
東日本大震災で日本は大変なことになりましたけど・・・
今日は1月17日、阪神淡路大震災が起きた日ですね。
もう17年経つのかぁ・・・
今回は平日だったので、震災モニュメントに行くことは出来ませんが・・・この日を忘れてはなりませんね。
私の実家も壁にヒビが入るわ、屋根かわらは皆落ちるわ、家は傾くわって状態ですが、今はこうやってブログを書けるくらいのんびり出来る状態です。
(明石も一応震度7。未だに震度1ですら怖い。震災前は震度1なんて気にもしなかったのに)
今度は東北の人に何が出来るか考えたいなって思う毎日です
(義援金は送っているものの・・・)
さて、本題
内田篤人著 僕は自分の見たことしか信じない
ようやく半分が終わりましたね。
サッカー中継ネタよりハードですね、この話。
やはり、本を読まない私にとって感想文って言うのは至難の業か(笑)
それでは参りましょう、今日は5章目

5 僕はひとりではない
前日の「人にめぐり合う運を持つ」って言っていたうっちーの続きみたいなものでしょうかね。
「尊敬する人たちの意見は聞く」っていう、その尊敬する人の話になりますかね
このページのつなぎ目にいるのがマヌエル・ノイアー
本題には出てこなかったけど、端っこの方に「彼と同じチームでプレーできたことを誇りに思っている。世界一のゴールキーパー、Manuel Neuer san」・・・・って。今年はバイエルン・ミュンヘンに移籍したけど、シャルケで1番助けてくれたチームメイトですよね
実力はドイツ代表のGKですから、言うことなしなのですけど・・・・
ドイツに入りたてのうっちーがミーティングで監督に意見を求められて、上手く言えずに答えれなかったら「何で何も話さないんだ!!」って怒られたけど
彼が「そのドイツ語は今のうっちーには難しい」って庇ってくれたりして・・・後でお礼言いにいくと「当たり前だよ。困ったらまた言って来いよ」とか・・・
震災の翌日のメッセージを発信する時もノイアーがエスコートしてくれたりして。
(そのメッセージも「勝ったら見せる、負けたらやらない」ってノイアーに話すと「大丈夫だ、勝つよ」って言ってGKのノイアー自らアシストをして逆転勝利だったっけ・・・)
シャルケではラウール・ゴンザレス、マヌエル・ノイアー、ジェフェルソン・ファルファンなど、世界的な選手がうっちーを助けてくれてんだなぁって。
それでは、本題の大切な仲間って言うのに入りましょうかね
内田静弥(父)
最初はお父さんのようですね。体育教師の父だそうで・・・同じ中学校で姉が中学3年生、本人中学1年生に父がいると言う珍しい中学生活だったようで
普通は嫌なもんだが、うっちーは全然気にならずに学校でも「お父さん!」って呼んでいたらしい(笑)
「しつけはしなかった。お母さん一人で育てた」って言い、子供の頃のビデオにも写っていない内田父・・・でも、遠くから見守っている存在だったって。
幼稚園の頃、買い物に行ってエレベーターに迷い込んで一人乗ってしまい、ドアが閉まって下へと動き出して怖くなってうっちーが泣き出したらしいのですけど・・・
ちゃんと1階にはお父さんが立っていたって。ダッシュで階段下りてエレベーターよりも先に着いて待っていたと言います。
今は実家の1階の納戸を改造して、トロフィーや写真を飾る「アツト部屋」たるものが出来て、よく出入りしているようですね。
内田澄江(母)
次は母親ですね
母親もすごい人だけど・・・これを見ると、内田篤人は本当に母思いの息子ですわ
長谷部さんもそうだけど、親を大事にしているなぁって思います。
プロ2年目のオフに帰省したときに母親が結構な枚数の色紙を持ってきて「これ、書いてくれない?」って言われて咄嗟に言ったらしいのですけど・・・
「これじゃオレ休めねぇじゃん、帰ってきてこれじゃ、オレはどこに帰ればいいの?もう帰ってこねぇ」って、まぁありえない話ではない怒りだとは思うのですけど・・・
それを言った途端に後悔したのはうっちーの方ですからね「断ってもこれだけになっちゃって・・・」って母親が言うと「何てひどい事を言ったんだ」って泣きそうになったのはうっちーですからね
うっちーが今まで母親に怒鳴ったのはこれっきりだそうで、今となっては母親に感謝の思いを込めながら「サインある?」って自分から聞いてペンを走らせているそうな。
長谷部誠も母親の言うことをキッチリ守り、内田篤人もこんな感じ。世界に通用する人間になるのは親を大事にしている人なんだなぁ・・・・って。
お姉ちゃんと妹
内田家は父・母に姉・本人・妹っていう家族構成で、本人も女の子2人に挟まれたのもあってケンカはほとんどしなかったって言っていますね。
まぁ・・・確かにそうだと思う。うちの兄弟は弟1人ですからね。弟と仲はいいけど、まぁ品のない2人だと思いますもん(笑)
親戚と集まったらイトコの家族は皆女性が最低1人いますけど・・・その人たちは品がいいですもんね・・・唯一男兄弟だけとなり見比べたらホントにブッちぎりで品がないwww
と、私の話はさておき・・・うっちーは両親だけでなく姉妹とも仲がいい。
お姉ちゃんはいろんな面で支えて、妹にはお年玉をあげて「デジカメ買ったよ」なんてメールがやってくる。
姉妹はメディアに出したくないと書いてあって、ここでも両親とは違って「お姉ちゃんと妹」ってことになってるんだな・・・・って
って感じなんですけど、実家では内田篤人さん、微動だにしないのですって
同じ場所に座ってテレビ見て、雑誌めくって、携帯をいじっている。話しかけられても「うん」か「そうだね」くらい(笑)
「そうやって何もしなくても許される、そこにいるだけで落ち着くというのが、実家のぬくもりだと思う」とは彼の持論。
地元のファミレスに行けば、逆にドリンクバーとかはみんなの分を運ぶのがうっちーだそうですね。結構親切な面もありますが
家では妹に「コーラ持ってきて」って持ってきてもらって、「お腹がすいた」って母親にご飯を作ってもらって・・・動かない人でありますね(笑)
うっちーの奥さんになりたいって言う女性の方々!!それ相応には覚悟が必要かもwww
(想像するに料理も出来て面白い吉田麻也とかの方がいいと思うけどなwwwでも、あそこも千客万来過ぎて大変かもね)
梅田和男
うっちーが清水東高校のサッカー部にいた時の先生だそうです
うっちーが今も黒髪でいるのはこの人の存在ですね
「プロになっても茶髪なんかにするなよ、チャラチャラするようなことはするなよ」
と卒業前に言われたからですね。
今は茶髪にしてもいいと思うし、ピアスをつけても先生も親も何も言わないと思うし、5年間プロをやってきたけど・・・・出来ないんですって
裏切ることが出来ない人の裏切ることが出来ない言葉だからって
右のFWからサイドバックに転向する道を作ってくれたのも、この先生。
(関係ない話だが、もともとFWの選手だったから守備より攻撃寄りのサイドバックになったのだろうね)
その右のFWで伸び悩んでいた時は一緒に考えてくれてくれたからこそ、突然サイドバックになっても信頼しきっていたので「次はそこか」って感じで取り組めたと言います。
遠征や試合で出席日数が足らなかった時にも「職員室に行って先生に頭下げてレポートやるって言ってこい」ってアドバイスしつつ、この先生が他の先生に頭を下げたといいますからね
今もなお、1月のオフの時には顔をあわせるようです。ずっと「あけましておめでとうございます」ってこれから先も言いたいから黒髪でいるつもりのようですね
親と言い先生といい・・・一見プレイとは関係ないように見えても、言うことを素直に聞くって言うのは将来大きくなるきっかけのひとつになるのかなって、34歳になってからこれを読んで思いましたね。あと20年ほど早く書いて本出しといて欲しかった
小笠原満男

