【掲載日:平成22年11月5日】
秋の野に 咲ける秋萩
秋風に 靡ける上に 秋の露置けり
新京での 独り暮らし
旧都となった 平城が懐かしい
大嬢との文の遣り取り
それでも 癒しきれない鬱心
ふと 見つけし 紀郎女
撚り戻し策との 相聞送付
奇遇出合いの 宮中振られの娘子
千載一遇 今ぞの誘い
悉くに 敗れ去り
家持は 天平十五年〈743〉の 秋を迎えていた
〈友は 男が良い 女は もうこりごり〉
同じ内舎人 石川広成
権勢とは縁遠い 立ち居振る舞い
父を 故文武天皇とし
聖武帝の兄に当たると謂うも
当人は 首を振る
家人に 恋過ぎめやも かはづ鳴く 泉の里に 年の経ぬれば
《泉川 蛙鳴く里 長う居て 家に居る人 恋しいこっちゃ》
―石川広成―〈巻四・六九六〉
そんな 広成に 家持は 親近感を覚えていた
今日も 独り身の遊びに 創りし歌を 広成へ
秋の野に 咲ける秋萩 秋風に 靡ける上に 秋の露置けり
《秋の野に 咲く秋萩は 秋風に 靡く花先 秋露置いとおる》
―大伴家持―〈巻八・一五九七〉
さ男鹿の 朝立つ野辺の 秋萩に 珠と見るまで 置ける白露
《男鹿の 朝立つ野原 咲く秋萩に 白露置いて まるで珠やで》
―大伴家持―〈巻八・一五九八〉
さ男鹿の 胸別にかも 秋萩の 散り過ぎにける 盛りかも去ぬる
《男鹿が 分け通ったで 散ったんか 秋萩の盛りが 過ぎたんやろか》
―大伴家持―〈巻八・一五九九〉
広成からは 準えた返しが来る
妻恋ひに 鹿鳴く山辺の 秋萩は 露霜寒み 盛り過ぎ行く
《連れ求め 鹿鳴く山の 秋萩は 露霜寒て 盛り終わるで》
―石川広成―〈巻八・一六〇〇〉
めづらしき 君が家なる はな薄 穂に出づる秋の 過ぐらく惜しも
《風情ある あんたの家の 薄花 穂ぉ出る秋が 去て仕舞う惜しい》
―石川広成―〈巻八・一六〇一〉
広成の歌を得て家持 独りを託って詠う
山彦の 相響むまで 妻恋ひに 鹿鳴く山辺に 独りのみして
《山彦が 谺するまで 連れ呼んで 鹿鳴く山に わし独りやで》
―大伴家持―〈巻八・一六〇二〉
この頃の 朝明に聞けば あしひきの 山呼び響め さ男鹿鳴くも
《今頃の 夜明け男鹿の 声聞くと 山響かして 鳴いとおるがな》
―大伴家持―〈巻八・一六〇三〉