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「変身」 フランツ・カフカ 新潮文庫

2019-07-12 | 読書

ある朝、グレーゴル・ザムザが何か気がかりな夢から目を覚ますと、自分が寝床の中で一匹の巨大な虫に代わっているのを発見した。
これが世に知られた書き出しの一節で、もう読み始めから前触れもなしに虫に「変身」してしまう。

 初めて読んだときは、「これはなんだ、なんという話だ」と思った。まぁ中学生としては、このくらいでびっくり、最後まで読んで、養って貰っていた家族もこうなると冷たいもんだ、虫になった息子もこれが現状だとしたらどうしようもないもんね。うんうん。と話を飲み込んでしまった。

それからあちらこちらで目にする、カフカといえば「変身」

 数で言えば中学生の頃に一番多く本を読んだ、読む時間もあってスピードも速かった、気が付くと机の上は薄暗くなっていて視力検査で近視になり眼鏡を作ってもらった。 ところが今考えると理解力はそれなりで、気に入った個所だけそれもワクワクドキドキ、幾分刺激的で成長過程のオトメゴコロ(ニヤ)にグッときた所しか覚えていない。

まして多くの解説や、研究者の頭をうならせ、悩ませてきたこの作品が虫以外のどこが記憶に残っただろう。

 虫、特に昆虫は美しいと思っていたが、読めばザムザは多足類らしい、ムカデのようなものに思える。頭は確かにもたげてぐるぐると見回すことができる。胴体は平たく長く幅はリンゴよりも広い。かなり大型だが寝椅子の下に長々と隠れてしまうことができる。 沢山ある足を動かすのに少し練習してみている。 事もあろうにムカデ型でまっすぐに伸びた「オーム@ナウシカ」または「げじげじ」。 近いのは「ムカデ」かな

 ところが奥泉さんの「虫樹音楽集」にはザムザに憑かれた人々が出てくる。日本人では音楽家で「いもなべ」。全裸で書き割りの窓から外を見ながら「孵化」という曲を吹く。ザムザは芋虫だとしてイモナベ、だとしたら変態を繰り返す昆虫の幼虫時代の姿といえるかもしれない。 ザムザは芋虫に変身したと読んだこともある。

 今回じっくり読んでみて知ったのです!
 短い脚が体の両脇に並んで、粘液を利用して壁や床を這いまわることができるのです。頭は持ち上げて動かせるのであたりを見ることもできます。考えることも状況を理解することもできるのです、でも話すことは、聞き手の努力があれば少しは伝わったようなのですが(変身初期は)語尾の発音からすべてに妙な音が混じりついに叫び声以外の話は放棄するのです。 そして意思の疎通もとれなくなります。

 一家を支えてきた自負も消え家族が次第に貧乏の垢をため始め家が汚れてきます。広い家を間貸しをします。ザムザを居間のとなりの部屋に不要な家具と一緒に閉じ込めて誰にも見せません。

ザムザは居間との境に身を寄せ家族の話を聞くのがささやかな楽しみになります。

それまでザムザに寄りかかっていた両親も働き始めます。世話をしてくれた妹も疲れ果てて、ザムザを厭い始めます。
ザムザは家族に対する優しさが薄れることはなかったようですが、家族から捨てられたような形で、投げつけられたリンゴを背中にめり込ませたままそれが腐り始めてきます。

 こんな作品をカフカはなぜ書いたのでしょう。「城」や「審判」のような社会的な作品もよく分かったとは言えない程度に読んでみましたが、ここにはわずかな家庭の中の情景はありますが、不自由な殻に閉じ込められた自己の心理、絶望感、自己憐憫については書かれていません。ザムザは現状を受け入れ、ただ家族に以前のように溶け込みたいと願い、一時は夢なら醒めるといった儚い望みを持ってみたり、それが叶わないと知りつつ食べ物をえり好みしてみたりたまにはにちょっとした抵抗をするのです。

 家族はもうザムザを見捨て新たな世界に踏み出していきます。

カフカがこの作品をを恐ろしい夢といったこともあるようですが、思いがけず深い孤独な世界に陥ってしまい、まして醜い虫に変身までしたザムザは彼の心理と生活の凝縮した形のようにも思えます。彼は41歳の時咽頭結核で亡くなっています。

 変身まではしないまでも、こういった社会から孤絶した生活は今問題になっている、介護される老人問題や家庭の人たち、人と交われない人々の心の一部を映し出しているようでした。
こんな時代になるとはカフカも思わなかったでしょう。今通じるということは常に変わらない人の心の一面に共感を覚えるところだと思います。

 

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