何度か出てきた人ですよね。鹿島アントラーズのキャプテンですね
他の選手は優しい先輩が多いようですけど、この人だけは違うなって思ったのが第一印象だそうで。
でも、実力は申し分なし。
イタリアのメッシーナに当時いたのですけど、途中に鹿島に帰ってきて・・・途中加入と言う慣れというのが必要な中でキッチリチームをリーグ優勝に導いた男ですね
代表には選ばれそうで選ばれない、でもそんな時でも気にするそぶりは見せずに「勝つだけだろ」と言って、リーグの試合で集中してプレイをする。
文句も不満もいわずにやっちゃう人ですね。
優しい面もあったりして1度だけ遅刻してしまったうっちーをロッカーで待っていて「皆にはトイレに言ってくるって嘘ついてミーティング始まらないようにしてあるから、俺と一緒に入れば何も言われないから早く行くぞ」ってフォローしてもらったり・・・
4連覇がかかってる鹿島アントラーズ、そんな状況の中でシャルケへの移籍話があって小笠原に相談したら「おー行ってこい、行ってこい。若いうちに行った方がいいぞ」って背中を押してくれたのも彼なんですよね。
選手としても男としても内田篤人が目指している人物こそが鹿島アントラーズの背番号40、小笠原満男なんですよね
岩政大樹

