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「銃」中村文則 河出文庫

2022-01-16 | 読書
 
雨が降りしきる河原の草むらで大学生の西川は動かない男を見つけた。その右手の先に落ちていた銃。拾い上げた時。鈍く光るそれに一目で惹かれた。
 
素人目にも明らかに自殺体だったが、銃がないと捜査も混乱するだろう。それを見越してもその強い魅力に惹かれて持ち帰ってしまった。

部屋で手に持って確かめてみる。大きさは手のひら大で色が沈んだシルバー、鈍い光が美しい。LAWMAN Ⅲ 357 MAGNAM とあった。

握るとそれぞれの指がぴったり収まった。一層愛着がわいた。

部屋の隅のカバンにそっと納めた。銃があるという緊張感と高揚感は日常を変えた。それはいつも頭を離れず心を満たした。

大学に行くと知り合いには笑顔を向けすれ違って肩をぶつけた男を殴り倒そうかと思うくらい気分が高揚し力が湧いていた。
なぜか自分は機嫌がいいのだとウキウキした。
すべて箱の中に納まっている自分の銃のせいで。


女との付き合いもほどほどに気がのらなくなった。
反動か次第に撃ってみたい、力を感じてみたい。日に日に欲求がふくらむ。
もう部屋に隠しては置けない。じかに感じていたい。
ポケットに滑り込まで重さを実感する、歩くと歩く毎に揺れて銃を感じ続けている。
人気のないところでは左胸から出してもって歩く。夜など握って歩いてみる。

新聞を見ると、男の遺体が発見され、他殺だと発表されていた。
記事にショックを受けたが自分は殺していない、なんの証拠もないだろう。

銃との暮らしが続き、高揚感にも慣れた。
ついに撃ってみたい欲求に耐えられなくなった頃、コンビ帰りの夜の暗い公園で死にかけた猫が苦しんでいるのを見かけた。
人気はない一気に死なせるのがいい。
撃ち時だと緊張で震えながら二発撃つと猫は死んだ。

公園から走り出た若い男を見たというコンビにの店員の話で刑事が聴き込みに来た。風采は上がらないが鋭い。
彼は本部の中では自殺説だったが認められていない。しかし確信を持った質問が続く。
証拠がないのを楯に平然とした風を崩さないで返答しうまくいった。

だが刑事は忠告を残して去った。
「早く手放すのだ、分解してもいい、人生がかかっているのだよ」
銃との暮らしは手放せない。やり抜く自信はあると内心覚悟した。

隣に越してきた子持ちのシングルマザーが泣きわめいている声が壁越しに響く。男の子を虐待もしているらしい。耐えられすラジオのボリュームをいっぱいに上げる。

女は夜になると仕事に出る、あれを標的にしよう。刀やナイフと違って拳銃は隠れたところからでも狙える。安全だ。そこがいい。

友人関係も気持ちがそれて破綻し掛けている。
他人の心情を思いやる余裕もなくなり銃の影響はまさに狂気を孕んでくる。、銃に人格を支配されているように思える。

女の後をつけ夜帰宅時間を設定、隠れ場所から迎え撃つ。
しかし万全だと思ったが間際になり女が歩いてくると、そこに怯えだったか恐怖心もあったかふるえがきた。
これこそわずか銃の力が及ばない心の隙間だったのか。チャンスを逃した。

間の悪い時だ。虐待を受けた実父の行方が知れた。もう余命幾ばくも無い病院のベッドから呼んでいるという。
両親に捨てられ施設に入れられ、あとで養子にはいった先では板を張った小屋に閉じ込められて育った。今思えば忘れかけた父という男になど会いに行く恩も義理もない。

しかし殺人に失敗したついでにあってみた。干からびた手が伸びてきたが触りもしないで帰ってきた。

彼の異常な執着癖は狂ってくる。、拳銃は即人を殺せる、心の隅の悪を密かに実現出来る武器だという、怯えと共に憧れがあった。

後半で生い立ちのいびつさを書き、意表な心理がどこから来るのかを書く、ただのマニアックな興味だけではない、根本的な悪の心理と結びついた人格まで凌駕した物体の生々しさを追っていく。

理性を次第に失っていく様子は理性をなくし悪に操られていく過程のようだ。
荒川の土手に転がっていた自殺者の中年男性に巡り合い、銃と共に暮らす若者。
あるかもしれない心理の現実性が、西川という名前の大学生の姿を借りた緊張感のある流れになる。
中村文則のデビュー作で名高いのも納得できる。
やはりその世界は暗い。文章も粘らない文体で初期の作品はこうだったのかと興味深かった。

最後の短編「火」については

運命に恵まれなかった売春婦の精神科での告白で性体験の描写が多い。
精神科医にむかってあからさまに語っている。
犯罪を犯す過程も、婚家の非道な扱いも、一面身から出た錆のようで、語り口は悲しみの物語だが、話中には露骨な性行為の描写も多く。愚かに切羽詰まったと思える殺人行為もどうも入り込めない底辺の貧困を纏った堕落論だった。
 

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