【掲載日:平成24年6月19日】
蛙鳴く 六田の川の 川柳の ねもころ見れど 飽かぬ川かも
旅に出たなら 日暮れが寂し
月がせめても 慰の友か
吉野川水 激ちて澄みて
常時も見飽きん 歌旅心
【筑波山に登りて月を詠む】
天の原 雲なき宵に ぬばたまの 夜渡る月の 入らまく惜しも
《見上げたら 雲無い空が 広がるに 月沈むがな 惜しいでほんま》
―作者未詳―(巻九・一七一二)
【吉野離宮行幸時の歌】
滝の上の 三船の山ゆ 秋津辺に 来鳴き渡るは 誰れ呼子鳥
《三船山 秋津向こうて 飛ぶ鳥は 誰呼ぶんやろ あの呼子鳥》
―作者未詳―(巻九・一七一三)
落ち激ち 流るる水の 岩に触れ 淀める淀に 月の影見ゆ
《迸り 流れる水が 岩当たり 作った淀み 月映ってる》
―作者未詳―(巻九・一七一四)
【近江の川?】
三川の 淵瀬もおちず 小網さすに 衣手濡れぬ 干す児は無しに
《三川の 淵にも瀬にも 叉手網張って 袖濡らしたで 干す児居らんに》
―春日蔵首老―(巻九・一七一七)
【近江?】
照る月を 雲な隠しそ 島陰に 我が舟泊てむ 泊り知らずも
《照る月を 雲隠しなや 島陰に 船泊めるんに 場所分らんぞ》
―春日蔵首老―(巻九・一七一九)
【吉野の歌】
馬並めて うち群れ越え来今日見つる 吉野の川を 何時かへり見む
《馬並べ 皆で越え来て 今見てる この吉野川見るん 次ぎ何時やろか》
―元仁―(巻九・一七二〇)
苦しくも 暮れゆく日かも吉野川 清き川原を 見れど飽かなくに
《ああ今日が 暮れて仕舞うで 吉野川 澄んだ川原 まだ見飽きんに》
―元仁―(巻九・一七二一)
吉野川 川波高み 滝の浦を 見ずかなりなむ 恋しけまくに
《吉野川 波高いんで 滝の浦 見られへんがな 悔しいことに》
―元仁―(巻九・一七二二)
蛙鳴く 六田の川の 川柳の ねもころ見れど 飽かぬ川かも
《河鹿鳴く 六田の川の 川柳根の (懇ろ見ても)なんぼ見てても 飽けへん川や》
―絹―(巻九・一七二三)
見まく欲り 来しくも著く 吉野川 音の清けさ 見るに羨しく
《是非見とて 来たらほんまや 吉野川 瀬音清よらや 見て見飽きんわ》
―嶋足―(巻九・一七二四)
古の 賢しき人の 遊びけむ 吉野の川原 見れど飽かぬかも
《その昔 偉いお方が 遊ばれた 吉野川原は なんと見事や》
―麻呂―(巻九・一七二五)
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