次も鹿島の先輩、センターバックの岩政大樹ですね。
鹿島にいた当時、彼に色々教えてもらったって言いますね。
最初は守備が出来ていないから、すごい文句を言われたし、いつも行ってきたので正直うるせーとかしつけーとか思ったけど
「何でこんなこと言われなきゃいけないの?」って言うのはなかったようですね。ロスタイムにヘッドを決めたり、最後の最後で身を挺して失点を防いだり気持ちの強い選手だからね
とても努力をしている選手に文句を言うことは出来なかったようです。
でも、アジアカップで一緒に先発することになった時、岩政が内田について「あいつには何も言うことはない」って言ってくれたみたいですね。
シャルケに移籍が決まり、ドイツに出発する前日の夜に時間的に見送りが出来ない岩政がうっちーに「オレにとってはこうして後から入ってきた子が成長して、海外に旅立つのは初めてだから感慨深いような、淋しいような。ここまでよく頑張ったと思う。~感動できる文ですが、略~もしかしたら、もう一緒にプレーすることはないかもしれないけど、少なくともオレが1番プレーしやすい右サイドバックはアツト以上にいないと思う。ありがとう。これから大変だとは思うけど、成功しようが失敗しようが、アツトの人生。精一杯自分の道を楽しめばいい。アツトのこれからに幸あれ。チャオ」1番お世話になった人からのメールで心の支えとなっているようで、絶対に消せないメールのひとつらしいです
三浦知良

同じ静岡出身って言うこともあり、彼に憧れてサッカーをやったらしい。大阪のチャリティマッチの時、カズが点を決めた時・・・対戦相手なのに幸せな気分になったらしい
みんながゴールを求めていて、アジアカップ優勝の日本代表が本気で守っているディフェンスをこじ開けて決めちゃうカズに「ちげぇ」って
昨年の夏に長谷部や長友と一緒にカズから食事に誘われて、自分の経験を丁寧に話してくれた。それを聞いてもうやるしかないでしょうって思える人だと書いてありますね。
カズはJリーグ開幕時も今もキングなのですよね
山崎亨(アスレティックトレーナー)
選手の体調を管理するトレーナーで清水東高校、U18日本代表のトレーナーを兼務していて、うっちーの体調は何でも知っていただけでなく、人生の分岐点には必ず彼の言葉があり親身に叱ってくれるトレーナーだったりします。
16歳でU18の代表に選ばれたものの、先輩ばかりで遠慮しまくってやりづらいからテキトーに練習をしていたら「勿体無いだろ」って言われてマジメにやり始めたり
プロか大学か迷った時に「大学にする」と言えば「大学に行くのなら行ってもいいけど、プロになるチャンスがあるんだから、もう1回考えてみろ」っていわれたのがプロ入りのきっかけだったりする人物ですね
秋山祐輔(代理人)
選手契約・移籍・取材のタイミング・マネージメントにこの本の出版などピッチ以外のことを一任している人物ですね
色々な部分で自分の進むべき道を導いてくれる相談役で、>「自分が見たことしか信じない」彼が「はい、分かりました」って言って素直に従ってしまう人物の1人ですね
海外のサッカーにも精通してアンチ海外派だったうっちーをシャルケに行かせたのもこの人ですよね
海外サッカーサッパリな彼にシャルケの話を持ちかけると、シャルケなんて知らないけどアッキーが言うならばOKなんでしょうって感じで(笑)
この本を見る限り、うっちーの性格を掴んでいる人ですね。
鹿島は選手を大事に扱ってくれるし、契約で損することもないから代理人なんていらなかったけど・・・それでも代理人の申し出が多かったようで・・・それでも契約をしてこなかった。
多くの代理人が契約をとる為にガツガツくるのですけど、この秋山氏は違うようで着かず離れずで「海外ってこうだよ」って言う程度で契約の話なんてしなかったと言います。
追われると逃げたくなる性格を掴んでいたようですね。
橋倉剛(アディダスジャパン)

サッカー人生で欠かせない人物の1人、高校時代からの付き合いでスパイクや用具を用意してくれる人。彼が他のメーカーに移籍したら一緒についていくだろうって思っている人物ですね。仕事が性格でメチャクチャ速いそうですね
18人の仲間たち

