「私が食べた本」
村田沙耶香 著
もうひとつ
いま、助けられた本がある。
童話、童話といっていいとおもう。
簡潔に紹介してくれる本の数々は、
村田沙耶香によって童話となっていく。
言葉に掬われていく。
救われていくより、掬われていくが
あっているとおもう。
食べていく言葉と、
声がきこえてくる。
女性としてのまざまざしさは、
かがやく率直に。
いまは夢かうつつか。
もともとあったものが、晒されているのか。
物語はあり続け、
ぼくは恋を歌い続けた。
あの人はとってもかわいそう
波に小舟を浮かばせたのに
あっという間に沈んじゃった
小舟はどっかに行っちゃった
あの人はとってもさみしそう
傘を忘れてぽつんと一人
ザンザンぶりの雨の中
なんだか立ち止まっていた
あの人はとってもくるしそう
見ちゃったの
瞳の奥の本当と
言葉の中のおもわずと
あの人はとってもかわいそう
あの人はとってもさみしそう
あの人はとってもくるしそう
あの人はとっても
僕もおんなじ
だからおいでよ 僕んとこ
かわいそがりがり 僕んとこ
あなたは今 何を考えているの
あなたは今 何を想っているの
あなたは今 何を見ているの
あなたは今 何を苦しんでいるの
あなたは今 何を悲しんでいるの
教えて お願いだから
教えて お願いだから
こたえて 話して
こたえて 話して
知りたいの
他人じゃないのよ
他人だとしても 違うのよ
心はうるおっているはずなのに
なぜか心はかわいていく
瞳の潤みだけは保たれている
レクイエムは厳かに
月光のにおいと
朝の色気
夕焼け小焼けの切なさと
雨がまじるあなたの感触
助けられる温もりが
夢と幻を囲んでいき
必死でもだえた
偽りの酔い
交わされたいつかの唇は
足元から崩れていく
救難信号は
昔の記憶がさえずっている
出したくなかった敵意は
空を舞う
愛がほしい
でも苦しい
落ちるなら落ちていきたい
深いところまで
わかちあいたい
あえぎはいずる
木漏れ日は
円卓が弁を語る
さ く ら
もう春だね
朝食を食べよう
ね、 食べよう
眠りの森からあらわれた
枝を折る音がサワサワと
横たわった姿の静音の
微弱のまぶたがぴくんと動く
連動して手がぴくんと
続いて上半身がびくんと
そして下半身がびくんと
繰り返す
波の音色が森に彷徨う
幾本の筋は鍵盤の輝き
二つの房の呼吸のリズムが
森の木々に染み込んでいく
匂いは恋に落ちていく
あなたに触れてもいい?
さあお姫様と手を差し出す
から