直木賞受賞作作者が若いので(1980年生)ちょっと感覚的なずれを感じるところがあって、あまり読みたいと思わなかった。だが、(なぜか今度も短編集だったが)予約の取り消しを忘れていて読んでみた、これが実に面白く、作者の実力を感じた。何かの受賞作が、賞に見合うものばかりではないと思うことがおおい、人気作という評判が先になっているものもあるが、若さを感じさせながらも、いい作品を書く作家だと改めて思った。
「仁志野町の泥棒」
中学生のころ、友人の母親は泥棒だった、小さな被害にあった人たちも多かったが、まわりはそんなに騒ぎもしなかった、どこに住んでもしばらくすると引越しをして出ていく、でも住処は近隣から離れる様なこともはなかった。出かけていて帰ってきたとこころに、彼女が盗みに入って居るのに出くわした。顔を真っ赤にして震えながら帰っていったことが記憶に残っている成人して出会ったとき、彼女は名前を思いだすのに手間がかかった。訝るようにしながらやっと思い出したが、些細な影にしても彼女のこころに残っていなかったのか。特異な心理を陰影深く書き出している
「石蕗南地区の放火」
もてない、縁談を進められてもその気にはなれないようなタイプの男が、うまく書かれている。好みということもあるが、えてしてこういうタイプは、多くは自信家で己を振り返らず、外見にも気を使わない。主人公の心理が手に取るようにわかる。事件も、ありそうな結末で、新味はないがその分納得できる展開だ。
「美弥谷団地の逃亡者」
ミステリとして成功している。心理描写もストーリーテクニックもいい。若い男女の行動は言葉も行動も文字通り隔世の感じがするが、これは年齢を超えて同化する部分がある。
「芹葉大学の夢と殺人」
題名がすべてをあらわす。大学生の、自己中心で、甘えた一途な夢を持つ男と、それに寄り添ってきた女の話。男は顔立ちも女好みで次第に惹かれていくが、男は自分の進路を一直線に描いて、周りを見回す感性を持っていない。女はやわらかい生き方、育ち方のために、すべてを理解した上でも、離れられない。不運にも交わってしまった、違った質を持つ二人のはなし。この男のような(もしかしたら精神科では何か病名をつけるかもしれないような)タイプもこの女のようなタイプも読んでいるうちに、少しなら思い当たる節が誰にでもあるだろう。すぐ身近の現実ではないにしても。男の身勝手にはすべて理解しながら引きずられていく女、自分とは重ならないまでも、優れた心理描写に引き込まれる。
「君本家の誘拐」
子育ての光と影というか、まるで寄生されているような妊娠中から産後の嬰児との生活、少し育ったころ、やっと自分にかえる一瞬。母性の中にある育てるがわの自分との葛藤が面白い。これに、偶然バネ指が登場してびっくりした。
また面白い本を読んだ。特に「芹葉大学の夢と殺人」は賞に恥じない、これだけでもいいくらい、好みに合って面白かった。希望者が多いのですぐに返却してくださ「印」がついていた、これからか返しに行く。
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