清水東高校サッカー部で同学年の18人。人生23年間で1番楽しかったと言いますね
上下関係がとても厳しかったサッカー部で先輩が怖くて同級生で皆ビクビクしていて、先輩に謝る練習もしたくらい(笑)
2年の時にかわいい後輩も出来たけど・・・結果は出なかった。しかし、最後の年に向けて下積みとなった1年
そして3年の最後の年の高校サッカー、優勝候補の一角に上げられながら県予選ベスト8止まり
攻めまくっていたのに最後の最後でポロっと失点して負けたといいますね。
この試合が今までで1番悔しい思いをしてきたと言いますね。試合終了後は泣きに泣いて、あの日に戻りたいって思うくらいだそうです
そしてプロとなってからもチャンピオンズリーグ前日にサッカー部仲間に「高校ではベスト8に終わったから、インテル倒してベスト4になってくる」って送ったくらい高校のベスト8どまりは悔しかったらしいですね。
辛いときも嬉しい時も夏も冬も一緒に乗り越えてきた自慢の仲間
やめたいと言った1人を連れ戻し、部室で殴り合いのケンカ、練習中の態度が気に食わないとまたケンカ。
部室に戻ってカラオケ大会、女の子についての緊急ミーティング(←あ、これは私もやったわwww)
勉強合宿でも半ばピクニック(←これもやったやった。勉強できるわけないwww)
部室を出ても駄菓子屋でたむろ(←これもやったやった。あかんやつばっかりうっちーと一緒だわwww)
この仲間で3年間過ごせた自分は本当に幸せ者だって
よく「女の幸せ」とか「男の幸せ」って聞くけど・・・「女の幸せ」って言う話の内容は結構具体的に上がってくるのだけど、「男の幸せ」って案外具体的には上がってこないですよね。
多分・・・こういうみんなでバカできるのが「男の幸せ」なんじゃないかなって思う。
女の子についての緊急ミーティングや駄菓子屋でたむろしたりすることとか、女性から見たら「アホや」の一言で済ませられかねないことが案外男の幸せだったりしますからねwww
現に残念な34歳の私も、日本の英雄となった内田篤人も・・・共通して中高生の頃はそんなバカやってきたのが楽しい思い出って言っているのですからね。
(真剣に部活と向き合ったところとかは、うっちーにはあって私にはないものwwwそれが残念な結果となっています)
と・・・言ったところで今日はこれまで。
いや~~、すごい時間がかかった~~~本読みさんだったら、ここまで時間は掛からないでしょうけど・・・・
何しろ活字中毒ならぬ、活字アレルギー・・・マンガですら立ち読みは10分以上出来ない、活字上の虚弱体質ですからね(笑)
それでは最後に高校の同級生の女性が高校の時のウッチーについて書いてあったので、サラッと流しながらお別れしたいと思います
(詳しくはお買い求めのうえご覧下さいませ)
それでは今日はこの辺で。本日もごらんに頂きまして、誠にありがとうございました
どんなキャラ?・・・赤い眼鏡の男の子
学校では目立ちキャラ?・・・校内ではすごく有名ってわけではなかった
授業中の様子は・・・机の上に顔を乗せて「ベチャ」と寝てるイメージ
やっぱり足は速かった・・・速かった
高校時代と大分変わった?・・・外見も含めて全然変わっていない。謙虚。
学園祭の思い出は?・・・隣の高校の女子の制服を着て大塚愛の「さくらんぼ」を歌っていた
卒業式の思い出は?・・・サッカーの遠征でいなくて卒業アルバムも青いバック
何か覚えているエピソードは・・・「通知表どうだった?」って聞いたら、「アヒルさんばかりだった」ってパッと見せてくれたのが意外(アヒル=10段階評価の2)
歌は上手い?・・・上手い

実際とメディアとのギャップは?・・・もともと優しい人だけど、メディアではそっけない。素は出していない
って感じのようですが・・・

この章では吉田麻也出してやれよ、吉田麻也・・・・

↑マヤブログより拝借
この間もシャルケでベンチ外になった時、すぐにオランダのマヤの家に行ってご飯を作ってもらって話を聞いてもらったというのにwww
半分奥さんじゃん(笑)かなり世話になってると思うけどwww
今日は1月17日、阪神淡路大震災が起きた日ですね。
もう17年経つのかぁ・・・
今回は平日だったので、震災モニュメントに行くことは出来ませんが・・・この日を忘れてはなりませんね。
私の実家も壁にヒビが入るわ、屋根かわらは皆落ちるわ、家は傾くわって状態ですが、今はこうやってブログを書けるくらいのんびり出来る状態です。
(明石も一応震度7。未だに震度1ですら怖い。震災前は震度1なんて気にもしなかったのに)
今度は東北の人に何が出来るか考えたいなって思う毎日です
(義援金は送っているものの・・・)
さて、本題



