■日めくり万葉集Vol・２（243)出でて行きし

ＮＨＫ教育ＴＶで「日めくり万葉集」第２弾が始まりました。
平日の午前中ということで　勤めの方は　見る機会に恵まれません。
また　見落とされた方も　居られるやも知れません。
そこで　ここで取り上げて　訳し・「みじかものがたり」を　掲載したく思います。
ご覧下さい。

【三月十五日】放映分
出でて行きし　日を数へつつ　今日けふ今日けふと　我あを待たすらむ　父母ちちははらはも
《出てからも　今か今かと　指折って　待ってるやろな　お父とうとお母かあ》
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　―山上憶良やまのうえのおくら―（巻五・八九〇）


【万葉歌みじかものがたり】《都みやこを見むと》

肥後国ひごのくに益城郡ましきのこおりの国司の使い　
筑前国府へ突然の訪おとない
相撲使すもうづかいとして　都上のぼりの途上　
若い従者　大伴君熊凝おおとものきみくまこり急死
親元　への　急ぎ使いに　馬をとの要請
一部始終を聞き　熊凝くまこりの心を　思い遣やる　憶良

うち日さす　宮へ上のぼると　垂乳たらちしや　母が手離はなれ　常つね知らぬ　国の奥処おくかを　百重山ももへやま　越えて過ぎ行き　何時いつしかも　都みやこを見むと　思ひつつ　語らひ居をれど　
《花の都へ　行くんやと　恋しお母かんと　別れ来て　知らへん国の　奥深う　山を多数なんぼも　越えて来て　その内都みやこ　見られると　言ゆうて皆みんなと　来たけども》
己おのが身し　労いたはしければ　玉桙たまほこの　道の隈廻くまみに　草手折たをり　柴取り敷きて　床とこじもの　うち臥こい伏ふして　思ひつつ　嘆き伏ふせらく　
《折り悪る病気　なって仕舞もて　道端傍そばで　草や柴　敷いて作った　仮の床とこ　倒れ伏し寝て　あぁあ言て　横なったまま　思うんは》
国に在らば　父取り見まし　家に在らば　母取り見まし　世間よのなかは　かくのみならし　犬いぬじもの　道に臥ふしてや　命いのち過すぎなむ
《故郷くにに居おったら　お父とっあん　家居おったなら　おっ母かさん　枕そば来て　看取みとるのに　儘ままにならんと　道の傍はた　ここで死ぬんか　犬みたい》
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　―山上憶良やまのうえのおくら―（巻五・八八六）

たらちしの　母が目見ずて　欝おほほしく　何方いづち向きてか　我あが別るらむ
《母かあちゃんに　会わんと逝いくか　鬱々うつうつと　何処どこどないして　行ったら良えんや》
常知らぬ　道の長手ながてを　くれくれと　如何いかにか行かむ　糧かりては無しに
《行ったこと　無ない道続く　あの世旅　食糧めしも持たんと　どないに行くか》
家に在りて　母が取り見みば　慰むる　心はあらまし　死なば死ぬとも
《家居おって　お母かん看取みとって　くれるなら　例え死んでも　悔くやまへんのに》
出でて行きし　日を数へつつ　今日けふ今日けふと　我あを待たすらむ　父母ちちははらはも
《出てからも　今か今かと　指折って　待ってるやろな　お父とうとお母かあ》
一世ひとよには　二遍ふたたび見えぬ　父母ちちははを　置きてや長く　我あが別れなむ
《この世では　もう会われへん　父ととと母かか　残して逝いくか　あの世へひとり》
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　―山上憶良やまのうえのおくら―（巻五・八八七～八九一）

子煩悩こぼんのう憶良に　他人ひとの身とも思えぬ　痛みが走る
―　――――――――――――――
【大伴君熊凝おおとものきみくまこりの歌二首】
国くに遠き　道の長手ながてをおほほしく　今日けふや過ぎなむ　言こと問どひもなく
《故郷くに遠とおに　来た道中どうちゅうで　心細さみしいに　今日死ぬのんか　親声こえ聞かんまま》
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　―麻田陽春あさだのやす―（巻五・八八四）
朝露あさつゆの　消けやすき我あが身　他国ひとくにに　過ぎかてぬかも　親の目を欲ほり
《朝露つゆみたい　消えて仕舞まうんか　旅たび空ぞらで　死ぬに死ねんが　親逢あいとうて》
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　―麻田陽春あさだのやす―（巻五・八八五）



