ブラームス:ヴァイオリン協奏曲
ヴァイオリン:ヘンリック・シェリング
指揮:アンタル・ドラティ
管弦楽:ロンドン交響楽団
録音:1962年、ロンドン
発売:1980年
LP:日本フォノグラム(フィリップスレコード) 13PC‐267(6570 304)
幾多の名盤がひしめくブラームス:ヴァイオリン協奏曲の中でも、このLPレコードは、今でも一際、その大きな存在感を示している名盤中の名盤と言っていいだろう。ヴァイオリンのヘンリック・シェリング(1918年―1988年)と指揮のアンタル・ドラティ(1906年―1988年)のコンビによる演奏は、ドイツ音楽の正統派の頂点に立つ存在と言って過言でない。このLPレコード聴いていると、最近の演奏が如何にこじんまりと纏まり過ぎているかを痛感せずにはいられない。このLPレコードでの悠揚迫らざる態度で演奏する様を聴いていると、このヴァイオリン協奏曲の奥に潜んだ、原石の持つ魅力を最大限に表現しようとする情熱を痛切に感じないわけには行かない。小手先の技巧には決して走らず、曲の持つ奥深さやスケールの大きさを最大限に表現して余り無い。第1楽章の全体にわたる実にゆったりとした表現は、ヘンリック・シェリングのヴァイオリンの美しい音色を聴かせるには丁度よいテンポだ。アンタル・ドラティ指揮ロンドン交響楽団の伴奏は、決して表面に立つことはせずに、ヘンリック・シェリングのヴァイオリンの演奏のサポート役に徹しているわけであるが、さりとて単なる裏方ではなく、引き締めるところはきちっと引き締め、ヴァイオリン演奏を巧みに盛り上げて、見事の一言に尽きる。ヘンリック・シェリングのヴァイオリン演奏は、シゲティの後継者とも言われていたように、表面的な表現より、曲の核心をぐいっと掴み取る表現力の凄みのようなものが感じられ、印象に強く焼き付く。第2楽章に入ると、この傾向がさらに深まる。そして何より考え抜かれた叙情的表現の美しさは例えようもない。知的な叙情味とでも言ったらいいのであろうか。テンポも第1楽章よりさらにゆっくりと運んでいるようにも感じられる。時折点滅するような、陰影感をたっぷりと含んだ表現力がリスナーに対して堪らない魅力を発散する。第3楽章は、一転して心地良いテンポに一挙に様変わりする。そして、ブラームスの曲特有の分厚く、しかも重々しい響きが辺り一面を覆い尽くす。しかもヘンリック・シェリングのヴァイオリン演奏は、最後まで恣意的な解釈を排して、曲の核心から離れることは一切ない。正統的であるのに加えて、温かみのあるその演奏内容は、多くのファンの心を掴んで離さない。(LPC)