ようやく半分が終わりましたね。
サッカー中継ネタよりハードですね、この話。
やはり、本を読まない私にとって感想文って言うのは至難の業か(笑)
それでは参りましょう、今日は5章目

5 僕はひとりではない
前日の「人にめぐり合う運を持つ」って言っていたうっちーの続きみたいなものでしょうかね。
「尊敬する人たちの意見は聞く」っていう、その尊敬する人の話になりますかね

このページのつなぎ目にいるのがマヌエル・ノイアー

本題には出てこなかったけど、端っこの方に「彼と同じチームでプレーできたことを誇りに思っている。世界一のゴールキーパー、Manuel Neuer san」・・・・って。今年はバイエルン・ミュンヘンに移籍したけど、シャルケで1番助けてくれたチームメイトですよね

実力はドイツ代表のGKですから、言うことなしなのですけど・・・・
ドイツに入りたてのうっちーがミーティングで監督に意見を求められて、上手く言えずに答えれなかったら「何で何も話さないんだ!!」って怒られたけど
彼が「そのドイツ語は今のうっちーには難しい」って庇ってくれたりして・・・後でお礼言いにいくと「当たり前だよ。困ったらまた言って来いよ」とか・・・
震災の翌日のメッセージを発信する時もノイアーがエスコートしてくれたりして。
(そのメッセージも「勝ったら見せる、負けたらやらない」ってノイアーに話すと「大丈夫だ、勝つよ」って言ってGKのノイアー自らアシストをして逆転勝利だったっけ・・・)
シャルケではラウール・ゴンザレス、マヌエル・ノイアー、ジェフェルソン・ファルファンなど、世界的な選手がうっちーを助けてくれてんだなぁって。
それでは、本題の大切な仲間って言うのに入りましょうかね


最初はお父さんのようですね。体育教師の父だそうで・・・同じ中学校で姉が中学3年生、本人中学1年生に父がいると言う珍しい中学生活だったようで

普通は嫌なもんだが、うっちーは全然気にならずに学校でも「お父さん!」って呼んでいたらしい(笑)
「しつけはしなかった。お母さん一人で育てた」って言い、子供の頃のビデオにも写っていない内田父・・・でも、遠くから見守っている存在だったって。
幼稚園の頃、買い物に行ってエレベーターに迷い込んで一人乗ってしまい、ドアが閉まって下へと動き出して怖くなってうっちーが泣き出したらしいのですけど・・・
ちゃんと1階にはお父さんが立っていたって。ダッシュで階段下りてエレベーターよりも先に着いて待っていたと言います。
今は実家の1階の納戸を改造して、トロフィーや写真を飾る「アツト部屋」たるものが出来て、よく出入りしているようですね。


次は母親ですね

母親もすごい人だけど・・・これを見ると、内田篤人は本当に母思いの息子ですわ

長谷部さんもそうだけど、親を大事にしているなぁって思います。
プロ2年目のオフに帰省したときに母親が結構な枚数の色紙を持ってきて「これ、書いてくれない?」って言われて咄嗟に言ったらしいのですけど・・・
「これじゃオレ休めねぇじゃん、帰ってきてこれじゃ、オレはどこに帰ればいいの?もう帰ってこねぇ」って、まぁありえない話ではない怒りだとは思うのですけど・・・
それを言った途端に後悔したのはうっちーの方ですからね「断ってもこれだけになっちゃって・・・」って母親が言うと「何てひどい事を言ったんだ」って泣きそうになったのはうっちーですからね

うっちーが今まで母親に怒鳴ったのはこれっきりだそうで、今となっては母親に感謝の思いを込めながら「サインある?」って自分から聞いてペンを走らせているそうな。
長谷部誠も母親の言うことをキッチリ守り、内田篤人もこんな感じ。世界に通用する人間になるのは親を大事にしている人なんだなぁ・・・・って。


内田家は父・母に姉・本人・妹っていう家族構成で、本人も女の子2人に挟まれたのもあってケンカはほとんどしなかったって言っていますね。
まぁ・・・確かにそうだと思う。うちの兄弟は弟1人ですからね。弟と仲はいいけど、まぁ品のない2人だと思いますもん(笑)
親戚と集まったらイトコの家族は皆女性が最低1人いますけど・・・その人たちは品がいいですもんね・・・唯一男兄弟だけとなり見比べたらホントにブッちぎりで品がないwww
と、私の話はさておき・・・うっちーは両親だけでなく姉妹とも仲がいい。
お姉ちゃんはいろんな面で支えて、妹にはお年玉をあげて「デジカメ買ったよ」なんてメールがやってくる。
姉妹はメディアに出したくないと書いてあって、ここでも両親とは違って「お姉ちゃんと妹」ってことになってるんだな・・・・って
って感じなんですけど、実家では内田篤人さん、微動だにしないのですって