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■日めくり万葉集Vol・２（242)我がやどの

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【三月十四日】放映分

我がやどの　い笹ささ群むら竹　吹く風の　音のかそけき　この夕ゆふへかも
《庭の小藪やぶ　風音おとも無のう　吹き抜ける　この夕暮れの　寂さみしさ何や》
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　―大伴家持おおとものやかもち―（巻十九・四二九一）


【万葉歌みじかものがたり】《心こころ悲かなしも》

芽時どき　花時どき
暖あたたかさ増す　風は
人　の心を　浮き立たせる
しかし　　また
淀む霞は　気けだるさ呼び
物思い　　深める

（雪の内裏だいり
　あの快活かいかつ歌は　キリとした　寒さ故か
　　越の春
　身引き締まる寒さ　宿やどしていた
　　都の春
　この　物憂ものうさ
　　昔も　こうであったろうか）

付き合い強づよくなったと　思う家持
我慢　虚勢きょせいの歌詠よみが
知らずと　心蝕むしばみを　呼んでいた

一番の　気張はりは　仲麻呂様宴うたげ
睨にらまれせぬかの　警戒心ごころ
次いでは　奈良麻呂殿宴うたげ
誘い込まれせぬかの　用心心ごころ
橘諸兄もろえ様宴うたげは　気は許せるものの
度重たびかさねは　誰の目が光るやもの　気遣い心ごころ
かと言って　友同士宴うたげ　
心寄せ　何いずれにかの　猜疑さいぎ心ごころ

春の野に　霞たなびき　うら悲し　この夕ゆふ影かげに　鴬うぐひす鳴くも
《春の野に　霞靡なびいて　鶯の　声沁しむ宵よいや　沈む心に》
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　―大伴家持おおとものやかもち―（巻十九・四二九〇）

我がやどの　い笹ささ群むら竹　吹く風の　音のかそけき　この夕ゆふへかも
《庭の小藪やぶ　風音おとも無のう　吹き抜ける　この夕暮れの　寂さみしさ何や》
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　―大伴家持おおとものやかもち―（巻十九・四二九一）
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　【二月二十三日】

うらうらに　照れる春日はるひに　雲雀ひばり上がり　心こころ悲かなしも　独ひとりし思へば
《日ぃうらら　雲雀ひばり囀さえずる　春やのに　心弾はずまん　思い尽きんで》
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　―大伴家持おおとものやかもち―（巻十九・四二九二）
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　【二月二十五日】

沈み心　そのままを詠よみ
さら　なる底に　沈み込む
しかる後のちの
声殺しの　心内うち吟じが
鬱うつ散さんじ　となる
気付かずがまま　家持は会得えとくしていた




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■日めくり万葉集Vol・２（241)いざ子ども

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【三月十三日】放映分

いざ子ども　早く日本やまとへ　大伴おほともの　御津みつの浜松　待ち恋ひぬらむ
《さあみんな　早はよう日本やまとへ　帰ろうや　御津の浜松　待ってるよって》
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　―山上憶良やまのうえのおくら―（巻一・六三）


【万葉歌みじかものがたり】《士をのこやも》

今　でも　夢に見る
あの　御津みつの浜での　盛大な見送り・・・

難波なにわの津を出て　那なの津へ
そこ　からが　大変であった
出航　した船は　嵐に見舞われ　筑紫に戻り　
再度の船出は　翌年よくとし
忘れ　もせぬ　あの恐ろしい波の音　海の色・・・　
唐土もろこし　
むきだしの山肌　巻きあげる黄砂きいろずな　濁り水
大和　の　青い山　白い砂　清い流れを　
どん　なにか恋しく思うたことか

