
○ エンジンブレーキで減速、ブレーキは必要最小限に
○ 牽引用ロープを携帯。助けられたり、助けたり・・・
○ 高出力の黄色フォッグランプを装着
○ 四輪駆動車(パートタイプ)、スタッドレス装着です

帰路の渋滞情報です

 渋滞に巻き込まれることを避けるために、午前中には塩原を抜けるようにしています。午後になると、南会津方面から帰る車と日塩道路沿いのスキー場から帰る車が塩原市内で合流、渋滞が起きやすいのです。この数年、スキー客減少で渋滞は見られなくなりましたが・・・

 事故渋滞の場合は逃げ道がありません。甲子道路が開通、下郷から白河I.C.に出られますが、大回りになります。東京方面へは塩原を通るか、121号を直進して鬼怒川経由の二つしかありません。そこに至る途中で事故があれば、121号線全体に渋滞が広がります。その場合は、同乗者に野岩鉄道で先に帰ってもらうのが得策です。10年前、事故渋滞に巻き込まれ、東京に戻るまで12時間も掛かったことがありました。

 もう一つの渋滞があります。関東地方に雪が降った場合です。会津地方では、どんなに雪が降ろうとも一晩中除雪作業が行われ、次の日は通れるようになりますが、塩原から東京に至る道路はわずかな雪でも動きが取れなくなります。高速道路は最初に通行止め、一般道をのろのろと帰ることになります。以前、この渋滞に会い、同乗者には矢板駅からJR東北本線で帰ってもらいました。

曲がり家が点在する村が待っています



 こんな苦労をしてまでも冬の南会津を訪れるのは、今日でも茅葺の曲がり家が点在する雪深い会津の村々の佇まい、迎えてくれる人々の暖かさ、伝統的で素朴な会津地方の料理の味、地元産の蕎麦を天然水で打った天下一品のソバ、囲炉裏で何時間もかけて焼き枯らした岩魚の骨酒豊富な温泉、その上、スキーも楽しめる自然環境・・・遠い昔に置いてきてしまった郷愁に浸ることができる旅があるからです



南会津への旅 


ぜひ、一度、冬の南会津にお越しください・・・安全運転で・・・




 
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秩父鉄道・大霧山ハイキングに参加しました

2011-12-01 14:37:33 | Weblog

11月27日の日曜日、秩父鉄道が主催する「秩父路峠道ハイキング・秋色の眺望 大霧山へ」に参加しました。
秩父は中学校の遠足で長瀞に出かけただけ・・・いつかは秩父の山々に登ってみたいと思っていましたが、一人で出かける自信が無く、憧れのままとなっていました。

和同開珎ゆかりの地であり、困民党の秩父事件にもかかわった黒谷(くろや)を訪れること、そして 自由歩行方式のハイキングで自分のペースで歩くことができることから出かけました。

「やや健脚向き」となっており、766メートルの大霧山へ登る10キロ4時間というルートに一抹の不安がありましたが、毎日1時間は歩いているので大丈夫だろうと気軽な気持ちで参加しました。

8:00 秩父鉄道・熊谷駅
 熊谷駅で秩父鉄道に乗換。切符売り場では「秩父路遊々フリーきっぷ」を求めるハイカーが並んでいます。乗客のほとんどがハイカー、秩父鉄道では土曜・日曜・祝日に沿線ハイキングを主催、乗車割引券を発行、ハイキング専用列車運行の感があります」。

9:00 和銅黒谷駅
 和同開珎のモニュメントがあるユニークなホーム。トイレの順番を待つ女性ハイカーが列を作っていました。


9:00~10:30 バスで順次出発
 駅前で受付を済まし、バス乗車券(1000円)とルート地図を受け取り、ピストン運行のバスに50人ずつ乗車。当日、約500名のハイカーが参加したと後で知りました。
9時10分のバスに乗車。

9:30 定峰(さだみね)入り口
 海抜300メートル位でしょうか。大霧山まで4百メートル強を登ります。


旧道に入り、七曲がりの道を登ると定峰神社に。

   

10分ほど更に進むと、定岳寺を囲むように南斜面に開けた十数戸の定峰の里にでます。

   