同じ場所に座ってテレビ見て、雑誌めくって、携帯をいじっている。話しかけられても「うん」か「そうだね」くらい(笑)
「そうやって何もしなくても許される、そこにいるだけで落ち着くというのが、実家のぬくもりだと思う」とは彼の持論。
地元のファミレスに行けば、逆にドリンクバーとかはみんなの分を運ぶのがうっちーだそうですね。結構親切な面もありますが
家では妹に「コーラ持ってきて」って持ってきてもらって、「お腹がすいた」って母親にご飯を作ってもらって・・・動かない人でありますね(笑)
うっちーの奥さんになりたいって言う女性の方々!!それ相応には覚悟が必要かもwww
(想像するに料理も出来て面白い吉田麻也とかの方がいいと思うけどなwwwでも、あそこも千客万来過ぎて大変かもね)


うっちーが清水東高校のサッカー部にいた時の先生だそうです



「プロになっても茶髪なんかにするなよ、チャラチャラするようなことはするなよ」
と卒業前に言われたからですね。
今は茶髪にしてもいいと思うし、ピアスをつけても先生も親も何も言わないと思うし、5年間プロをやってきたけど・・・・出来ないんですって

裏切ることが出来ない人の裏切ることが出来ない言葉だからって
右のFWからサイドバックに転向する道を作ってくれたのも、この先生。
(関係ない話だが、もともとFWの選手だったから守備より攻撃寄りのサイドバックになったのだろうね)
その右のFWで伸び悩んでいた時は一緒に考えてくれてくれたからこそ、突然サイドバックになっても信頼しきっていたので「次はそこか」って感じで取り組めたと言います。
遠征や試合で出席日数が足らなかった時にも「職員室に行って先生に頭下げてレポートやるって言ってこい」ってアドバイスしつつ、この先生が他の先生に頭を下げたといいますからね

今もなお、1月のオフの時には顔をあわせるようです。ずっと「あけましておめでとうございます」ってこれから先も言いたいから黒髪でいるつもりのようですね

親と言い先生といい・・・一見プレイとは関係ないように見えても、言うことを素直に聞くって言うのは将来大きくなるきっかけのひとつになるのかなって、34歳になってからこれを読んで思いましたね。あと20年ほど早く書いて本出しといて欲しかった




何度か出てきた人ですよね。鹿島アントラーズのキャプテンですね

他の選手は優しい先輩が多いようですけど、この人だけは違うなって思ったのが第一印象だそうで。
でも、実力は申し分なし。
イタリアのメッシーナに当時いたのですけど、途中に鹿島に帰ってきて・・・途中加入と言う慣れというのが必要な中でキッチリチームをリーグ優勝に導いた男ですね
代表には選ばれそうで選ばれない、でもそんな時でも気にするそぶりは見せずに「勝つだけだろ」と言って、リーグの試合で集中してプレイをする。
文句も不満もいわずにやっちゃう人ですね。
優しい面もあったりして1度だけ遅刻してしまったうっちーをロッカーで待っていて「皆にはトイレに言ってくるって嘘ついてミーティング始まらないようにしてあるから、俺と一緒に入れば何も言われないから早く行くぞ」ってフォローしてもらったり・・・
4連覇がかかってる鹿島アントラーズ、そんな状況の中でシャルケへの移籍話があって小笠原に相談したら「おー行ってこい、行ってこい。若いうちに行った方がいいぞ」って背中を押してくれたのも彼なんですよね。
選手としても男としても内田篤人が目指している人物こそが鹿島アントラーズの背番号40、小笠原満男なんですよね




