実家には竹藪があった。
その昔、祖父が孟宗竹を植えたらしい。
毎年筍を掘って食べていた。
その竹藪には、私がこの世で一番嫌いなドクダミが繁っていて、
私は、いつ頃からか、その竹藪に足を踏み入れたことがなかった。
竹藪は、祖父が亡くなった時に、母のすぐ上の伯母の名義になったと思っていた。
でも、母が亡くなった時に、そうではなかったことを知った。
竹藪は母の名義になっていた。
姉がその竹藪を私の名義にするかと聞いてきた。
今では、竹はそれほど残っていなくて、母が他の作物を植えたりしていた。
ドクダミは相変わらずというか、私の印象に残っているほどではないが、たくさん生えている。
私は決してその竹藪が欲しくなんてなかった。
「いらない」ということもできた。
でも、土地に執着していた母のことを想い、
そして、固定資産税を姉だけに負担させることは悪いと思い、
その竹藪を私の名義にした。
若い頃に母に言ったことがある。
「私は土地なんていらない」
母は、「歳をとれば欲しくなる」。
この歳になっても、私は特に土地が欲しいとは思わない。
今住んでいる家の土地だけで充分である。
せめて息子が帰って来た時に、車を停めるスペースがあればいいなと思うくらい。
社宅を出なくてはいけなくなって、家を探していた時には、
実家の敷地内に家を建てることのできる人はいいなと思った。
でも、私だって実家に戻ればそれはできる。
そんな選択肢はなかったけれど。
だから、特別羨ましかったわけではなかったけれど。
さて、その私の名義になった竹藪。
どうしたものか?
姉も、私の名義になったのだからと、その土地のことを私任せにしているわけではない。
姉も真剣に考えているようだ。
何しろ、結婚をしなかった彼女は、自分が死んだ後のことも考えなければならないのだから。
隣に住む従兄のところに無償で譲ってもいいとも考えていたようだ。
でも母は、元々祖父のものであった従兄の持っている土地が、半分奥さまの名義になっているということを嘆いていた。
そう思うとそれも憚られる。
一番良いのは、私の子供たちの誰かが家を建てて住むことだが、
将来的にはわからないけれど、今のところそういうこともありそうにない。
さて、その私の名義になった竹藪。
なかなかやっかいな土地である。
竹はしっかり根を張っているので、宅地とかにするのも大変そうだ。
(実際にはそれほどでもないのかな?)
面している公道は、本当に公道なのかと思われるくらいの細い道。
抜け道にもならない細い道。
通る車は、反対側の隣の家のものくらい。我が家でも今はその道はつかっていない。
その道沿いに、母がしっかりとブロック塀を築いてしまったので、
人に貸すにしても、出入りできるようにするには工事が必要である。
アパートを建てたり、駐車場にするにも、不向きなのである。
しかも、母は、祖父が土地を親族が家を建てる以外に使ってはいけないと言い遺したのを頑固に守ってきた。
それを思うとおいそれと売るわけにもいかない。
竹藪は夏になると、あっという間にジャングルになる。
姉も教師をしているので、そうそう庭仕事にかまっている暇もない。
年に何度か夫が草刈りに行ってくれる。
でも、何の目的もない土地なのである。
一体母は、どうしてあんなに土地に執着したのか?
母の世代はそうなのだろうか?
親から受け継いだものだからだろうか?
その昔、祖父が孟宗竹を植えたらしい。
毎年筍を掘って食べていた。
その竹藪には、私がこの世で一番嫌いなドクダミが繁っていて、
私は、いつ頃からか、その竹藪に足を踏み入れたことがなかった。
竹藪は、祖父が亡くなった時に、母のすぐ上の伯母の名義になったと思っていた。
でも、母が亡くなった時に、そうではなかったことを知った。
竹藪は母の名義になっていた。
姉がその竹藪を私の名義にするかと聞いてきた。
今では、竹はそれほど残っていなくて、母が他の作物を植えたりしていた。
ドクダミは相変わらずというか、私の印象に残っているほどではないが、たくさん生えている。
私は決してその竹藪が欲しくなんてなかった。
「いらない」ということもできた。
でも、土地に執着していた母のことを想い、
そして、固定資産税を姉だけに負担させることは悪いと思い、
その竹藪を私の名義にした。
若い頃に母に言ったことがある。
「私は土地なんていらない」
母は、「歳をとれば欲しくなる」。
この歳になっても、私は特に土地が欲しいとは思わない。
今住んでいる家の土地だけで充分である。
せめて息子が帰って来た時に、車を停めるスペースがあればいいなと思うくらい。
社宅を出なくてはいけなくなって、家を探していた時には、
実家の敷地内に家を建てることのできる人はいいなと思った。
でも、私だって実家に戻ればそれはできる。
そんな選択肢はなかったけれど。
だから、特別羨ましかったわけではなかったけれど。
さて、その私の名義になった竹藪。
どうしたものか?
姉も、私の名義になったのだからと、その土地のことを私任せにしているわけではない。
姉も真剣に考えているようだ。
何しろ、結婚をしなかった彼女は、自分が死んだ後のことも考えなければならないのだから。
隣に住む従兄のところに無償で譲ってもいいとも考えていたようだ。
でも母は、元々祖父のものであった従兄の持っている土地が、半分奥さまの名義になっているということを嘆いていた。
そう思うとそれも憚られる。
一番良いのは、私の子供たちの誰かが家を建てて住むことだが、
将来的にはわからないけれど、今のところそういうこともありそうにない。
さて、その私の名義になった竹藪。
なかなかやっかいな土地である。
竹はしっかり根を張っているので、宅地とかにするのも大変そうだ。
(実際にはそれほどでもないのかな?)
面している公道は、本当に公道なのかと思われるくらいの細い道。
抜け道にもならない細い道。
通る車は、反対側の隣の家のものくらい。我が家でも今はその道はつかっていない。
その道沿いに、母がしっかりとブロック塀を築いてしまったので、
人に貸すにしても、出入りできるようにするには工事が必要である。
アパートを建てたり、駐車場にするにも、不向きなのである。
しかも、母は、祖父が土地を親族が家を建てる以外に使ってはいけないと言い遺したのを頑固に守ってきた。
それを思うとおいそれと売るわけにもいかない。
竹藪は夏になると、あっという間にジャングルになる。
姉も教師をしているので、そうそう庭仕事にかまっている暇もない。
年に何度か夫が草刈りに行ってくれる。
でも、何の目的もない土地なのである。
一体母は、どうしてあんなに土地に執着したのか?
母の世代はそうなのだろうか?
親から受け継いだものだからだろうか?