【掲載日:平成22年3月30日】
佐保川の 小石踏み渡り ぬばたまの
黒馬来る夜は 年にもあらぬか
坂上郎女 眼が輝いている
〈あの 当世一の美男 麻呂さま
いま 権勢の不比等様 四男
どこで 私の名など
戯れかしら
私も 大伴家も 捨てたものでは ないのね〉
むし衾 柔やが下に 臥せれども 妹とし寝ねば 肌し寒しも
《暖かな 布団で寝ても 肌寒い お前と一緒 寝てへんからや》
―藤原麻呂―〈巻四・五二四〉
よく渡る 人は年にも ありといふを 何時の間にそも 我が恋ひにける
《辛抱して 一年逢わへん 彦星あるに 辛抱のできん 恋してしもた》
―藤原麻呂―〈巻四・五二三〉
小躍りの郎女 隠せぬ喜びを 歌にする
佐保川の 小石踏み渡り ぬばたまの 黒馬来る夜は 年にもあらぬか
《佐保川渡り あんた黒馬乗り 来るのんは 毎夜ずっとの 年中欲しで》
―大伴坂上郎女―〈巻四・五二五〉
千鳥鳴く 佐保の川門の 瀬を広み 打橋渡す 汝が来と思へば
《千鳥鳴く 佐保の川の瀬 広いんで うち橋作る あんた来るなら》
―大伴坂上郎女―〈巻四・五二八〉
逢瀬重なり 郎女の 訝り心 本気心に
千鳥鳴く 佐保の河瀬の さざれ波 止む時もなし 我が恋ふらくは
《千鳥鳴く 佐保の川瀬の 細波みたい 寄せる思いが 止まれへんがな》
―大伴坂上郎女―〈巻四・五二六〉
娘子らが 玉櫛笥なる 玉櫛の 神さびけむも 妹に逢はずあれば
《美しい 櫛箱みたい 上等な 人間なって仕舞う 逢わんかったら》
―藤原麻呂―〈巻四・五二二〉
佐保河の 岸のつかさの 柴な刈りそね ありつつも 春し来らば 立ち隠るがね
《佐保川の 土手に生えてる 草刈らんとき そしたなら 春来たときに 隠れ逢えるで》
―大伴坂上郎女―〈巻四・五二九〉
出でて去なむ 時しはあらむを 故に 妻恋しつつ 立ちていぬべしや
《帰るんは 頃合いあるで 奥さんが 恋しなったて 言う人あるか》
―大伴坂上郎女―〈巻四・五八五〉
〈あんなことを おっしゃって
冗談だわ 冗談に違いない
私を 構っているのね
これも 愛情の裏返し
・・・きっと〉