次も鹿島の先輩、センターバックの岩政大樹ですね。
鹿島にいた当時、彼に色々教えてもらったって言いますね。
最初は守備が出来ていないから、すごい文句を言われたし、いつも行ってきたので正直うるせーとかしつけーとか思ったけど
「何でこんなこと言われなきゃいけないの?」って言うのはなかったようですね。ロスタイムにヘッドを決めたり、最後の最後で身を挺して失点を防いだり気持ちの強い選手だからね
とても努力をしている選手に文句を言うことは出来なかったようです。
でも、アジアカップで一緒に先発することになった時、岩政が内田について「あいつには何も言うことはない」って言ってくれたみたいですね。
シャルケに移籍が決まり、ドイツに出発する前日の夜に時間的に見送りが出来ない岩政がうっちーに「オレにとってはこうして後から入ってきた子が成長して、海外に旅立つのは初めてだから感慨深いような、淋しいような。ここまでよく頑張ったと思う。~感動できる文ですが、略~もしかしたら、もう一緒にプレーすることはないかもしれないけど、少なくともオレが1番プレーしやすい右サイドバックはアツト以上にいないと思う。ありがとう。これから大変だとは思うけど、成功しようが失敗しようが、アツトの人生。精一杯自分の道を楽しめばいい。アツトのこれからに幸あれ。チャオ」1番お世話になった人からのメールで心の支えとなっているようで、絶対に消せないメールのひとつらしいです




同じ静岡出身って言うこともあり、彼に憧れてサッカーをやったらしい。大阪のチャリティマッチの時、カズが点を決めた時・・・対戦相手なのに幸せな気分になったらしい
みんながゴールを求めていて、アジアカップ優勝の日本代表が本気で守っているディフェンスをこじ開けて決めちゃうカズに「ちげぇ」って
昨年の夏に長谷部や長友と一緒にカズから食事に誘われて、自分の経験を丁寧に話してくれた。それを聞いてもうやるしかないでしょうって思える人だと書いてありますね。
カズはJリーグ開幕時も今もキングなのですよね



選手の体調を管理するトレーナーで清水東高校、U18日本代表のトレーナーを兼務していて、うっちーの体調は何でも知っていただけでなく、人生の分岐点には必ず彼の言葉があり親身に叱ってくれるトレーナーだったりします。
16歳でU18の代表に選ばれたものの、先輩ばかりで遠慮しまくってやりづらいからテキトーに練習をしていたら「勿体無いだろ」って言われてマジメにやり始めたり
プロか大学か迷った時に「大学にする」と言えば「大学に行くのなら行ってもいいけど、プロになるチャンスがあるんだから、もう1回考えてみろ」っていわれたのがプロ入りのきっかけだったりする人物ですね



選手契約・移籍・取材のタイミング・マネージメントにこの本の出版などピッチ以外のことを一任している人物ですね

色々な部分で自分の進むべき道を導いてくれる相談役で、>「自分が見たことしか信じない」彼が「はい、分かりました」って言って素直に従ってしまう人物の1人ですね

海外のサッカーにも精通してアンチ海外派だったうっちーをシャルケに行かせたのもこの人ですよね

海外サッカーサッパリな彼にシャルケの話を持ちかけると、シャルケなんて知らないけどアッキーが言うならばOKなんでしょうって感じで(笑)
この本を見る限り、うっちーの性格を掴んでいる人ですね。
鹿島は選手を大事に扱ってくれるし、契約で損することもないから代理人なんていらなかったけど・・・それでも代理人の申し出が多かったようで・・・それでも契約をしてこなかった。
多くの代理人が契約をとる為にガツガツくるのですけど、この秋山氏は違うようで着かず離れずで「海外ってこうだよ」って言う程度で契約の話なんてしなかったと言います。
追われると逃げたくなる性格を掴んでいたようですね。



サッカー人生で欠かせない人物の1人、高校時代からの付き合いでスパイクや用具を用意してくれる人。彼が他のメーカーに移籍したら一緒についていくだろうって思っている人物ですね。仕事が性格でメチャクチャ速いそうですね




清水東高校サッカー部で同学年の18人。人生23年間で1番楽しかったと言いますね

上下関係がとても厳しかったサッカー部で先輩が怖くて同級生で皆ビクビクしていて、先輩に謝る練習もしたくらい(笑)
2年の時にかわいい後輩も出来たけど・・・結果は出なかった。しかし、最後の年に向けて下積みとなった1年

そして3年の最後の年の高校サッカー、優勝候補の一角に上げられながら県予選ベスト8止まり

攻めまくっていたのに最後の最後でポロっと失点して負けたといいますね。
この試合が今までで1番悔しい思いをしてきたと言いますね。試合終了後は泣きに泣いて、あの日に戻りたいって思うくらいだそうです

そしてプロとなってからもチャンピオンズリーグ前日にサッカー部仲間に「高校ではベスト8に終わったから、インテル倒してベスト4になってくる」って送ったくらい高校のベスト8どまりは悔しかったらしいですね。


