【掲載日:平成22年5月11日】
大夫の 高円山に 迫めたれば
里に下り来る むざさびそこれ
宮中の見知りの女官から 便りが届く
《光明皇后お付きの女官
賀茂神社 四月第二の酉祭礼に赴く手筈
誼繋ぎの好機とするは如何》
予ねての手配が 功を奏す
お付き女官は 郎女かつて参内の懇意
渾身の作を 言づける
橘を 屋前に植ゑ生し 立ちてゐて 後に悔ゆとも 験あらめやも
《高級な 橘庭に 植えたんで 上手育てな 悔いが残るで》
吾妹子が 屋前の橘 いと近く 植ゑてし故に 成らずは止まじ
《貴女はん 植えた橘 うち身近 きっと一緒に 実のらせましょや》
―大伴坂上郎女―〈巻三・四一〇~一〉
昨天平八年〈736〉十一月
臣籍降下を許され 橘宿禰の氏姓称し
橘諸兄となった 葛城王への 献歌である
宿願を終え 郎女の足は 近江を目指す
近江
かの壬申の乱で 敗れた近江朝旧都
この乱で 逼塞大伴家が 息を吹き返した
吹負 馬来田 御行 安麻呂の活躍である
今またも 衰運漂う 大伴家
これの 立て直しに力をと
乱ゆかりの湖水に 盛運を祈願すべく
手向の山の峠を越える
木綿畳 手向の山を 今日越えて いづれの野辺に 廬せむ我れ
《木綿布を 畳み手向ける 手向け山 越えて泊まりは どこの野辺やろ》
―大伴坂上郎女―〈巻六・一〇一七〉
余勢を駆っての 策は続く
昔の 首皇子との縁を頼りに
聖武帝へと里苞に思いを託す
あしひきの 山にしをれば 風流なみ 我がする業を とがめたまふな
《山里で 無粋な暮らし してるんで つまらん物で 御免なさいね》
―大伴坂上郎女―〈巻四・七二一〉
にほ鳥の 潜く池水 情あらば 君に我が恋ふる 情示さね
《にほ鳥の 潜る水さん 知ってたら うちの気持ちを 天皇に伝えて》
外に居て 恋ひつつあらずは 君が家の 池に住むといふ 鴨にあらましを
《宮中の 外で恋しと 思うより 天皇住む池の 鴨なりたいな》
―大伴坂上郎女―〈巻四・七二五~六〉
やがてのこと
郎女に 高円の野の遊猟の誘いが届く
大夫の 高円山に 迫めたれば 里に下り来る むざさびそこれ
《狩勇士が 高円山で 追うたので 里逃げ下りた むささびやこれ》
―大伴坂上郎女―〈巻六・一〇二八〉
郎女の快哉 歌に滲み出る