【掲載日:平成23年4月日】
あしひきの 山は無くもが
月見れば 同じき里を 心隔てつ
越前国の掾 池主から 便りが届く
《先日のお便り
「独り 晩春の名残りを惜しみ
いつの日か 共の楽しみを」拝見
たまさか 公用にて 国境に参り
北の方 守殿おられる 越中国府 望み
遭いたさ頻り 懐かしさ込み上げ
矢も楯も堪らず 文送る次第
意尽くせませぬが お読み下されたく》
月見れば 同じ国なり 山こそば 君が辺を 隔てたりけれ
《月見たら どこも同じ 国やのに あんた居るとこ 山隔てとる》
―大伴池主―〔巻十八・四〇七三〕
桜花 今ぞ盛りと 人は言へど 我れは寂しも 君としあらねば
《桜花 今盛りやと 皆言うが あんた居らんで わし寂しいわ》
―大伴池主―〔巻十八・四〇七四〕
相思はず あるらむ君を あやしくも 嘆き渡るか 人の問ふまで
《こっち程 思ても居らん 守殿やのに なんで恋しと 皆聞くんやで》
―大伴池主―〔巻十八・四〇七五〕
【天平二十一年三月十五日】
《追伸
先の便りによりますと
昨年四月 上皇お亡くなりの後 略一年
歌作り 停止とのこと
また 我輩 越前転任この方 長歌無作とか
そこここ お気持ち 察するものの
歌作りは 守殿が天職
かつての 漢詩遣り取りの折
「とても 人麻呂殿 赤人殿には 及びつかず」
との 申され条 我輩 かねて不承知
守殿こそ ご両所を継ぐに相応しい歌詠み
いや むしろ はるか凌ぐと 思うにより
何卒の 歌作り再開を
凡夫の 申すところではありますれど
お聞き入れの段 伏して願う次第》
〔それほどまでに この家待 買うてくれるか
友なればこその 諫言 無碍には出来ぬな〕
家持は ようやくに 重い筆を執る
あしひきの 山は無くもが 月見れば 同じき里を 心隔てつ
《この山が 無いと良えなあ 月見たら 同じ里やに 思い届かん》
―大伴家持―〔巻十八・四〇七六〕
我が背子が 古き垣内の 桜花 いまだ含めり 一目見に来ね
《あんた居た 元の屋敷の 桜花 今蕾やで 見に来えへんか》
―大伴家持―〔巻十八・四〇七七〕
恋ふといふは えも名付けたり 言ふ術の たづきも無きは 我が身なりけり
《「恋しい」は 良え言の葉や その他は 思い付かんわ わしの気持は》
―大伴家持―〔巻十八・四〇七八〕
三島野に 霞たなびき しかすがに 昨日も今日も 雪は降りつつ
《三島野に 霞棚引く 春やのに 昨日も今日も 続いて雪や》
―大伴家持―〔巻十八・四〇七九〕
【三月十六日】
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