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海の仙人 絲山秋子 新潮文庫

2021-06-15 | 読書

絲山さんは初めてなので調べてみた。いろいろヒットしたが、自分の言葉で書かれている天才宣言を読んだ。
率直な人だ。好きだなぁと思った。

精神が不安定で仕事もやめ今は大学で教えながら病気と仲良くして書いているそうだが、作品数は多い。「全部か…」
名前は忘れたが、女流作家で喉から手が出るほど欲しい川端文学賞がもらえないと書いていた。
絲山さんは受賞していた。取り敢えず、私もそれから読もう。
が、店には川端康成文学賞の「袋小路の男」がなかった。Kindleで読めるので数ページの試し読みをした。
メモをしておいて、芸術選奨文部科学大臣新人賞の「海の仙人」にした。

この賞は(演劇、映画、音楽、舞踊、文学、美術、放送、大衆芸能、芸術振興(2004年から)、評論等、メディア芸術(2008年から。メディアアート、漫画、アニメなど)に贈られるそうだ。知らなかった。
ちょっと勉強もしたりして文庫170ページの薄い本を開いた。

前置きが長いが、とても読みやすく角張った表現もなく静かに沁みるようだった。
非現実といえば主人公の暮らしがありそうもないようでいて、風景の中に溶け込んでいく。風景描写がまた好きになった。
小道具も、ちょっと奇抜な赤いポルシェも自転車も舟も、北陸の海岸線もなにもかも、物語の流れに自然に表れて通り過ぎていくような、何か淡い色彩で、主人公たちの日々の儚い営みが哀しい音楽のように底を流れていくようだった。


デパートの店員をしていた河野は(宝くじかな)突然通帳の残高が3億円になった。都会には合わない男で、仕事をやめて敦賀の海べりに小さい家を建てて住むことにした。
泳いだり釣りをしたり、静かな生活だった。
そこに突然「ファンタジー」と名乗る40がらみで白いローブの男が現れた。足跡がない。それでも何かどこかで出会ったことがあるような感じがして一緒に住み始める。
とりたててむずかしいことを言ったりしたりするわけではないが、彼の話は何か河野の心に響くような不思議な影のような人だった。
彼は見える人には見える、何も変わったことはできないけれど、少し人間ばなれをした自然体だった。

ふと少し年上らしい都会的な女性と知り合いになる。サバサバとした中村かりんという人が好ましかった。

また会う約束ができた。ファンタジーまで「ぜひ来てくれたまえ」などといった。

デパート時代の上司で全く女性を感じさせない片桐が訪ねてくる。大声で「カッツォ・コーノ」などと品のないあだ名で呼ばれるがあまり悪い気はしない。
彼女もファンタジーの気配を感じたことがあり、出会っても驚かない。
夜になるとファンタジーは庭に簡易テントをパッと広げ中に入る。片桐が覗くと大きな卵がポッとだいだい色に光っていた。

片桐の赤いポルシェで新潟まで自動車道の下道を走る、時々下りて泳ぎ、食事をし手ごろなラブホテルに泊まる、ファンタジーなど大喜び。

河野は新潟にいる姉を訪ねる。河野はかたくなに抱いてきた苦しみの源が溶けるかもしれないと期待して来た、本人は心を決めたがやはり姉との汚れた関係は清算することができなかった。
姉も本能的に自分を守り続け、会うことを拒んだ。

片桐が東京に帰ろうとすると
「ところで、俺様はここから北海道に行くことになっておる」
車を降りながらファンタジーが言った。
「えっ、 ほんまに」
「シマフクロウが俺様のことを待っているらしい」
「そうなん」河野にとってそれは初めて聞く話だった。
「うまくやれよ」
ファンタジーは河野に言った。それから「お前さんもな」と片桐に言った。
「またな」河野が言った。
「あたしは忘れないよ」」片桐が言った。ファンタジーはにやりとした。


河野はかりんを愛しかりんも河野を愛して、転勤先から会いに来るようになる。河野は深い心の傷のためにかりんを抱くことができない。
東北へ転勤したかりんに会いに行きかりんも仕事の合間には必ずやってきた。

冷静な彼女が突然すがって泣き抱いてほしいそぶりをしたが、河野は抱きしめただけで先に進めなかった。
一緒には住めないと河野は告げた。それでもかりんは来た。
三年後かりんは部長になり名古屋支店に来た。少しやせてきたが、激務のせいだと思っていた。

かりんがなくなり、片桐は片思いに気づき、河野は又チェロを弾き始めた。

ファンタジーがふわりと表れてまた軽い口調で話した。河野は失明していたが気配が判った。

始まりから終わりまで時間がずいぶん経っている。それだけにちょっとないほどの悲しい出来事がこの薄い本には詰まっている。あらすじには書けないこぼれるほどの寂しさや、背後にある輝きなどが詰まっていた。

お勧め好きな友人を持ったことやおおいに共感できた自分が少しうれしかった。
 
 
 

 


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