さらに進み県道を横切ると、昔ながらの細い山道です。「ワナに注意」の標識。イノシシ捕獲用でしょうか。
見晴らしが利かない桧の林の中を登っていくと旧定峰峠です。

10:40 旧定峰峠
 石で囲った祠があり、ダイダラボッチの伝承が伝わる切通しは、昔は東秩父と秩父を結ぶ主要な往還であったのでしょう。今はハイカーがわずかに訪れるだけ・・・多くの旅人や牛馬が行き来した頃の賑わいが偲ばれます。
 峠の南北に連なる峰々を結ぶ「外秩父七峰縦走ハイキングコース」を大霧山へと北に登ります。



11:00 桧平

 桧の樹林に杭を打ち階段状にした急坂を登ります。桧平を越え、尾根沿いを進むと雑木林に入り、落葉した明るい道となり、西に秩父盆地、東に東京大学天文台がある876メートルの堂平山や笠山などが放牧場越しに見えます。ハングライダーが飛んでいました。

   

 前方に大霧山が見え、いったん急坂を鞍部まで下り、そこから頂上を目指します。



11:30~12:00 大霧山

 頂上からの眺望は素晴らしいの一言・・・北東に赤城山、北に日光連山、北西に上越国境の山々、北西に八ヶ岳、東に奥秩父の山々・・・上越の山々は雪に輝いています。
頂上は昼食を取るハイカーで大混雑、腰をおろる場所を探すのにも一苦労でした。



 大霧山山頂からは下り一方の坂道が続きます。木々の葉は落ち、遠くの集落を見ながらの快適な下りが続きます。



このまま進めば粥新田峠ですが、峠すぐ手前の石碑で左に曲がり、「関東ふれあいの道」に入ります。牧場のフェンスに沿って、上三沢へ向かいます。だらだらと下る道にうんざりした頃に最初の民家に・・・振り向くと大霧山が見えます。

  

13:20 上三沢の八幡神社
 
待機しているバスに、50人ずつ乗り込み、長瀞駅へ・・・

  


14:03 長瀞駅
14:54 熊谷駅


 ハイカーの安全への気配りは、万全でした

*和銅黒谷駅と上三沢でのバスの乗車時に、それぞれ50人ずつカウントして、参加人員を把握
*ルートを示す矢印がいたるところに掲示
*桧平と大霧山の急な下り斜面、迷いやすい粥新田峠手前の「関東ふれあいの道」分岐点の三箇所には係員が待機
*4人の係員がルート最後尾を歩き、遅れ気味のハイカーに付き添い、上三沢発15時の最終バスに間に合うよう誘導


 歴史よもやま話です

和同開珎と黒谷

 慶雲五年、西暦七〇八年、武蔵国秩父郡であったここ黒谷で高品質の自然銅、「にぎあかがね(和銅)」が発見され、朝廷に献上されました。大宝律令が発布され、通貨の必要性を痛感していた朝廷はこれを喜び、年号を「和銅」と改め、本格的な銭貨である和同開珎(わどうかいほう・わどうかいちん)を鋳造・発行しました。

 2008年、和銅発見から1300年であることを記念して、秩父鉄道では「黒谷駅」を「和銅黒谷駅」と改め、和同開珎モニュメントをホームに建てました。駅近くにある聖神社には和同開珎が祀られ、地元の人々からも銭神様と呼ばれ、お金儲けの縁起の神様として親しまれています。 

秩父事件と黒谷

 明治時代初め、自由民権運動が盛んになり、政府のデフレ政策で生糸相場の暴落・過重な税負担・高利の借金に苦しむ農民蜂起が全国各地でありました。明治17年、秩父では、農民に同情した名主・商店主・教師・役場の書記などが指導者となって、困民党と称し、総理・副総理・会計長・参謀長・大隊長などを決めるなど3,000名の組織的な反政府蜂起を起こしました。

 粥新田峠を越えて進軍してきた東京鎮台の軍隊によって蜂起は鎮圧され、総理の田代栄助は黒谷に潜んでいるところを逮捕されます。
 ハイキング途中、定峰の里で出会った年配の女性に秩父事件について尋ねると、田代栄助が親戚筋であること、直系の子孫が健在であることを教えていただきました。秩父事件については学校で習ったとのこと・・・127年たった現在でも困民党が地元の方の記憶に生きていることに感動しました。
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