いざ子ども　早く日本やまとへ　大伴おほともの　御津みつの浜松　待ち恋ひぬらむ
《さあみんな　早はよう日本やまとへ　帰ろうや　御津の浜松　待ってるよって》
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　―山上憶良やまのうえのおくら―（巻一・六三）

あのとき　すでに四十二　若くはなかったが　　唐土もろこしへの遣つかいに列し　青雲の志こころざしに　燃えていた
しかるに　帰朝後に待っていたのは　十年余りの虚むなしい日々
その後　伯耆守ほうきのかみに任じられはしたが　
齢よわいは　五十七を数えていた
地方官の任務に耐え　一度は京みやこの職に着いたものの　
六十七の歳　筑前守ちくぜんのかみを命じられ　天離あまざかる鄙ひなへ

でも　　筑紫は　楽しかった
旅人たびと殿を中心とした　筑紫歌壇かだんが　懐なつかしい
旅人　殿は　赴任早々　奥方を亡くされたのだった
鬱々うつうつたる日々　せめてもの慰みにと　催された宴うたげの数々
七夕　の宴
梅花うめはなの宴
あのころの友　小野老おののおゆ　沙弥満誓さみまんせい・・・
みな　　遠くなった

筑前守　任解かれしは昨年きょねん
京みやこに戻れはしたが　もう　役目とてない
世を疎うとう　歌詠よみの日々が　過ぎて行った
今　病やまいを患え　この体ていたらくだ
藤原八束やつか殿が　川辺東人かわべのあずまひとをして　見舞いに寄こして下された
果報者かほうものよ　憶良　まだ　友が居いる
「見舞いの礼に　八束やつか殿に　この歌を
　憶良めは　まだまだ　死なぬと　お口添くちぞえを」

士をのこやも　空むなしくあるべき　万代よろづよに　語り続つくべき　名は立てずして
《丈夫ますらおと　思うわしやぞ　後のちの世に　名ぁ残さんと　死ねるもんかい》
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　―山上憶良やまのうえのおくら―（巻六・九七八）
天平　五年（733）
社会派歌人うたびとは　帰らぬ人となった　享年七十四




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■日めくり万葉集Vol・２（240)難波辺に

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【三月十二日】放映分
難波なには辺へに　人の行ければ　後おくれ居ゐて　春菜はるな摘む児こを　見るが悲しさ
《難波なにわへと　夫おっと行かして　残されて　一人春菜な摘つむ児　いじらし限り》　
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　―丹比屋主たじひのやぬし―（巻八・一四四二）

【万葉歌みじかものがたり】《散り　こすなゆめ》

春　の訪れ　告げるは梅ぞ
早よに綻ほころべ　寒閉じ蕾つぼみ
咲けばほんのり　温ぬくさも香る
連れて　来るのは　春告げ鳥か

含ふふめりと　言ひし梅が枝え　今朝けさ降りし　沫雪あわゆきに抗あひて　咲きぬらむかも
《もう咲くと　聞いてた梅は　今朝けさ降った　沫雪ゆきに負けんと　咲いたやろうか》
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　―大伴村上おおとものむらかみ―（巻八・一四三六）
霜しも雪ゆきも　いまだ過ぎねば　思はぬに　春日かすがの里に　梅の花見つ
《霜や雪　まだ消えんのに　ひょっこりと　春日かすがの里で　梅うめ花はな見たで》
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　―大伴三林おおとものみはやし―（巻八・一四三四）
霞立つ　春日かすがの里の　梅の花　山のあらしに　散りこすなゆめ
《春日かすが里　咲いた梅うめ花はな　山からの　強風あらし来たかて　散るんやないで》
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　―大伴村上おおとものむらかみ―（巻八・一四三七）

（老いて迎えた　春愛いとおしや
　　またの来る春　逢えるか梅に）

去年こぞの春　いこじて植ゑし　我がやどの　若木わかきの梅は　花咲きにけり
《去年きょねん春　植え移うつしした　庭先の　梅の若木わかぎに　花咲いたがな》
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　―阿倍広庭あべのひろにわ―（巻八・一四二三）
かくしつつ　在あらくを好よみぞ　たまきはる　短き命いのちを　長く欲ほりする
《こない為して　生き続けんが　嬉うれしいて　短い命いのち　長なご願ねがうんや》
（こない為して　咲く梅見るん　嬉うれしいて　短い命いのち　長なご願ねがうんや）
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　―阿倍広庭あべのひろにわ―（巻六・九七五）

