文理両道

専門は電気工学。経営学、経済学、内部監査等にも詳しい。
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風のなかの櫻香

2021-02-03 08:49:37 | 書評:小説(ミステリー・ホラー)

 

 奈良斑鳩の法隆寺に隣接して、中宮寺がある。聖徳太子が開基とも伝えられる、歴史ある門跡尼寺である。この中宮寺をモデルにした尊宮寺に、櫻香(さくらこ)という少女が、施設から引きとられる。内田康夫による浅見光彦シリーズのひとつ、「風のなかの櫻香」(徳間文庫)だ。

 尊宮寺門跡の養女として、厳しくも大切に育てられた櫻香だが、彼女が中学生になると、「櫻香を出家させるな」という謎の手紙が届いたり、彼女の周りに不審な人物がうろついたりといった出来事が起こり始める。どうも、櫻香には、何か出生に関する秘密があるようだ。光彦は、尊宮寺門跡と懇意な母の雪江のいいつけで、事件の背後を調べ始める。

 この作品に女性はたくさん登場するが、やはりヒロインはこの櫻香だろう。「しまなみ幻想」では、15歳の村上咲枝がヒロインだったが、櫻香は、中学生になったばかりということだから、咲枝よりもっと若い。光彦には、さすがにロリコンの気は無いようで、このシリーズに付き物の、ヒロインとのほのかなロマンスの香りというものは無かった。しかし、櫻香はいまどきの中学生とは思えないようなしっかりした少女で、なかなか好感の持てるキャラである。もっと成長した姿を見たいと思うが、このシリーズ100作を超えていても、ずっと光彦が33歳の時の話という設定なので無理だろうな。

 事件の方は、奈良、京都、鳥羽を結ぶ不思議な因縁の糸が櫻香の一点に収束していく。作品中でも使われていたと思うが、まさに仏縁という呼び方が相応しいような驚くべき人間関係が明らかになる。そして、最後に見せたのは、光彦流の粋な解決。光彦は、事件を明らかにする際にも、周りの人たちへの影響を考慮したり、事件に至った事情を斟酌し、杓子定規な解決法は取らないのである。これが、光彦を他の名探偵と一線を画している大きな魅力だ。

 ところで、中宮寺の本尊は、てっきり弥勒菩薩だと思っていたのだが、この作品には、如意輪観音とあった。調べてみると、中宮司のホームページには、確かに如意輪観音と明記されている。弥勒菩薩という見方もあるようだが、如意輪観音というのが寺の公式見解だとは知らなかった。こういった豆知識が得られるのも、この作品の大きな特徴である。

☆☆☆☆

※初出は、「風竜胆の書評」です。

 

 

 

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