新宿少数民族の声

国際ビジネスに長年携わった経験を活かして世相を論じる。

5月9日 その2 アメリカの対中国の貿易摩擦への懸念

2019-05-09 14:46:41 | コラム
「アメリカファースト」の前には何物もないのか:

矢張りというか何と言うべきか、中国側はトランプ大統領の10日からの関税率を25%に引き上げるとの方針に対して、「応戦する」旨の対抗策を公表した。この点は諸国では既に織り込み済みというか怖れていたようであって、株安となって現れていた。

私は以前から述べてきたことで「トランプ大統領というかアメリカが中国を早い機会に叩いておかれることは支持する」のである。その点は華為を5G等の関連で締め上げておかれるのにも異議は唱えない。だが、多くのエコノミストや専門家や評論家は「アメリカの対中国の通商問題が悪化し交渉が長引けば長引くほど、世界全体の景気と経済に悪影響を及ぼす」との懸念を表明していた。そして、トランプ大統領は一旦は話し合いを落ち着かせると言ってはおられたが、今回は中国側に背信行為があったということで25%への引き上げという言わば報復処置を講じられたようだ。

私はこの両国間の争いが我が国にも好ましくない影響を与えると考えていたので、その点を昨8日に大要下記のように表明してあった。

トランプ大統領は「アメリカファースト」というスローガンを打ち出された以上、今後とも方針に変更がないだろう。だが、私はトランプ大統領はその政策が世界全体の景気の動向や経済に如何なる影響を与えるかに何処まで配慮されるのか」が気懸かりなのだ。恐らく、トランプ大統領は再選を目指しておられる以上、公約である「貿易赤字削減」を推進し続けられるだろう。その他にも輸出を増やせという旗も振られるだろう。しかしながら、その貿易赤字削減は予定されたほどには進捗していないのが実体なのである。

だが、私はもしかするとトランプ大統領の赤字削減策が功を奏した時には、中国、メキシコ、ドイツ、我が国といったような諸国が対アメリカ輸出が減少した結果で不況に襲われ、アメリカからの輸入を受け付けられるような景気を維持できていない状態になってしまっているのかも知れないと、密かに懸念しているのだ。重ねていえば、アメリカはそこまでに思いを致して関税率の引き上げを続行しようというのかという素朴な疑問である。我が国には既に来るかも知れない景気の低迷に備えて、消費税率の10%への引き上げの延期を提案しているエコノミスト出てきている。

昨日も指摘したことだが、上記の私如きの懸念が私だけの杞憂に終わって、アメリカによる中国叩きが速やかに進行していけば良いがと願っている。


記者の心ない質問を責める

2019-05-09 09:51:37 | コラム
大津市における悲しい交通事故:

昨日の大津市における散歩中の保育園児が信号待ちしているところに事故を起こした軽自動車が突っ込んで多数の死傷者を出した事故は、「何故多くの場合に事故車は今回のように保育園児や小学校制の列に突っ込んでしまうのか」と、何とも言いようがない悲しい気持ちにさせられた。と言うのも、我が家では貰い事故で命を落とした父を始めとして、時系列では矢張り貰い事故で会社復帰に2年を要した弟、アメリカでの貰い事故で復帰に半年かかった私という具合で、男子全員が交通事故の被害者なのであるから、その辛さや悲しさや苦しみが良く解るのだ。

私が呆れ果てのが、保育園側(なのか、マスコミの要求か知らないが)が催した記者会見で、心ない記者が放った質問だった。聞き違いでなければ「散歩をさせる際にあの交差点の危険性を考慮していなかったのか」と言っていた。あの保育士さんたちと保育園児たちは完全な貰い事故だろう。彼らが信号を無視して交差点内に入っていた様子などない。普通は「この交差点では事故車が突っ込んで来るかも知れない」というように配慮する人などいないと思う。

我が家の例を挙げれば、弟の場合は深夜に国道(だったと思うが)で反対車線から飲酒運転、中央線突破、免許証不携行のアメリカ人兵士の運転にぶつかられて、助手席にいた彼がその衝撃で目の前のダッシュボードに顔面をまともにぶつけて生命の危機となった重症を負ったのだ。言わば「10対0」の貰い事故で、当然全ての補償は貰ったが、彼に言わせれば「会社復帰に2年を要した。これは金銭で済むような損害ではなかった」そうだ。貰い事故などは予期不可能だし、避けようもないのだ。そんなことを言えば、世界中で安心して歩いていられる場所などないことになると言いたいほど失礼千万な質問だと思った。

私も弟も車の免許は取ろうとしたこともない。私の場合にはシアトルの郊外でお客様をご案内してホテルに入るべく左折しようと、片側3車線の道路で一旦停止した。そこで反対側の2列のドライバーが止まって「行け」と合図したので運転していた上司が左折した。すると、3列目を走ってきた女性は左折車が来るとは知らずに50 kmの速度で走ってきて、後部座席の右側に座っていた私の右側のドアに「ドカーン」と当たってきたのだった。この場合でも記者のあの質問は「3列目が来るとは思っていなかったのか」と詰問しているのと同じではないか。

経験上からも言えるのだが、歩行者が交通事故の被害者になってしまう場合には「この場所は危険だ」などと予め解っていることなどあり得ないと思っている。ましてや、多くの幼児を散歩に連れ出す保育士さんたちは十分に注意をされているだろう。だが、目の前で直進車と右折車が衝突して自分たちが信号待ちしていた場所に突っ込んで来るとまでは予知されていたはずはあるまいと思う。貰い事故に遭われたのは不可抗力ではなかったのか。

思うにあの質問をした記者は自分で貰い事故の経験もないだけではなく、何が何でも保育園側に責任があったかの如くに持っていきたかったのではないかと疑う。実に心なき記者だと言いたい。亡くなった2人のご冥福を祈りたい。