（　霞棚引き　野山が呼ぶよ
　　今日のこの日の　春こそ遊べ）

時は今は　春になりぬと　み雪降る　遠とほ山やまの辺へに　霞棚引く
《もう春が　来きてるんやでと　雪残る　遠とい山霞　棚引いてるで》
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　―中臣武良自なかとみのむらじ―（巻八・一四三九）
霞かすみ立つ　野の上うへの方かたに　行きしかば　鴬うぐひす鳴きつ　春になるらし
《霞立つ　野山のやまの上に　行ったなら　鶯聞いた　山もう春や》
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　―丹比乙麻呂たじひのおとまろ―（巻八・一四四三）

（　春のうららに　顔出す春菜
　摘んでる児の背　うらら日び包む）

難波なには辺へに　人の行ければ　後おくれ居ゐて　春菜はるな摘む児こを　見るが悲しさ
《難波なにわへと　夫おっと行かして　残されて　一人春菜な摘つむ児　いじらし限り》　
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　―丹比屋主たじひのやぬし―（巻八・一四四二）




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■日めくり万葉集Vol・２（239)角島の

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平日の午前中ということで　勤めの方は　見る機会に恵まれません。
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【三月九日】放映分
角島つのしまの　瀬戸の若布わかめは　人の共むた　荒かりしかど　我れとは和海藻にきめ
《角つの島じまの　瀬戸の若布わかめは　皆みんなには　つんけんやけど　わしには懐なつく》
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　―作者未詳―（巻十六・三八七一）

【万葉歌みじかものがたり】《二つ　の石を》

予かね予がね　訪れたいとの思い　
やっと叶かのうて
今　憶良は　怡土郡いとのこおり深江村にいる
玄界灘　の向こう　
はるか　に　壱岐・対馬　
韓国からくには　霞かすみの向こうか

深江　の浜を望む　小高い丘に　それは　あった
大小　　径一尺を越す　二つの長丸石
往来の者　須すべからく　拝すという
那珂郡なかのこおり蓑島の　建部たけべ牛麿の言葉　そのままに

石いし守もりの古老の話に　憶良　筆を執とる
懸かけまくは　あやに畏かしこし　足日女たらしひめ　神の命みこと　韓国からくにを　向むけ平たひらげて　御心みこころを　鎮しづめ給ふと　い取らして　斎いはひ給ひし　真玉またまなす　二つの石を　世の人に　示し給ひて　万代よろづよに　言ひ継つぐがねと
《その名も高い　神功じんぐうの　皇后さんが　その昔　韓国からくに征伐いくさ　行く時に　心鎮しずめに　持ってくと　祀まつり祈った　二つ石　世の人々に　示されて　後々あとあとまでも　言い継げと》
海わたの底　沖つ深江の　海上うなかみの　子負こふの原に　御み手づから　置かし給ひて　神かむながら　神かむさび坐います　奇魂くしみたま　今の現をつつに　尊きろかむ
《ここの深江の　浜の上　海を望める　子負こふ丘に　手ずから祀まつる　神の石　年月としつき経たって　今見ても　なんと尊い　この石よ》
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　―山上憶良やまのうえのおくら―（巻五・八一三）
天地あめつちの　共ともに久しく　言ひ継つげと　此の奇魂くしみたま　敷かしけらしも
《　この話　ずうっとずっと　伝えよと　お置きになった　神宿り石》
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　―山上憶良やまのうえのおくら―（巻五・八一四）

一衣帯水いちいたいすい　
韓国からくにとの海峡は　
交易につけ　軍事につけ　船の行き交かった海
その昔　憶良を　唐もろこしへと運んだ海
憶良の　遥はるかな　昔
伝説が　伝える　鎮ちん懐石かいいしの置かれた小丘

