はぎわら_m の部屋
社会・時事批評、オピニオン、初等物理の気まぐれ考究、物理教育放談

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「一国平和主義」という言葉がある。専守防衛だけは認めるが、いかなる理由においても他国には軍事的に関与しないとする考え方を指すものと思われ、また、どちらかといえばこの主義を否定的に見る人が侮蔑の念を含めて使う俗語と言えるだろう。

しかし、この一国平和主義にこそ、人類世界の平和の糸口があると私は思っている。考えてもみよう。破壊と殺戮以外に用途の無い兵器を競い合って生み出し、その運用体制を築いていること自体が、愚かしさの根本なのだ。つまり、世界平和が実現する時とは、世界中で(専守防衛用でない)兵器の製造が禁止される時に他ならないはずだ。

「兵器の製造を禁止する」などど言うと、すぐに、「世の中には悪いやつが必ずいるから、まともな者が率先して兵器製造をやめることはできない.」という批判が返ってくるだろう。

しかしここで、世界で圧倒的に抜きん出た兵器技術をもつ国があったとしよう。その国が「専守防衛」用の装備をもって「一国平和主義」を採るとする。その国から見れば、他国の独自兵器は幼稚なものなので、技術力を結集すれば、真の専守防衛装備を築くことが現実味を帯びているということが前提である。さて、よその小国では、宗教紛争やら部族抗争やらによる地域戦争が起こるかも知れない。ここで、「私が警察となって悪いやつをたおしてやる」などど決して言わないのが一国平和主義だ。しかし、見て見ぬふりをするわけではない。かわりに、専守防衛技術を供与するのだ。国連を介し、国連の決議によるのが良いだろう。その際、国連の場でのジャッジメントが入ることになる(この判断が常に正しいとは言えないかも知れないが、現実的にはこれしかない)。その判定で、理不尽な武力攻撃を受けていると認められた国に対して防衛技術が援助される。

小国の資金・資源は限られている。大国からの専守防衛技術のサポートを限りなく受けられる相手国に対して、(少なくとも大型兵器で)攻撃を続けることはできないだろう。国連の決議に逆らった武力行使をした国に対しては、決着がついた後で、要した防衛費用を弁償させるという規則があればなお効果的だ。かくして、世界中で、兵器製造とその使用は全くもって割りの合わない紛争解決手段であるという認識が生まれる。

兵器と防衛の技術について圧倒的なレベルを獲得した国があるという前提は、冷戦時代には成り立たなかった。しかし、今まさに、アメリカがその立場にいる。アメリカが率先して一国平和主義を採れば、人類の悲願である世界平和に急接近することができる。アメリカが、国連を国際問題解決の中心の場であると理解し、専守防衛技術の開発に邁進し、大量破壊兵器製造・保有の愚かしさに気づきそれを自ら減らす勇気をもったときに、、、

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