【掲載日:平成22年6月8日】
我が屋外の 萩花咲けり 見に来ませ
いま二日だみ あらば散りなむ
場数踏んだ 家持
少し駆け引きを覚えた
掛け持ち恋に 浮き身をやつす
我が背子を 相見しその日 今日までに 我が衣手は 乾る時も無し
《逢い引きの 日から今日まで ご無沙汰や うちは涙で 袖ぐしょ濡れや》
―巫部麻蘇娘子―〈巻四・七〇三〉
栲縄の 永き命を 欲りしくは 絶えずて人を 見まく欲りこそ
《永遠までの 命欲しいと 思たんは ずっとあんたと 居てたいからや》
―巫部麻蘇娘子―〈巻四・七〇四〉
我が屋外の 萩花咲けり 見に来ませ いま二日だみ あらば散りなむ
《家の庭 萩が咲いたで 見においで 二日もしたら 散ってしまうで》
―巫部麻蘇娘子―〈巻八・一六二一〉
誰聞きつ 此間ゆ鳴き渡る 雁がねの 嬬呼ぶ声の 羨しくもあるか
《連れ呼んで 鳴き飛ぶ雁が 羨まし 誰かさんかて 聞いたん違うか》
―巫部麻蘇娘子―〈巻八・一五六二〉
聞きつやと 妹が問はせる 雁が音は まことも遠く 雲隠るなり
《聞いたかと あんた訊ねる 雁の声 雲に隠れて 聞こえんかった》
―大伴家持―〈巻八・一五六三〉
秋づけば 尾花が上に 置く露の 消ぬべくも 吾は 思ほゆるかも
《秋来たら すすき置く露 消える様に うちの命も 消えそに思う》
―日置長枝娘子―〈巻八・一五六四〉
我が屋外の 一群萩を 思ふ児に 見せずほとほと 散らしつるかも
《家の庭 群れ咲く萩を 愛し児に 見せず大方 散らしてしもた》
―大伴家持―〈巻八・一五六五〉
つれない心の 返し歌
家持は 自信を深めていた
〈これこれ これぞ恋遊び
我ながら うまくなったものだ〉
坂上郎女の 苛々は募る
〈大伴家を思う 私の心根
わからぬ家持であるまいに
分不相応な 娘相手に 手当たり次第〉
坂上郎女から 謎めいた文が届く
《家持殿 今少し 美味を食すと 思うたが 如何物食いとは 恐れ入る》