やめたいと言った1人を連れ戻し、部室で殴り合いのケンカ、練習中の態度が気に食わないとまたケンカ。
部室に戻ってカラオケ大会、女の子についての緊急ミーティング(←あ、これは私もやったわwww)
勉強合宿でも半ばピクニック(←これもやったやった。勉強できるわけないwww)
部室を出ても駄菓子屋でたむろ(←これもやったやった。あかんやつばっかりうっちーと一緒だわwww)


よく「女の幸せ」とか「男の幸せ」って聞くけど・・・「女の幸せ」って言う話の内容は結構具体的に上がってくるのだけど、「男の幸せ」って案外具体的には上がってこないですよね。
多分・・・こういうみんなでバカできるのが「男の幸せ」なんじゃないかなって思う。
女の子についての緊急ミーティングや駄菓子屋でたむろしたりすることとか、女性から見たら「アホや」の一言で済ませられかねないことが案外男の幸せだったりしますからねwww
現に残念な34歳の私も、日本の英雄となった内田篤人も・・・共通して中高生の頃はそんなバカやってきたのが楽しい思い出って言っているのですからね。
(真剣に部活と向き合ったところとかは、うっちーにはあって私にはないものwwwそれが残念な結果となっています)
と・・・言ったところで今日はこれまで。
いや~~、すごい時間がかかった~~~本読みさんだったら、ここまで時間は掛からないでしょうけど・・・・
何しろ活字中毒ならぬ、活字アレルギー・・・マンガですら立ち読みは10分以上出来ない、活字上の虚弱体質ですからね(笑)
それでは最後に高校の同級生の女性が高校の時のウッチーについて書いてあったので、サラッと流しながらお別れしたいと思います

(詳しくはお買い求めのうえご覧下さいませ)
それでは今日はこの辺で。本日もごらんに頂きまして、誠にありがとうございました












って感じのようですが・・・


この章では吉田麻也出してやれよ、吉田麻也・・・・


↑マヤブログより拝借
この間もシャルケでベンチ外になった時、すぐにオランダのマヤの家に行ってご飯を作ってもらって話を聞いてもらったというのにwww
半分奥さんじゃん(笑)かなり世話になってると思うけどwww
むしろ、不器用なぐらい自分に正直で嘘のつけない人だから、素晴らしい人達とつながってゆけたのかなと思います。
わたしは初めて知り合う人達の中に入ると、「こうしなきゃ嫌われるかも」と不安になってしまうことが(特に若いときは)多かったですが、あまりびくびくしないで自分を貫けばわかってくれる人はわかってくれるのかなと、最近は思うようになりました。
この本を見る限り、そんなことしなくてもいいはずなのでしょうけどね。
それでも、中高の時と比べたら大分マシになったかなぁ
もっともっと恐る恐る入っていたような気がする
うっちーの場合は、不器用だけどいい人だって言うのがある程度分かるんじゃないのかな、一度付き合ってしまえばって感じですよね
私らはメディアを通じてしか知らなかったので、ぶっきらぼうだなって思ったことは多々あったけど・・・・
この周りの人間の話を読んでいたらよく分かるような気がしてきました
マヤ書いてあげてよ…
でも…マヤは書かなくてもいいくらい仲間(奴隷?恋人?)なのかも知れませんw
わたしは大学生の頃がいちばん楽しかったな。
行きたくもなかった大学にしか行けなかったのに、わたしが出会わなければならない友人たちがたくさんいました。
さくらんぼ 観たかったなぁ…
アントラーズ勢はちゃんと「仲がいい」って書いてあったのに
吉田麻也に関しては「ではなく、Wi-Fi」って言っていましたよね
ボビさんが聞いたら「ワタシマケナイ」って言うよね
私も大学生活が一番楽しかった
今でも最大の友達は大学で構成されていますね
なかなか会えなくても「親友」って言い切れますもん、それだけ楽しかったって思っています
なので、生まれ変わっても「最後の夏休み」派で行くと思いますね
素だしね。
代表の中では・・・ある意味横並びでいいのでは~と思います
私も尊敬できる人は結構います
まぁ・・・横並びが平等でいいのかな
これからの人生設計をどう建てているか興味津々です。
きっかけは右膝のテーピングをみて、自分も治療家として?を持ったのが始まりです
そうですね・・・
意外な本心が色々書かれていた本ではありますね
どうなのでしょう、うっちーの人生設計・・・
考えたこともないですね
指導者になるのか別の道を歩むのか
もしかしたら、メディカル系のスタッフになるかもしれないし
もともと、裏方は好む方のような気もしますしね
コメントありがとうございました