地球温暖化問題については、近年盛んに話題になるが、本当にこの問題を理解している人は案外少ないのではないかと思う。この問題は、単に地球環境のみならず、経済成長の問題やエネルギー問題とも大きく関連してくるのであるが、どうも経済学関係のアプローチの方がよく目に入り、科学技術的な観点も含めてこれらを鳥瞰的に眺めたものはそれほど多くは見かけないように思う。この「低炭素エコノミー」(茅陽一/秋元圭吾/永田豊: 日本経済新聞出版社)は、科学者の目から温暖化問題を解説した稀有な一冊だろう。
まず、温暖化の影響であるが、よく言われている海面上昇問題の他にもう一つ大きな問題として、世界の海洋に存在する水の大循環への影響がある。この大循環があるおかげで、ヨーロッパは凍りつかなくても済んでいるのだ。ところが、この大循環の速度が、大西洋で50年前に比較して20%鈍化しているらしい。しかし、この話は、一般にはそう知られていないのではないだろうか。
しかし、それでは温暖化をどう食い止めるかは非常に難しい。冒頭に述べたように経済成長の問題やエネルギー問題とも大きく関連しているからだ。鳩山首相(注:初出当事)は2020年の温室効果ガスを1990年比で25%削減という、とんでもない目標を公言したが、残念ながらこの本は、その前に出版されているので、当然そのことには触れられていない。その代わりに1996年にEUが行った2℃提案についての実現性について検証している。この案は、温度上昇を、産業革命以前に比べて2℃以内に抑えようという提案であるが、著者らは、実現性を明確にしないままトップダウンで出て来た案で実現不可能であるとばっさり切り捨てている。なぜなら、この案を実現するためには、21世紀後半で世界のエネルギーの大部分はバイオマスに転換され、発生する二酸化炭素はCCS(Carbon Dioxide Capture and Storage)により地下貯留することが前提になっており、バイオマス燃料のために世界の可耕地の2倍の面積が必要になってくるというのだから。
ここで、ひとつ本書中に掲載されている数式を紹介しよう。
CO2=CO2/E×E/GDP×GDP
と言う式である。この式自体は単に左辺を右辺のように書きなおしただけであるが、ここから次のようなことが分かる。
すなわち、CO2を減少させるには、エネルギー当たりのCO2を少なくするか、CDP当たりのエネルギー効率を良くするか、GDPそのものを減らす(経済成長をマイナスにする)ということが必要だと分かる。しかし、後ろの2つは厳しい。既に日本のエネルギー効率は世界のトップクラスだし、デフレを騒いでいる現状で、GDPを減少させることなど不可能だろう。残るはエネルギー当たりのCO2を少なくするしかないのだが、これも、本書で述べられているように、原子力が急激な発展時期にあるか、天然ガスのような低炭素資源が大幅に利用可能となる必要があるだろう。太陽電池のような再生可能エネルギーにしても、問題となるのはコストだ。再生可能エネルギーはそれ自体のコストだけではなく、出力が不安定なため、電力系統に繋いだ場合の対策費用が必要になってくる。これが、結構大きいのだが、このこともあまり知られていない。こういったことを考えるとコスト的にも期間的にも「2020年の温室効果ガスを1990年比で25%削減」というのは空想の世界としか思えない。
加えて、その対策の必要性の根拠とされるIPCCの見解も拡大解釈されていることがあると言う。この本の結論としては、「排出削減費用とその対策の現実性をよく吟味したうえで、削減目標を検討せざるを」得ず、「対応を誤れば、莫大な排出削減費用負担も、負の遺産として、めぐって招来世代に引き継がれることになるかもしれない」ので「バランスのとれた目標こそが重要である」(「 」内は本書から引用)ということだろう。正に同感である。
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