【掲載日:平成22年2月23日】
明日香河 川淀さらず 立つ霧の 思ひ過ぐべき 恋にあらなくに
赤人は 明日香の地にいた
歌の祭神が 呼んだに違いない
ここは 柿本人麻呂 その人の行住坐臥の地
三諸の 神名備山に 五百枝さし 繁に生ひたる つがの木の いや継ぎ継ぎに
玉かづら 絶ゆることなく ありつつも 止まず通はむ 明日香の 旧き京師は 山高み 河雄大し
《神名備山に 生えとおる 枝次々と 生やす栂 蔓長々と 伸ばす蔦
次々長々 通いたい 旧い都の 明日香宮 山は高こうて 河広い》
春の日は 山し見がほし 秋の夜は 河し清けし 朝雲に 鶴は乱れ 夕霧に 河蝦はさわく
見るごとに 哭のみし泣かゆ 古思へば
《春の日ィには 山見たい 秋の夜には 河清い 朝立つ雲に 鶴飛んで 夕霧立つと 蛙鳴く
こんな景色を 見る度 しきりと泣けて しょうがない 昔栄えた この都》
―山部赤人―〔巻三・三二四〕
明日香河 川淀さらず 立つ霧の 思ひ過ぐべき 恋にあらなくに
《立ち淀む 明日香の川の 霧みたい ずっと思うで 旧宮への恋》
―山部赤人―〔巻三・三二五〕
〔古い都は好い 山に 川に 歌が宿って居る〕
〔おお ここは 藤原不比等殿の 屋敷跡
その昔 お世話になったこともあった
全ては 古に なってしまうのか〕
古の ふるき堤は 年深み 池のなぎさに 水草生ひにけり
《昔見た 古い堤は 年経たで 池に水草 生えてしもてる》
―山部赤人―〔巻三・三七八〕
赤人は 人麻呂に報告する
〔歌跡を辿ってきました
ここ 明日香が あなたの 心の在り所
人移り 世移り あなたと同じに詠えません
でも 私なりの 景の歌
景に 胸の内を秘め 詠えるようになりました
人麻呂様の 足許 寄れた心地が致します〕
歌は 誰に詠うでなく 己の心に詠う
そのことを知った 赤人であった