憶　良の老いの眼が　海の向こうを見ている
―　――――――――――――――
この　旅で　憶良は　思わぬ収穫を得た
親しく　なった　古老
子負こふ原はら小丘　
ここ　訪れる諸国の人々
それから聞きし　伝えの民謡たみうた
これら何いずれも　民恋歌たみこいうた

紫むらさきの　粉潟こかたの海に　潜かづく鳥　玉潜き出でば　我が玉にせむ
《粉潟こがた海　潜もぐりの鳥が　真珠しんじゅ玉だま　採とって来たなら　わしのに仕様しょうか》
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　―作者未詳―（巻十六・三八七〇）

角島つのしまの　瀬戸の若布わかめは　人の共むた　荒かりしかど　我れとは和海藻にきめ
《角つの島じまの　瀬戸の若布わかめは　皆みんなには　つんけんやけど　わしには懐なつく》
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　―作者未詳―（巻十六・三八七一）





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■日めくり万葉集Vol・２（238)児らが家道

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児こらが家道いへぢ　やや間ま遠どほきを　ぬばたまの　夜よ渡る月に　競きほひあへむかも
《あの児家いえ　ちょっと遠いが　この月が　照ってる間まぁに　着けるやろうか》
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　―阿倍広庭あべのひろにわ―（巻三・三〇二）

【万葉歌みじかものがたり】《道　たづたづし》

日暮れ　来たなら　あの人恋し
されど　闇夜は　逢うことできん
今宵　月夜は　せめても機会
月　よ明こ照れ　雲隠すなよ

（　夜目に遠目に　傘の内かな）
み空行く　月の光に　ただ一いち目め　相見あひみし人の　夢いめにし見ゆる
《月明つきあかり　下したでちらっと　見た人が　夢出でて来たわ　なんでやろうか》
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　―安都扉娘子あとのとびらおとめ―（巻四・七一〇）

（　お前訪ねる　夜道は暗い
　月よ照らせよ　この足下もとを）

倉橋くらはしの　山を高みか　夜よ隠ごもりに　出いで来くる月の　片かた待まち難かたき
《倉橋くらはしの　山高いんで　月出でるん　遅おそて待っても　待ち切れんがな》
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　―沙弥女王さみのおおきみ―（巻九・一七六三）
倉橋の　山を高みか　夜よ隠ごもりに　出いで来くる月の　光乏ともしき
《倉橋くらはしの　山高いんで　月出るん　遅おそてなんやら　薄暗うすぐらいがな》
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　―間人大浦はしひとのおおうら―（巻三・二九〇）
天あまの原　振ふり放さけ見れば　白真弓しらまゆみ　張りて懸かけたり　夜道よみちは良よけむ
《仰あおいだら　弓張った様よな　月出てる　夜道歩くに　大助かりや》
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　―間人大浦はしひとのおおうら―（巻三・二八九）
児こらが家道いへぢ　やや間ま遠どほきを　ぬばたまの　夜よ渡る月に　競きほひあへむかも
《あの児家いえ　ちょっと遠いが　この月が　照ってる間まぁに　着けるやろうか》
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　―阿倍広庭あべのひろにわ―（巻三・三〇二）
愛はしきやし　間ま近ちかき里の　君来こむと　大おほのびにかも　月の照りたる
《近ちこに住む　あんた来くるのん　分わかるんか　隈くま無のう月が　照っとおるがな》（女歌？男友？）
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　―湯原王ゆはらのおおきみ―（巻六・九八六）

（待つは長いが　逢瀬おうせは早い
　せめても少し　うち傍そば居って）

夕闇ゆふやみは　道たづたづし　月待ちて　行いませ我が背子　その間まにも見む
《夕闇ゆうやみは　道危あぶないで　月の出でを　待ったら良えやん　それまで居おって》
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　―豊前國娘子ぶぜんのくにのおとめ大宅女おおやけめ―（巻四・七〇九）
雲隠くもがくり　行方ゆくえを無なみと　我あが乞ふる　月をや君が　見まく欲ほりする
《雲隠くもかくれ　そのまま居って　思う月　あんた出て欲し　思とんのんか》
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　―豊前国娘子ぶぜんのくにのおとめ―（巻六・九八四）

