大黒さんの金魚鉢

黒金町の住人の独り言は“One”

One voice , one mission , one family

関係性

2014年10月24日 | 日々徒然
人と人との関係性について最近深く考えるようになった。

20代前半は仕事でも趣味の世界でも、もの凄い濃い人間関係の中で生きてきた。
その頃の親との関係性はどうだったのか記憶にもないくらいで、どこかを泊まり歩いていた記憶だけが色濃く残っている。
(親たちは心配していたんだろうな~)
職場でも趣味の世界でも一兵卒の時代だったが、無責任に飛び回っていれた最も楽しい時代でもあった。

20代後半は多少責任が伴う時代、職場では係長クラスとなり趣味の世界は支部長時代、上と下に挟まれて苦しかったが、その分学ぶことも多かった。
結婚をして守らねばならないものも増えて、多少の窮屈を感じ始める。
若気の至りで事件を起こしたりもしたが、この時代まではなんとか許してもらえた。
この時代に間違いを起こしたことは、その後の私に幸いしたのかもしれない。
「人間万事塞翁が馬」である。

30代前半は人生航路を大きく変えた時代。
思いもよらぬ労組専従者になって180度方向転換。
その入口で遭遇した市長選挙で関わりあった人々は、それまでの私の関係性を数倍以上広げてくれた。
職場・趣味の世界・結婚・労組、そして選挙で知り合った人々…そろそろ関係性持続の限界を感じ始めるが若さはそれを凌いでくれた。
しかしその分、子どもには可哀想なことをしたと今では思う。

30代後半からの単組委員長時代はリーダーとしての孤独を学び、連合時代は全体を学び、そして労働運動の最前線をリタイアした。
労福協専従職についてから1年間が経過した。
5年前からリタイア後の準備として始めた自己啓発の仲間たちとの関係性もより深まった。
不思議なことに連合会長の肩書きが取れたことで新たな関係も広がりつつある。
もちろん時間的制約が取れたことも大きい。
新ステージにおける私の志がそろそろリアルに見え始めた。
おそらくこれからも私の関係性はさらに大きく広がっていく予感がする。
そのための学びの期間でもある60代前半。

これらの関係性の広がりが私にとってなによりの財産である。
どんな困難にあってもそれを乗り越える自信と勇気を与えてくれた。
おそらくそれは様々な体験ができたからであろう。
自らの体験でないにしても、関わった人々から受けた間接体験もそうである。
想像もできないような体験を受けることで、私のちっぽけな価値観も大きく広がった。
だから誰とでもすぐにいい関係性を結べるようになってきたのだと思う。
いい体験も悪い体験もすべては貴重な肥やしになる。

私はものすごく幸せ者である。
家族を始め、周りの人達にはずい分心配や迷惑をかけてきたが、自分の好きなようにやらせてもらえた。
だからここまで関係性を広げられたのだと思う。
友達をつくれない若い人が増えたというが、きっとそれにはつくらせないようにさせてしまった何かの力が働いたのではないだろうか?
新しいことにチャレンジできない組織と同様だと私は思う。
もっと人間を自由にさせてもいいと思う。
こんな私でもなんとかなっているのだから…。