女の子

2016-01-06 09:52:31 | 生い立ち・家族
中学まで私は男子から女の子扱いをされなかった、ということを書いたけれど、
私は、幼いころから本当に「女の子」だったなと思う。
性同一性障害(だっけ?)の人の話など聞くと、本当に申し訳ないなと思うくらいである。

子供のころ、私の髪は母がおかっぱ頭に切ってくれていた。
私は長い髪に憧れていた。
そう言うと、「あんたの髪はね、伸ばすたちの髪じゃない」と言われた。
確かにそうである。
黒くて太くて量が多くて、無理を言って伸ばしていたときは本当に大童だった。
(おまけに富士額で、平安時代に生まれれば良かったのにと言われたことがある)

お雛様を持っていなくて、「お雛様が欲しい」と言ったら、
「あれがみなみのお雛様」と、人形ケースに入った舞妓さんのお人形を指さされた。

私は、水泳はクロールは人並みかややそれ以上にできたけれど、平泳ぎはどうしてもできなかった。
今思うに、それはあのカエル足の足の開き方が、生理的に女の子としては無理!という感覚だったのだと思う。

ヒラヒラのフリルのついたかわいい服も着てみたかった。
(今もヒラヒラブリブリである

子供のころから、ズボンよりスカートが好きで、
幼稚園のころ、雪の降った寒い日に、全園児(80人くらいかな?)がお遊戯室に集まっていたときに、
「今日スカートはいてるのはみなみちゃんだけだね!」と言われた。
パンタロンが流行ったとき(ピンキラのときかな?)、母が姉とお揃いのパンタロンを手作りしてくれたので、
そのときはちょっとはいたと思うけど、あまり好きじゃなかったと思う。

大人になってからも、パンツルックが流行ると、若い娘としては少々流行を意識していたが、
雑誌で「自分のファッションに一つポリシーを持ちましょう」と書いてあるのを見て、
「よーし!私はパンツははかない!!」と決めた。
雑誌を書いた人の意図とはちょっと違っていたかもしれない。
パンツだけでなく、キュロットスカートもだめである。
必要上、Gパン1本は持っていたが、他に股のあるのはパジャマのズボンだけである。

このポリシーは、つい最近まで続く。
チュニックが流行り出したころは、「かわいいなー」とは思うものの、
下にパンツを合わせるのがいやで、なかなか手が出なかった。
そのうち、下にスカートを合わせることを覚えた。
今も、パンツを合わせるよりスカートの方がかわいいなと思う。

くしゅくしゅのスパッツは好きで、短めのスカートに合わせることはしていた。
そして、3年くらい前かな?
下がくしゅくしゅになっている黒いジーンズをブティックのマネキンさんがはいているのを見て、
「かわいい!!」と思ってしまった!!
ところが、何十年もパンツを買ったことがない私には、決断のハードルが高い。
娘を連れていって、試着してみる。
店員さんが「お似合いですよー」と言うのは当たり前だけれど、
娘も「いいよー。かっこいいよー」みたいに言う。
私は思わず「あんた、本気で言ってる!?」と娘を問い詰めてしまった。
そうして私は、久々の「ズボン」を手に入れた。

前にPTAで一緒だったお友達が言っていた。
「親に女の子はこんなものにまたがるものじゃないと言われて、自転車に乗せてもらえなかった。
 だから私は自転車に乗れない」
うーん…。負けたなあ!!