新宿少数民族の声

国際ビジネスに長年携わった経験を活かして世相を論じる。

実はこれも訂正版です

2016-03-05 08:56:58 | コラム
あれほどみっともなく情けない負け試合を初めて見た:

4日夜は惨めな思いで、最後まであの中国に無残に負けてしまった日本女子のサッカー代表の試合を見ていた。私は数多くの彼女らの試合をテレビ観戦したが、あれほど何の内容もない低次元のサッカーをやるとは予想出来ていなかった。昨夜も芸人たちの言葉に言う「出待ち」とでも言うのだろうか、スタンド下で待っている選手たちの表情に何らの緊張感も見えなかったところで「これでは駄目だ」と結果が閃いてしまった。

3試合もして一つも勝てなかった原因は多々あるが、それらを思い出すままに順序不同で並べていこう。私はこのままで行けば、遙か格下に見えるベトナムが相手でも良い勝負をしてしまうのではと密かに危惧しているほど彼女らの出来が悪いのだ。

(1)選手起用:
先ずは佐々木監督の選手起用を。出待ちのところで川澄、石清水の顔が見えないのには驚かされた。有吉もいなかったのは納得だが、私はこの試合にはW杯優勝時のものを全部使えと言っておいたはずだった。それなのに、田中、中島、川村という私が低評価する者たちを出してきた起用法には大いなる疑問を感じた。解説者は「攻めるしかないので守備力に優れた岩清水を・・・」などとしたり顔(見た訳ではないが)で言っていたが、故障でもない限り彼女を外す理由はないと思った。

その結果が、最初の失点の原因となった川村と阪口の呼吸が合っていなかった無用な横パスとなって現れてしまった。これはこの度の3試合全部を通じて見えた現象で、自分で裁こうとせずに安易に後ろ乃至は横にいる味方に責任逃れのパスを出し、それを相手方に「待ってました」とばかりに狙われていた。あの後方への無責任なパスを蹴っただけでも川村の起用は大なる監督の采配の失態で、あの場で即刻岩清水に替えてもおかしくはなかった。

実は、起用の誤りには横山も加えておきたかったが、彼女は他の10人と比べれば最も真摯敢闘したので、その顔ぶれからは外しておいたのだった。それは彼女の実力と言うよりも、中国も韓国もそのマークの主力を大儀見に置きほぼ徹底的に封じたので、その分横山が自由に動け、仮令流れの中からではなくても貴重なシュートを決めたので失敗ではなかったことにした次第だ。

(2)意思疎通の欠如:
選手間の連携がなっていなかったこと。これはW杯優勝メンバー以外に既に指摘した二線級を使った為に全く意思の疎通がなっておらず(カタカナ語にすれば「コミュニケーションがとれておらず」でこの方が解り良くはないかと懸念する)パスのタイミングが悪いし、パスの質も精度も低く(受け手の進行を止めるような粗雑なパスという意味も含めて)、受け手が相手のゴールの背を向けざるを得ないような無茶な縦パスばかりで、トラッピングの悪さを引き立ててしまうパスばかりという具合だった。

(3)宮間の空回り:
遺憾ながらこれも目立った。あれほどの名手でも試合の雰囲気があれほど悪く、勝たねばならないという責任感と緊張感に振り回された為か、パスの精度が通常の宮間からは考えられないほど低く、コーナーキックも信じられないほど粗雑だったのには寧ろ驚かされていた。自分が何とかせねばならないとの責任感の重圧に負けたとしか考えられなかった。主将があの有様では他は推して知るべしで、阪口も何時もの彼女ではなく、単なる11人の1人に過ぎず、全く効いていなかった。

(4)大儀見が封じられた:
アナウンサーすら喚いたようにほとんど「前を向いて」という状態でキープ出来たことがなく、トラッピングの悪さだけが目立つ状態に終始した。彼女自身が認めていたように横からこれという球(現在は「クロス」と言い昔は「センタリング」)が入ってこないのでは、持っていたはずの力の10%も出せずに終わった。要するに彼女も宮間も十分に研究されて、相手方は「ここさえ封じれば」とかかってきたのだろう。

(5)意思統一が出来ていない:
澤穂希がこの問題点を指摘していたが、その通りだと思う。その点は既に指摘した次元が低い二線級を入れたので、W杯優勝時の者たちの考えに合わせることが出来ていなかった形となって現れたこともあるが、全体的に見て「何としても勝ってやろう」とか「焦ることはない。未だ時間があるので何とかしてみせる」という類いの気迫が全く感じられなかった。あるいは「また今日も駄目か?」といったような諦めに似た感覚があったのかとすら疑った。

以上のように悪かったところだけを並べ立てた。残念ながらいくら冷静になってみようと思っても、褒めてあげたい者も、そういう場面もなかった。兎に角3試合で3点しか取れず、それも流れの中で綺麗な形で取れたものがなかったのは如何に意思統一もなく、選手間の連携が出来ていなかったことを悲しいほど示していた。

ここで、私独特の裏を読めば、佐々木監督は端からこの予選突破を諦めており、二線級で世代交代を計って無理を承知でW杯優勝時の者たちを下げてまで大試合を経験させていたのではなかったのかということ。産経は「佐々木監督はこの予選終了後に引退」とまで言っていたではないか。



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