家待・越中編（二）（15）下（した）照（で）る道に

【掲載日：平成23年6月14日】

春の苑その　紅くれなゐにほふ　桃の花　下した照でる道に　出で立つ娘子をとめ


越こしは　四年目の春を　迎えた
天平　勝宝二年〔750〕
思えば　
病やみ伏ふせの春　
「大黒おおくろ」・池主・長歌失くしの春
池主諫言かんげんにより　一年の歌停止ちょうじが解とかれたは　
昨年　の春であった

〔　今年の春の　穏やかなこと
　なん　と　心躍る　春であることか〕

春　三月を迎え　短日たんじつの連作
その　歌は　新しい気に満ち
どこか　都みやこ風情ふぜいが漂ただよう
大嬢おおいらつめが　運んで来きしか

【三月一日　暮れ】春の苑の桃もも李すももの花見て　二首
春の苑その　紅くれなゐにほふ　桃の花　下した照でる道に　出で立つ娘子をとめ
《春はる苑そので　紅あこうに映はえる　桃の花　その下道したみちに　立つ乙女児おとめごよ》
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　―大伴家持おおとものやかもち―〔巻十九・四一三九〕
我が苑の　李すももの花か　庭に降ふる　はだれのいまだ　残りたるかも
《庭散るは　李すももの落花はなか　降ふっとった　雪が斑まだらに　残っとるんか》
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　―大伴家持おおとものやかもち―〔巻十九・四一四〇〕

【　　〃　　夜】飛び翔かける鴫しぎを見て
春設まけて　もの悲がなしきに　さ夜更ふけて　羽振はぶき鳴く鴫しぎ　誰たが田にか棲すむ
《春なって　物憂ものうい夜よるに　羽ばたいて　鳴いてる鴫しぎは　何処どこの田やろか》
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　―大伴家持おおとものやかもち―〔巻十九・四一四一〕

【　三月二日】柳を折取り　都偲んで
春の日に　萌はれる柳を　取り持ちて　見れば都の　大路おほぢし思ほゆ
《春の日に　芽吹く柳を　眺めたら　奈良の大路おおじの　柳懐なつかかし》
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　―大伴家持おおとものやかもち―〔巻十九・四一四二〕

【　〃　】堅香子草かたかごを折取りて
物部もののふの　八十やそ娘子をとめらが　汲くみ乱まがふ　寺井てらゐの上うへの　堅香子かたかごの花
《乙女らが　多数よけ集まって　水を汲む　湧水わきみず場所に　咲く堅香子かたかごよ》
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　―大伴家持おおとものやかもち―〔巻十九・四一四三〕

【　　〃　】帰る雁を見て　二首
燕つばめ来る　時になりぬと　雁がねは　本郷くに偲しのひつつ　雲隠がくり鳴く
《燕つばめ来る　季節なったと　雁の奴　故郷くにを偲しのんで　雲中なか鳴くよ》
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　―大伴家持おおとものやかもち―〔巻十九・四一四四〕
春設まけて　かく帰るとも　秋風に　黄葉もみちの山を　越え来こざらめや
《春になり　帰って仕舞もても　秋風の　黄葉もみじの山を　越えまた来るで》
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　―大伴家持おおとものやかもち―〔巻十九・四一四五〕