（鳴いてくれるな　夜明けの鶏かけよ）
天あまに坐ます　月読つくよみ壮士をとこ　幣まひは為せむ　今夜こよひの長さ　五百いほ夜よ継ぎこそ
《天てんで照る　おっ月さんよ　礼するで　五百ごひゃく倍ばいして　今夜こんやの長さ》
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　―湯原王ゆはらのおおきみ―（巻六・九八五）



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■日めくり万葉集Vol・２（237)大君の

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【三月七日】放映分
大君おほきみの　御笠みかさの山の　帯おびにせる　細谷ほそたに川がはの　音の清さやけさ
《三笠山　ぐるっと廻めぐり　流れてる　細谷ほそたに川がわの　瀬音清きよらや》
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　―作者未詳―（巻七・一一〇二）


【万葉歌みじかものがたり】《こち巨勢山こせやまと》

山詠よむ歌は　三輪　香久かぐ　巨勢こせに
二上ふたがみ　三笠　馴な染じみの山よ
川を詠よむ歌　吉野が続く
大淀　六田むだに　宮瀧見たい

三諸みもろつく　三輪山見れば　隠口こもりくの　泊瀬の檜原ひばら　思ほゆるかも
《三輪山を　しみじみ見たら　懐なつかしい　初瀬の檜原ひばら　見とうなったで》
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　―作者未詳―（巻七・一〇九五）
古いにしへの　ことは知らぬを　我われ見ても　久しくなりぬ　天あめの香具山
《その昔　わしは知らんが　香久山かぐやまは　ずっと長なごうに　神々こうごうしいで》
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　―作者未詳―（巻七・一〇九六）
我が背子を　こち巨勢山こせやまと　人は言いへど　君も来きまさず　山の名にあらし
《あんた来る　云う巨勢山こせやまや　聞いたけど　あんた来こんがな　ただの山名なぁやん》
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　―作者未詳―（巻七・一〇九七）
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（巨勢＝こせ＝来背＝背が来る＝あんた来る）

紀伊道きぢにこそ　妹山いもやまありといへ　玉櫛笥たまくしげ　二上山ふたがみやまも　妹こそありけれ
《妹山は　紀の国だけや　云いうけども　二上山も　雌岳いもやまあるで》
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　―作者未詳―（巻七・一〇九八）
片かた岡をかの　この向むかつ峰をに　椎しひ蒔まかば　今年の夏の　蔭にならむか
《前にある　向かいの峰に　椎しいの実を　蒔まいたら夏に　日陰ひかげなるかな》
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　―作者未詳―（巻七・一〇九九）
大君おほきみの　御笠みかさの山の　帯おびにせる　細谷ほそたに川がはの　音の清さやけさ
《三笠山　ぐるっと廻めぐり　流れてる　細谷ほそたに川がわの　瀬音清きよらや》
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　―作者未詳―（巻七・一一〇二）
今しくは　見めやと思ひし　み吉野の　大川淀おほかはよどを　今日けふ見つるかも
《おいそれと　見られんやろと　思おもとった　吉野大淀おおよど　今日見たんやで》
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　―作者未詳―（巻七・一一〇三）
音に聞き　目にはいまだ見ぬ　吉野川　六田むつたの淀を　今日けふ見つるかも
《評判は　聞いとったけど　見てなんだ　吉野六田むだ淀　今日見たんやで》
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　―作者未詳―（巻七・一一〇五）
馬並なめて　み吉野川を　見まく欲ほり　うち越え来てぞ　瀧に遊びつる
《み吉野の　川見みとなって　馬連つらね　山越え滝で　遊んだこっちゃ》
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　―作者未詳―（巻七・一一〇四）
蛙かはづ鳴く　清き川原かはらを　今日けふ見ては　何時いつか越え来て　見つつ偲しのはむ
《河鹿かじか鳴く　清らか川原　今日見たで　次に山越え　何時いつ来こよかいな》
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　―作者未詳―（巻七・一一〇六）



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